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第四話    精神実験体158号    その十二


 空になった消火器を放置して、オレたちは暗くなっていく病棟を進む。


 窓があるが、鉄格子がはめてある。まるで牢獄みたいだと感じる。


 実際の病院は、ここまで酷くはないのだろうが……。


 ……考えないことにしよう。


 目指すのは407号室。それだけに集中しよう。


 病室は401号からあった。近づくと、そのドアがバタン!と強く叩かれていたよ。


「……っ」


「……ッ」


 驚きはしたが、免疫は出来つつあるんだよね。少々の恐怖では、もう悲鳴も上がらない。


 瑞穂ちゃんにしがみつかれた腕が少し痛かったぐらいのもんさ。


 オレたちは407号以外を絶対に開けるつもりはない。


 なんだか、ここの怪物どもが誰かに閉じられたドアを開けられない理由が分かったような気がする。


 そういうドアは開かない……ここの病室に隔離された患者たちの認識が基になっているのかもしれないな。


 閉じ込められたと感じ、開けようとも試みなくなり、恨めしそうに手でドアを叩くばかりだ……。


 ……ここは、地獄だな。


 地獄を歩いていく、悲しみと絶望と恐怖と薬品の濃い臭いに沈む、サイアクの空間を、奥へ奥へと進むのだ。


 叔母さんは……いつから、ここにいるのだろう。


 10年前から?


 それよりは、もっと新しいのかな。


 何にせよ、それはとても辛い時間だったはずだ。


 こんがり童子のせいで、この世界に触れたから壊れたのかな。


 だとすれば、叔母さんはただの犠牲者だ。


 それなのに、オレたちは嫌って、拒み、遠ざけた。


 ……なんて罪深いことをしたのだろう。


 206号……。


 次だ。


 次が、叔母さんの部屋だ。心臓が脈打つ。どんな種類の緊張だというのか、自分でも分からない。


「志郎お兄ちゃん」


 その言葉と微笑みに、勇気をもらえたよ。


 言葉を使うことなく、小麦色の肌の彼女を見ながらうなずいた。


 207。


 その数字の描かれた部屋にたどり着く。


 そのドアは、赤いペンキで、207の塗りたくられている。


 ……いや、たぶん、これは赤いペンキなんかじゃなくて、おそらく血なんだろう。


 そんな場所なのさ。


 この暗い病棟は、地獄だってこと、オレはとっくに理解しているじゃないか……。


 ドアをノックするよ。


「……叔母さん、オレだよ。結城志郎だ。雪子叔母さんの甥っ子だよ。叔母さん……ここにいるのかい?」


 ……返事を待つ。


 ドアがどんな音を立てるかと考えて、備えてもいた。


 一応、瑞穂ちゃんは消火器を抱えている。


 戦うことになっても、備えてはいるんだ。叔母さんが、何かの怪物にされていたとしても……オレは……。


 だけど。


 覚悟は裏切られた。


 やさしい声が聞こえたよ。『彼女』によく似たやさしい声だったのさ。


「……志郎ちゃん?……本当に、志郎ちゃんなの?」


 小さな頃に、聞いた、とてもやさしい声で、叔母さんはオレの名前を呼んでくれたんだ。

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