第四話 精神実験体158号 その十
だんだんと病院内の明かりが暗くなっていくのを感じるよ。
このままでは、近いうちに歪んだナースどもの大群が、そこら中を歩き回るようになるかもしれない。
そうなる前に、すべきことをするんだ。
「行こう」
「うん!」
二人して消火器を構えたまま、階段を上っていく。
もしも怪物が現れたら?……今のところ、消火器は足りるだろうが、無限ではないからな。
二階、三階……階段を上るほどに照明は暗くなっていくな。
オレの心、あるいは瑞穂ちゃんの心が、この世界に影響を及ぼしているのだろうか。
大きなストレスにはなる。好奇心を満たしはするが、この緊張感の報酬としては安すぎる気がする。
……命もかかっている。ここにいるオレたちが、生身でなく、精神とか情報のカタマリに過ぎなかったとしても。
その精神情報を殺されたら、どうなるのかな?
オレは、精神病を悪化させてしまうとか、あるいは脳死とかもあり得るんじゃないだろうか?
……毎夜、こんがり童子が見えていたという叔母さんは、いつしか狂っていた。
ああいう風になるのかな?
じゃあ、叔母さんが狂ったのは、ここみたいな世界に囚われて、精神を強く傷つけられたからなのだろうか……。
全てがあり得る。
ここでの死は、精神の破綻かもしれない。じゃあ、現実にある御子柴精神病院の、一生出られない重度の精神病患者たちは……?
ここの院長の犠牲になった人物たちなのだろうか。
あそこの患者たちは、家族からも拒絶されているんだ。
死のうが生きようが、家族に迷惑がかからなければ、どうでも良いぐらいにしか思われていない。
ここの院長は……現実世界の御子柴精神病院の院長なのだろうか?
両者が無関係であるようには思えない。素直に考えると、同一人物であるような気がする。
……だとすれば、通報モノの大事件だな。
あまりに不可解な通報になるから、警察も動けないかもしれないがね。
……不安は不安だが、今は恐怖よりも怒りを感じるからだろう。
足運びが滞ることはない。
暗くなっていく階段を、オレと瑞穂ちゃんは進み続け、ついに四階にまで到達していたよ。
「ここだね」
「四階の西棟だからな。407号室にいる……」
「何年ぶり?」
「十年以上、会ってないな」
「……そっか」
こんな形で再会したくはなかったし、これが再会と呼んでも良いものなのかすら、オレには答えが出せない。
いや。
どうでもいい。叔母さんしか、頼れないのだから。行くしかないんだよ。
オレは瑞穂ちゃんの前を歩く。男だし保護者だから。
この病棟は薬品のにおいが強かった。何か危険な気がする……闇が、他よりも濃い。
歪んだナースや化け蜘蛛、あの一度だけ見た平たい男とか……それ以上の怪物がいるかもしれない。
……もしも、あの怪物どもが、ここの入院患者が元になって作られている存在だとすれば……?
……下手すると、叔母さんも何かに改造されているかもしれない。
……怪物になった叔母さんに消火剤をかけて消し去る?……そんなことになったら、オレは自分を許せるのだろうか……。
思い悩みながら、精神科病棟へと入る。
オレたちの目の前に、いきなりその物体は現れていた。
怪物ではなかったが、それを良かったとも気楽に思えることはない。
目の前にあったのは、門だった。
人の肉体を無理矢理にねじりあげて、巨大な杭を使って固定したような物体……。
その狂気の産物が、このフロアの入り口には飾り付けてあったのさ。