第四話 精神実験体158号 その十三
懐かしさがふくらんでいく。心のなかで、なんとも言えない温かさを伴って。
いい年こいた大人なのに、涙があふれそうになるよ。
こんな地獄みたいな場所で聞くには、それはあまりにもやさしい声で、あまりな懐かしい。
扉の前でうなだれてしまう。
どう説明していいか分からないけど、いや、違うよ。ハッキリと理解してる。これは罪悪感だ。
とんでもない罪の意識があるんだ。
このやさしい声のヒトを、オレは…………。
「……ごめんね、叔母さん。もっと早くに会いに来るべきだった」
今まで思ったこともない言葉を口にしていた。狂人だと蔑み、あんなに拒絶していたというのに……。
ここに叔母さんが囚われることを、誰よりも喜び、誰よりも支持してきた者の一人だったのに……。
「…………違うわよ、志郎ちゃん。ここに来ちゃいけない。ここはね、間違った世界なのよ。怨霊たちが作り上げた、邪悪な世界」
「でも、叔母さん……ずっと昔から、ここに!?」
「私はこんがり童子に取り憑かれて、どんどん変になっていったの……いつかは、こっちに来ちゃう運命だった」
「叔母さん、本当に化け物に取り憑かれていたのに、お、オレ、信じてもあげられなくて……っ」
「いいのよ。それが、普通の人なの。私は、あなたにそう育って欲しかったもの」
「ごめん……十年ずっと、叔母さんのこと誤解して恨んでた……叔母さんは正しいことを言っていたのに……」
「いいのよ。私は、自分でもおかしくなっているって、自覚はあった……それに、私には、こんがり童子がつきまとっていた。『あの子』も巻き込んでしまった。自業自得なのよ、この末路も……」
「違うよ。悪くないじゃないか!……叔母さん、悪くないよ!……全部、こんがり童子が悪いんだ!!あの化け物のせいじゃないか!!」
「…………志郎ちゃん。今ではね、『あの子』もこんがり童子なのよ」
「……っ!!」
「業に呑まれて、そうなってしまったの……だから、ね?……こんがり童子のことを、あまり悪くは言わないであげて」
「…………うん。ごめんね」
「いいのよ。ああ、やさしいのねえ、志郎ちゃんは……子供の頃から、ずっと、かわっていないのねえ」
……違うよ。
ぜんぜん、そんなことはないんだよ……ッ!!
そう否定したかった。
だって、オレは狂人みたいだった叔母さんを嫌っていて、否定して……叔母さんの残した影響から逃れるために、必死になって小守の町から逃げようとしたんだ!!
すぐに就職して、都会に転属願いを出して、そこまでして、どんなことでもして、叔母さんの全てから逃げようとしたのに……っ!!
叔母さんは、ずっと……ずっと、こんなところで、独りぼっちだったのに……。
……それなのに。
……そんなことするヤツが、やさしいはずがないじゃないかよ……っ!!
卑怯なオレは、そんな悔恨の言葉を口にすることも出来ない。ただただ、涙をこぼして、嗚咽しか、出てこないんだ……。
「泣かないで。志郎ちゃんは、男の子なのだからね。『あの子』の分までね、強く生きてくれないと」
「…………うん…………ごめんね、叔母さん、ずっと、こんなところに独りぼっちにしておいて…………助けに来て、あげられなくて…………だから。今、助けるよ…………今、オレ、ここを、開けるね」
「それはダメ!!」
「……えっ」
やさしい声に慣れていたから、叱られるとは思っていなかった。
「開けちゃダメよ。それだけは、絶対にダメなのよ。私はね、私はもうーーー」
ーーーそこから先の言葉は聞きたくなくて、ドアに額を打ち付けた。
こんなときに、痛みなんて気にならないよ、ただね、冷たいと感じたんだ。
その固い扉は地獄みたいに残酷な冷たさで、やさしさを取り戻した叔母さんの言葉は、止まってくれることはなかった……。
「ーーーもう、人間じゃないのだから』