第四話 精神実験体158号 その二十
まぶたを閉じたまま、オレはゆっくりと扉を開いていくんだ。
その扉は重たくて、固く、開け放たれた叔母さんの部屋からは、冷凍庫のように冷たい風が吹いてくる。
……叔母さんを閉じ込めておくための措置なのだろうか?
あるいは死んだ叔母さんの獲得した能力なのか……。
どちらなのかを問うことは、やめておこう。怪物となった我が身を誰にも見られたくないのだから、叔母さんは。
……無言を選んだよ。何も語ることなく、ただただオレは立ち尽くしていた。
『…………大きくなったのね。大人になった。立派になって……っ』
オレの成長を叔母さんは喜んでくれているようだ。
少し、照れるよ。でも……心が暖かくなる。叔母さんが、心からオレの成長を喜んでくれている。
……オレは、叔母さんのことを助けてやれなかったのに……。
冷気が近づいてくるのがわかった。
でも、すぐ近くまで来て、それは止まったようだ。
叔母さんは、オレを近くから見ているのかもしれない……。
ヒトを傷つけかねない好奇心を押し殺して、オレは瞳を開いたりしないように、ぎゅっと目をつむったよ。
しばらくのあいだ、そのままだった。
数十秒だったとは思うけど、それよりも長く感じたような気もする。
叔母さんには、どんな時間だったのだろうか?
叔母さんの慰めに、少しぐらいこの時間は寄与しているのだろうか?
そうだと、うれしいんだけどね。オレは……『彼女』の代わりに、ちょっとでもなれたのかな……。
大人になれなかった、あの火事で亡くなってしまった……叔母さんの娘に……彩也香お姉ちゃんの代わりに、オレはなれているとすれば、嬉しいんだ……。
『…………ありがとうね、志郎ちゃん』
「…………いや……こんなことしか、出来なくて……」
『……いいのよ。でも、しばらく、そのまま目は閉じたままでいてね。私は、ここから出ていくわ…………五階に、誰も上がれないように、私が時間を稼いでいてあげる』
「叔母さんが?」
『ええ。今の私はね、もう人間じゃないから……そういうことも出来るの。ここには、私と同じ実験体が他にもいる……そういう人たちを止められるのは、私だけ』
どう答えれば良いのか、分からない……オレは、叔母さんを戦わせるということだもんな。
見ていないから分からないけど、叔母さんが語るように、そんなことが出来るような姿にされているのかもしれないけど……。
……頼っていいことなのだろうか?
ここの怪物たちもまた、御子柴の犠牲者に過ぎないわけだし……。
「…………どう答えるべきなのか、どう答えたいのかも、わからないよ」
『やさしいのね』
「……優柔不断なだけだよ」
『迷うことは、悪いことだとは思わないわ。より良い方法を探そうとしてくれているわけだもの』
「……正しいことを、したいって思う。でも、正しいことが、何なのか分からない……」
叔母さんを精神病院に入れっぱなしにして、一度も会いに行かなかった。
叔母さんは、こんがり童子と御子柴の犠牲者なだけで、悪くなんてなかったのに……。
……オレは、叔母さんを拒絶して、遠ざかることを、正しいことだと疑わなかったというのに……。
そんなものなんだ。
オレは、きっと、自分が思っているよりとずっと、愚かな選択しかすることの出来ない男なんだよ……。
無力で、浅はかだ。
心が、弱い。
弱いから……忘れていた。彩也香お姉ちゃんが焼け死んだ火事のこと。精神が錯乱しているように見えた叔母さんを、大人はみんなで犯人にしたんだ。
叔母さんが火をつけた?
違うよ。みんな、知っていた。小守の町には、昔から、こんがり童子が本当にいるってことを、みんな、知っていたはずなのに……。
火元は、彩也香お姉ちゃんだった。
一番燃えている場所がそこだった。
オレは、見たんだ。
目も鼻も耳も口も、焼きつぶれて、何が何だか分からなくなっていた、彩也香お姉ちゃんの焼死体を……。
どうやって燃えたのか、分からなかったのさ。ガソリンも灯油も出ない。どうやって燃えたのか、分からない。証明できない。
だから、叔母さんのせいにした。そうしないと、こんがり童子が本当に暴れていることを認めないといけないから。
大人は、嘘をつく。
日常を守るために、思いきり嘘をつくんだよ。誰かを犠牲にして……自分にまで、嘘をついて……。
『……正しいことを見つけることは、とても難しいことなのよ。それは、時々、人や自分を傷つけることでもあるから』
「……っ」
『でもね。今は、一つだけなら分かるわ。瑞穂ちゃんを、守ること』
「……!!」
『それだけは、正しいことよ。それをする義務も、私にはあるもの……だって、志郎ちゃんと瑞穂ちゃんを、ここに連れて来たのは、たぶん……彩也香なんだもの……』




