第五話 子守唄
叔母さんはそう言い残して、ゆっくりと動き出していた。
ギチギチガギカキキイィ!!
人体の動きでは鳴るはずがない音を響かせながら、叔母さんの気配と冷気が遠ざかるのを感じた。
オレは無言のまま、もちろん目を閉じたまま、彼女が立ち去って行くのを感じるよ……。
『……彩也香が巻き込んでしまい、ごめんなさいね』
「……いいんだ。おかげで、叔母さんをここから出せた」
そのために、彩也香お姉ちゃんは呼んだのだろう。
『こんがり童子/親より先に焼け死んだ子供たち』に取り込まれた彼女は、これをさせたかったのかもしれない。
瑞穂ちゃんを巻き込んだのは、オレだけじゃ頼りないからかもしれないな。
現実逃避して、彩也香お姉ちゃんの存在さえ、心から抹消してしまうような、弱くて愚かなオレなんかじゃさ……。
『志郎ちゃん。あなたは、本当にあの人にそっくりね』
父さんのことかな。そうなんだろう。オレは、そこまで父さんに似てはいないと思うけど、叔母さんからすれば、似ているのかもしれないな……。
軋む音が遠ざかり、オレは……ようやく目を開ける。
見るつもりはなかったけど、ほんの一瞬だけ、巨大なモノが天井を伝うように移動する様子が見えたよ。
それは、きっと…………いや。いいんだ。
「さあ、瑞穂ちゃん……もう目を開けていいよ」
「う、うん……おばさま、私たちを助けるために?」
「そうみたいだ。オレたちは、弱い。叔母さんを頼ろう」
「……それで、いいの?」
「正しいことが、一つだけ分かっているからね。オレたちは、まだ生きているだろ?……だから、死ぬわけにはいかない。叔母さんは、もう死んでる。生きている命を、優先すべきだ」
瑞穂ちゃんを守るよ。それが、正しいことだから。人は生きるべきだと思う。どんな目に遭ったとしても……。
生きられなかった人たちもいるのだから。
オレはあまり価値の無い人間だけど、周りの人を救ってやることが出来ない人間だったけど、今は瑞穂ちゃんを助けたい。
そして、彼女をここから助けることが出来たなら……オレは、自分を少しだけ好きになれるような気がする。
……すべきことは一つだ。
オレたちは、この病院から脱出する。
それを成し遂げるんだ。
「行くよ!瑞穂ちゃん!」
「うん!志郎お兄ちゃん!!」
……そうだ。神様は信じられない。こんなことを許す神様は、信じちゃいないよ。
だから、自分たちで成し遂げてやるまでのことさ。
生き抜いてやる。誰かに頼ったりもするし、ときどき神頼みもするけどね。
それでも、最後は自分たちの力で、生き抜いて……証明してやる。
オレは、無価値なんかじゃないってことを。瑞穂ちゃんの夏休みが、筋肉以外でも輝いていたってことをね。
オレは保護者代行で、お兄ちゃんだからだもんな。
……消火器を小脇に抱えて、階段へと向かう。
四階から、五階か。
すぐそこだよ。
下の階から、怪物どもの叫びが聞こえてきた。叔母さんが、戦ってくれているのさ。
オレたちを、生きてここから脱出させるために……。
正しいことは、いくつもあるのだと思う。オレが選ぶのは、ヒーローの正しさではないんだろう。
でもね。
生きるんだ。なにがなんでも生きてここから出る。その正しさをオレは選んだよ。




