第四話 精神実験体158号 その十一
昔のヨーロッパには人骨を装飾に使った教会とかもあったらしいけど……。
これはそんなものより、はるかに酷いものだったよ。
まず、骨だけじゃないしね。
ヨーロッパの市場とかじゃ、お馴染みの光景なのか、皮を剥がれたウサギ。
あのリゾットの材料みたいなものに、これを構成する素材は似ていたよ。
皮膚を剥がれて、腹を切り裂かれて、内臓が垂れ下がっている死体だ。
それらが複数、床に無理矢理に打ち立てられた鉄の杭に、有刺鉄線とくくり、手足を強引に『結ぶ』ことで、その飾りは完成していた。
ひどい悪臭だ。
むせかえるほどの血の臭いと……それと、内臓が放つのだろうか、下水みたいな汚物臭が漂ってくるんだ。
辛すぎる。見るのも、嗅ぐのも。
なんだ、これは?……なんで、こんな残虐で、おそらく意味もない行為をするのだろう。
この制作者を理解するのは不可能だし、理解したら、それはそれでアウトだ。
狂気の産物を見て、瑞穂ちゃんは吐き気を催していた。
うずくまり、口もとを押さえている。
「吐いてもいいよ」
「……大丈夫、うどん、消化済みっぽい。どうにか、吐かずにすみそう……」
「そうか……急かしたくはないけど、先に進もう。そっちの方がマシだよ」
この場所は、とんでもない悪臭が漂っているからね。ここにいるだけで、オレも鼻をもいで捨てたくなるほどだ。
「うん……でも、あの門を、潜るんだね……」
「……そうなるね」
セキュリティ・ゲートがあるであろう場所に、その腐乱死体の門はある。
彼らか、あるいは彼女らか。皮膚を剥がれた死体の性別を、オレはつけられやしないが……。
あの死体で作られた門を潜らなければ、叔母さんが入院させられた病室に接近することも出来ない。
「すごくイヤ」
「わかるよ」
「うん。すごくイヤだから……ここを通ったら、今度、何か私の欲しいものを、志郎お兄ちゃんが買って欲しい」
「……高くなければね」
「……うん。ブランドもののバッグとまでは言わないよーにする」
「いい子だね。じゃあ、行くとしよう」
「お兄ちゃんから先ね、変な汁とか垂れてたら報告して」
「そうするよ」
変な汁というか、血がときおり滴となって垂れてはいる。
オレは、その門を一歩で飛び抜けた。
瑞穂ちゃんは、きっと、オレよりも速いスピードでそれを行っていた。
グロテスクだけど……それだけらしい。罠とかじゃなくて、本当に良かった。
そう考え、安心した矢先。
門となっていた者たちの腕が、一斉に動き始めた。
『ぎゃじじぎぎぎいいいひひっっ!!!』
「きゃああああああああああああああ!!」
「くそ!!」
オレは消火器をそいつらに浴びせていた。
有効だった。うごめく死体の門は一瞬で沈黙し、黒く焦げたように、ボロボロと崩れ落ちていった……。
「サイアク……」
「でも、突破した」
「……今後はさ、最初から、死体を見つけたら、消火器を使おう?……もったいなくても、いいよ。怖い目に遭うと……この場所、暗くなるし……そうなると、もっと危ないのが出てきそうだもん」
「ああ。そうだな……そうしよう」




