表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/66

第五話    子守唄


 叔母さんはそう言い残して、ゆっくりと動き出していた。


 ギチギチガギカキキイィ!!


 人体の動きでは鳴るはずがない音を響かせながら、叔母さんの気配と冷気が遠ざかるのを感じた。


 オレは無言のまま、もちろん目を閉じたまま、彼女が立ち去って行くのを感じるよ……。


『……彩也香が巻き込んでしまい、ごめんなさいね』


「……いいんだ。おかげで、叔母さんをここから出せた」


 そのために、彩也香お姉ちゃんは呼んだのだろう。


 『こんがり童子/親より先に焼け死んだ子供たち』に取り込まれた彼女は、これをさせたかったのかもしれない。


 瑞穂ちゃんを巻き込んだのは、オレだけじゃ頼りないからかもしれないな。


 現実逃避して、彩也香お姉ちゃんの存在さえ、心から抹消してしまうような、弱くて愚かなオレなんかじゃさ……。


『志郎ちゃん。あなたは、本当にあの人にそっくりね』


 父さんのことかな。そうなんだろう。オレは、そこまで父さんに似てはいないと思うけど、叔母さんからすれば、似ているのかもしれないな……。


 軋む音が遠ざかり、オレは……ようやく目を開ける。


 見るつもりはなかったけど、ほんの一瞬だけ、巨大なモノが天井を伝うように移動する様子が見えたよ。


 それは、きっと…………いや。いいんだ。


「さあ、瑞穂ちゃん……もう目を開けていいよ」


「う、うん……おばさま、私たちを助けるために?」


「そうみたいだ。オレたちは、弱い。叔母さんを頼ろう」


「……それで、いいの?」


「正しいことが、一つだけ分かっているからね。オレたちは、まだ生きているだろ?……だから、死ぬわけにはいかない。叔母さんは、もう死んでる。生きている命を、優先すべきだ」


 瑞穂ちゃんを守るよ。それが、正しいことだから。人は生きるべきだと思う。どんな目に遭ったとしても……。


 生きられなかった人たちもいるのだから。


 オレはあまり価値の無い人間だけど、周りの人を救ってやることが出来ない人間だったけど、今は瑞穂ちゃんを助けたい。


 そして、彼女をここから助けることが出来たなら……オレは、自分を少しだけ好きになれるような気がする。


 ……すべきことは一つだ。


 オレたちは、この病院から脱出する。


 それを成し遂げるんだ。


「行くよ!瑞穂ちゃん!」


「うん!志郎お兄ちゃん!!」


 ……そうだ。神様は信じられない。こんなことを許す神様は、信じちゃいないよ。


 だから、自分たちで成し遂げてやるまでのことさ。


 生き抜いてやる。誰かに頼ったりもするし、ときどき神頼みもするけどね。


 それでも、最後は自分たちの力で、生き抜いて……証明してやる。


 オレは、無価値なんかじゃないってことを。瑞穂ちゃんの夏休みが、筋肉以外でも輝いていたってことをね。


 オレは保護者代行で、お兄ちゃんだからだもんな。


 ……消火器を小脇に抱えて、階段へと向かう。


 四階から、五階か。


 すぐそこだよ。


 下の階から、怪物どもの叫びが聞こえてきた。叔母さんが、戦ってくれているのさ。


 オレたちを、生きてここから脱出させるために……。


 正しいことは、いくつもあるのだと思う。オレが選ぶのは、ヒーローの正しさではないんだろう。


 でもね。


 生きるんだ。なにがなんでも生きてここから出る。その正しさをオレは選んだよ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ