第四話 精神実験体158号 その八
……この世界は、狂気の産物ではあるらしい。
オレは当初、自分の病んだ心が産んだ悪夢なんだろうと考えていたけど、そうじゃないかもしれないと考えている。
「誰かが……たぶん、この病院の院長が、ここを作った。どうやったら、そんなことが出来るのかは想像もつかないけど」
「……うん。でも、そんな気がするわ。だって、あの変態女も院長がさせてるって言ってた」
「ああ。その院長が、本物のこんがり童子を確保するために、ここで異常な実験を繰り返してる。この、現実じゃない世界で……」
自分でもおかしなことを口走っているという自覚はある。
でも、自分の考えを否定する気持ちになれない。異常な世界だけど、情報ツールが使えるんだ。一定のインフラが整備されている。
妖怪に出来るのかな?……妖怪に知り合いがいるわけじゃないが。情報インフラを整備する存在って、人間しか知らないよ。
「ここは、ネットとつながる。データを送ることは限定的なのかもしれないけど、可能だよね」
「私と電話とかSNSがつながったこと?」
「うん。受信は問題なく出来てる。ほら、スマホはネットにもつながる」
「……ホントだ」
「……試しに、Wikipediaを開く」
「どうして?」
「織田信長を、調べるのさ。織田信長については大まかなことを知ってる。でも、詳細までは知らないし、覚えてない」
「うん」
「でも……この織田信長のページには、誕生日や戒名まで載ってる。そんなこと、受験勉強でも暗記しないことだ」
「……それだと、どういうことに?」
「オレの妄想の世界じゃないということの証明さ。オレにはそんな知識なかったもん。戒名まで載ってるなんて、初めて知った。だから、ここはオレの空想の世界じゃないと思うし……ここでは、ネットを正常に受信することが出来るってことさ」
「じゃあ、メールとか届く?」
「届くかもしれないけど、制限がかかってるみたいだね。たぶん、一種のフィルターが」
「えーと?」
「……この世界から送信出来る情報は限られていそうってことさ。実験結果を、送りたいヤツだけに送れるようにしてるんじゃないかな」
「えーと、き、機密データってやつだから?」
「そんな感じ。こんな実験の記録なんて、世に出回られて欲しくないだろ?……人体実験は違法なんだ。医療機関がそんなことしてるってデータが流失したら、警察に調べられる」
「なるほど。だから、一部の人にしかデータを送れない?……でも、どーして、私とお兄ちゃんのスマホは通じたの?」
「このSNSのアプリを、ここの従業員も使っているからじゃないかな」
「え?」
「瑞穂ちゃんとのメッセージのやりとり、なんか変なところもある」
「どこが?」
「メッセージを送ったり、受け取ったりする時間が文字化けしてる……」
「ホントだ……どういうこと?」
「このスマホも本物じゃないからかもしれない。まあ、オレたちだって本物の体じゃないかもしれないけど」
火傷が瞬時に治ったりは、生身の肉体じゃできない。
「……正規のサービスを経由してないのかなと思う。個人が勝手に作ったサーバーにアクセスしたんじゃないかな……たとえば、ここの病院にあるサーバーとかに」
「……うん?」
「ここの病院で、このSNSのアプリを使うと、ここの病院のサーバー……えーと、パソコンさんにつながって、ここの病院だけで使える違法なアプリに早変わりするかもってこと。それだと、ここで働いている職員は、このSNSで普段の通り連絡が出来るし、外の世界に情報は漏れないかもね」
「……えーと。ここの奴らが使ってるから、使える?」
「そう。ただし、この病院内限定で使えるように弄くられるけどねってこと」
「そっか。でも……どうして、このSNSなの?」
「一般的だからかもな……これをこの世界の通信の基礎として使うことで、都合が良いこともあるのかも」
「たとえば、どんなこと?」
「……この世界に、より多くの従業員を送り込むとき利便性があるとか…………あるいは」
「あるいは?」
「…………世界に流通したアプリを媒介に使うことで、この病院が欲しがっている実験体を、簡単に……この病院に連れてくることが出来るのかもしれない」