第四話 精神実験体158号 その十六
本当に、惨めな気持ちになる。自分の弱さが悲しすぎるぜ。
まったくもって、無力な男ではあるが……それでも意地ぐらいはある。
「叔母さん、ここの扉の開け方は?」
『……そんなことしなくてもいいわ。私はもう死者なのよ。現世の肉体も、廃人。御子柴に生かされているだけで、目覚めることは二度と無い』
「そんな……っ。志郎お兄ちゃん……っ」
……悲しいことだけど、予想は当たったらしい。
でもね、怯まないさ。予想はしていたことなのだから。
辛いことに耐えながらも、怒りを貫く。いじめられっ子のオレが、子供時代に学んだ強さだよ。
「……だとしても。叔母さんをここから出してあげたいんだ。オレのためにでもある……なにか一つぐらい、叔母さんのために、オレはしてあげたいんだよ」
『……そんなこと、気にしないで。私はね、大きくなった志郎ちゃんの声が聞けただけでも幸せなのよ』
「声だけじゃなくて、顔も見せたい」
『……私はね、もうヒトの形もしていないのよ?……見られたくないわ。怖がられたく、ないもの』
「……なら、ドアを開けて、目を閉じたままにしておくから。それなら、いいだろ?」
『……強情な子ね。あの人にそっくりだわ……』
父さんのことかな。父さんは、オレよりやさしいと思うけど、がんこな時はがんこだもんな。
オレも、がんこになるべき時は、がんこになろう。
「オレはあきらめないよ。この扉を開けるんだ!」
「そうだよ!……こんなところに閉じ込めておくなんて、ダメ!それだけは、分かるもん!」
『…………やさしい子たちね。この扉の鍵は、このフロアのナース・ステーションにあるはずよ』
ナース・ステーションか。いかにも危なそうな響きだが、まだ三つも消火器があるし、二つほど名医のくれた魔法の薬もある。
大丈夫さ、歪んだナースと戦うことになっても、十分に勝てる。
「わかったよ。行ってくる」
「おばさま、待っててね!」
「……瑞穂ちゃんも来てくれるの?」
「当たり前です。消火器使う腕は二つより四つあった方が強い!……そうでしょ?」
小麦色の笑顔はそう言うのさ。本当に勇敢な子だよ、喫茶あかねの看板娘は。
「頼んだよ、瑞穂ちゃん」
「オッケー!……今はね、もう怖くないから大丈夫!」
「わかるよ。怖いよりも何よりも……とても腹が立っているんだもんな」
「そういうこと。怖さよりも、怒りのパワーだよ」
「オレもさ。映画のヒーローみたいに、勇敢になれそうだ」
……小市民だ。
うつ病気味のサラリーマンと、陸上部員の女子高生。
そんなものが、出来ることは本当にわずかで。巨悪からはコソコソと逃げ回るだけしか出来ないかもしれない。
でもね。
でもね、神様。
悪人を罰する貴方のお役には立てないけど。叔母さんの閉じ込められた部屋ぐらいは、開けさせてもらいます。
……ヒーローにはなれないけれど、そんな雑魚にも意地があるんだ。
オレは、叔母さんを助けられなかったし、叔母さんを信じてもやれなかった、本当にダメな男だけど。
それくらいなら、やれるんだってことを、証明させてください。
この無力な者の怒りの深さを、神様、見ていてください。




