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第四話    精神実験体158号    その十四


 ーーー精神実験体158号。


 そう刻まれたプレートが、その閉鎖扉にはあったんだ。


 結城雪子。オレの叔母さんにつけられた、もう一つの忌むべき名前……。


 プレートを掴み、剥ぎ取ろうと力を込める。指が、とても痛い。どうにもならない。


 金属のプレートが、金属製の閉鎖扉に溶接されているんだろう。


 ヒトの力では、どうにもならない。


 そうだ。


 どうにもならないだろう。怪物になってしまったヒトを、元に戻してあげることなんて。


 そんなことはね、ヒトには出来やしないんだ。


 かなしくて。


 なさけなくて。


 あまりにも、自分が価値の無い役立たずに思えて。


 オレは泣いていた。泣いていたんだよ。


 どうにもならないのに。『彼女』の分まで強く生きなきゃならないはずなのに。


 オレは泣いて。


 わめいて。


 本当に、おろかで、役立たずで、遅すぎて……誰も、誰も助けてあげられないんだ。


 わんわん泣いて、子供かよ。


 大きくなったはずだろ?……もう大人になったはずじゃないか?


 何のために大きくなった?


 何のために大人になった?


 背が伸びて、力が強くなって、風邪も引かなくなった。料理も自分で作れるようになったのに……。


 何で、オレは…………こんなに、情けないほどに、無力なんだよ………………。


「志郎お兄ちゃん……っ」


 くずみたいに役立たずのオレなんかの背中に、瑞穂ちゃんが抱きついてくれていた。


 震える声だ。


 泣いているのが分かる。


 彼女は、泣いてくれているんだ。あわれなオレの叔母さんと……なさけないオレみたいなクズ野郎のために……。


「……な、なかないで…………っ。むりかも、しれないけど、なかないで、しろうおにいちゃん……っ。かなしいけど、ひどいことだけど、ないちゃ、だめだよ…………っ」


「…………瑞穂ちゃん……」


「…………ないちゃ、だめだから…………」


『……そこに、もう一人いるのね?』


 叔母さんの声が響いた。やさしい響きは変わらない。でも、何かが昔とは違うことに、今になって気がついていた。


 それは、死者の証なのだろうか。


「は、はい。私、瑞穂って、いいます。志郎お兄ちゃんと海とか温泉に行くような間柄です」


『まあ。うふふ。それは、良かったわねえ。私のせいで、志郎ちゃん、モテないかと思って、心配していたのよ』


「志郎さんは、皮肉やでネガティブで、うつ病野郎ですけど、車で急ブレーキ踏んだとき、守ってくれる、やさしいヒトです」


『そうよねえ。昔から、やさしいのよ、志郎ちゃんは……ああ、でも。瑞穂ちゃん。あなたまで、巻き込んじゃったのね』


「いえ。それは、いいです。どうにかして、ここから生きて戻ろうと思いますから」


『そうね。その意気よ。ここは、こんがり童子が作った夜鏡の世界……を、彼が歪めてしまった世界』


「彼?ここの、院長ってヤツですか!」


『ええ。きっと、ここでも院長なんだと思うわ』


「そいつ、何をしたんです!?」


『私に憑いたこんがり童子のことを、彼だけは信じてくれた。だから、私はこんがり童子の驚異を、彼に説明したわ。こんがり童子を封じるために……彼に協力してもらうつもりだった』


 ……だった。叔母さんが口にした、過去形。それのおかげで、悲しみよりも、後悔よりも、怒りが心で踊っていた。


「そいつ、叔母さんを裏切ったんだな?」


『……彼はね、夜鏡の世界に魅了されてしまったのよ。不思議な世界は、ヒトの心を虜にしてしまうことがあるものよ。彼は……こんがり童子の能力を、模倣しようとしたみたい』


「こんがり童子の『失敗作』をたくさん作らせてました!」


『……そうね。本物を作れれば、自分が父親になれると信じている。そうすれば、力を意のままに出来ると』


「どうやって、こんな世界を作ったんだ?」


『私に取り憑いたこんがり童子は、私の心を使って、この世界を作った。それが、夜鏡の世界。夜鏡の世界に連れ去られたヒトを、助け出す方法が伝わっているの』


「どんなのですか?」


『大きな鏡の前で寝て、特別なまじないの言葉を使うのよ。それを、私は彼に教えた。そのまじないがあればね、こんがり童子のいる夜鏡の世界に魂となって入れるし、囚われたヒトを助け出せるの』


「助け出せる……っ!そ、そのまじないがあれば、戻れるんですか、ここから!?」


『ええ。まじないに使った鏡は、夜鏡の世界にもあるわ。それを囚われたヒトと、一緒に割ると、元の世界に戻れるわ』


「じゃあ、オレたちも?」


『ええ。その方法なら。戻れる。だから、その鏡を探しなさい。ここで、怪物やこんがり童子に殺されたら……怪物に作り替えられてしまうわよ』


「どこに、あるんでしょうか?」


『……彼の部屋ね。院長室よ。5階にあるわ』


「5階……この上の階か」


『そうよ。でも、気を付けてね。彼は、きっとあなたたちを殺そうとする。ここの死体は邪悪に穢れる。呪いを帯びて、ヒトならざるものに変えるのよ……』


「それで、人体実験してるのか!」


『……そう。医学のためだと昔は言っていたけど。今はもう違う。取り憑かれてしまっているみたいだわ……ヒトの呪われた死体を、好きなように作り替えて、能力を与えられることを、楽しんでいるのよ』



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