第四話 精神実験体158号 その六
心拍数が上がり、動揺する。
どういうことだ?
どうして、御子柴精神病院なんだ?
……くそ、分からないという言葉は、もう使いたくないんだぞ!!
「……志郎お兄ちゃん、今は、アレが来るから!!」
「あ、ああ!!」
ズシン!ズシン!と、音と共に揺れが大きくなる。あの醜く、そして巨大な肉塊は、さらに加速して間合いを詰めてきている。
……このままじゃ、いけない。
イヤだか、することは一つだな。
「瑞穂ちゃん、車から降りる準備を!」
「え?」
「……病院に逃げ込むしかない。アレのサイズなら、病院にまでは入ってこれない」
「そ、そうね……」
「不本意だけど、もうそれをするしか道なんてない。このまま追いかけっこをしていても、アレからは逃げ切れない」
「……うん!病院に、戻る!」
「玄関に横付けするから、急いで病院の中に入ろう!!」
「わかったわ!」
アクション映画ってほどの華麗さは無いけどね。
病院の入り口に急停車するんだ。そして、実に無力な、慌てる小市民だとか、小さな虫けらみたいな様子をさらしたよ。
あわてて、バタバタしながら、涙目で、せっかく逃げ出したハズの御子柴精神病院へと逆戻りだ!
自動ドアが開く瞬間さえ、待ち通しかったし……その玄関に入った直後、巨大な肉の柱の一つが、タクシーを踏み潰してしまった。
グシャアアアアアアッッ!!
……スクラップ場で聞いたことがある音だ、廃車を巨大でパワフルな機械で潰す音に、よく似ていた。
オレと瑞穂ちゃんの目の前で、タクシーがぺしゃんこに潰されていたよ。
身の毛がよだち、頻脈に陥った心臓が口からグエっと飛び出して来そうな気持ちになる。
最悪だ。
オレと瑞穂ちゃんの精神が落ち込み、また病院の明るさが減っていくのがわかる。
でも。あの威力を、あの破壊を目の当たりにされてしまえば……どうにもこうにも心が折れてしまうじゃないか……?
瑞穂ちゃんがその場にへたり込む。
オレは彼女を立ち上がらせるための元気も、奮起させるための言葉も……ない。
絶望。
オレたちの心にそれがおぶさってしまっているのだから。
脱出のための道が、消え去った。目の前で破壊されてしまった。
唯一マシなことは、アレは病院内までは破壊することもなく、踵を返して戻ってくれたことか。
アレは、門番らしい。
この病院から、誰も逃すまいとしている、強力なガードマン。
……御子柴精神病院は、警備も厳重だって噂だっけ……?
ああ、精神病院として有名だけど、一応は総合病院だったのか。
地元の、人は精神病院としての認識がなかったけど、他の土地から、精神病以外の入院患者を受け入れているとか……。
…………なんで、ここなんだろうか。
…………分からないという言葉は、使いたくない。
でも。
ここが御子柴精神病院ならば、ここに叔母さんがいるのなら……彼女に会いに行くべきだろう。
叔母さんなら、誰よりもこんがり童子に詳しいはずだ。
……こんがり童子が、オレや瑞穂ちゃんをここに呼んだとすれば、叔母さんのことも呼ぶような気がする。
……オレは呆然と床に座ったままの瑞穂ちゃんに、そのことを説明した。彼女は無言のままだけど、頭をうなずかせてくれたよ。