第四話 精神実験体158号 その五
オレはタクシーをバックさせ、ハンドルを切る。そのまま、今度は前進だよ。
とにかく、今は病院に戻るしかない。
アクセルを踏み込み、せっかく降りてきた道を逆戻りしていく。
アレもまた加速してくる。
どんどんスピードを上げて来やがるんだよ、地面が大きく揺さぶられ、走行中のタクシーがガクンと強く縦揺れする。
「な、なに、なんなの、なんなのアレ!!」
これ以上、分からないと答えるのがイヤで、何か別の言葉を探す。
ルームミラーでアレを観察する。デカイ、表面が内臓みたい、速く動く、脚が無数にある……。
……そして。
そして、アレには無数の人の体が組み込まれているのがわかった。
「あいつ、傘の部分に……人間を埋め込んでる」
「え……ど、どういうこと?」
「串刺しにしているし、有刺鉄線だか何だかで、固定してある……アレ、たぶん、人間で出来てる……」
「に、人間で……って!?な、何十人分で作られているって言うのよ!?」
「その桁じゃ足りない」
「……っ!!」
「アイツは、ここからオレたちが出ないための見張りだよ。どうやら、勘もいいらしいな」
タクシーはアイツの仲間のはずなのに、乗り手が偽物だと気づいた。
オレがブレーキを踏んでしまったからだろうか?
とはいえ、アレに対して不用意に近づく勇気は、オレにはない。というか、フツー、無理だろ?
あんなサイズの怪物に、どんな精神の持ち主なら近づけるって言うんだよ!?
坂道を戻る。
この病院から脱出するためのプランが、全部、台無しだ。
くそ。
もっと、慎重に動けばよかったのか?
でも、他に脱出のための道なんて、どこにも無いんだぞ……!!
イライラして、ドアを叩いてしまっていた。
瑞穂ちゃんが驚き、怖がってしまう。
「……ごめん」
「……ううん。だいじょうぶ……」
……何をやっているんだかな。瑞穂ちゃんを無駄に怖がらせてしまった……。
……こんなことじゃ、ダメだ。
もっと冷静になる必要がある。もっと、周囲を観察するんだ。
アレについても、この悪夢の病院についても…………っ!?
病院を見上げた時、かつての記憶がよみがえる。
強い雨に打たれる、この病院には見覚えがあったよ。
少しだけ離れた場所から、この丘の上にある病院を見つめることで、ようやく理解することが出来たんだよ。
「……この病院、オレ、知ってるぞ……っ」
「……え?」
「これは、この病院は……御子柴精神病院……オレの地元で、重度の精神病の患者が入る、精神病院だよ」
そう。叔母さんが、ここに入院させられた場所なんだ……。




