第四話 精神実験体158号 その四
タクシーをゲットしたオレは瑞穂ちゃんを助手席に乗せた。
「これで逃げられるかな?」
「……きっとね」
「あはは。やっぱり、うつ病じゃなかったんだよ!……志郎お兄ちゃん、前向きに戻ってるもん」
「そうかな?」
……たしかに、前向きになろうとしている。自分の力で?……いや、瑞穂ちゃんを守ろうとしてのことだろう。
「瑞穂ちゃんのおかげさ」
「う、うん。除霊珈琲のおかげかな……?」
「あれもあるかな」
「グアテマラ産の珈琲の勝利だね。こだわりの一杯が最後に勝つんだよ!」
「看板娘らしくて、いい台詞だよ……じゃあ、出発しよう」
どこに向かうのか?……どこでもいい。とにかく、この場所から逃れられたら良いんだ。
オレはタクシーを出発させる。
病院の駐車場を抜けて、坂道を下っていく。
……この病院は、丘の上にあるらしいな。そんなことも、今、初めて知る。
……初めての場所だった?
……どうなのだろうか。
いや、考えても答えなんて出やしない……こんな謎の世界のことなんて、別に考えなくていいんだ……っ!?
坂道の途中で、ブレーキを踏んでいた。
瑞穂ちゃんが文句を言うかと思ったけど、そんなこともなかったよ。
ブレーキを踏んだ理由が、瑞穂ちゃんにも理解が出来たからだ。
『それ』は、とんでもなく巨大な物体だった。病院から市街地らしき場所へと続く道を遮るように、そいつは立っている。
巨大な物体であり……グロテスクだった。今日は本当にグロテスクなものをよく目の当たりにしているが、こいつはまた規格外。
それは、あえて言うのならクラゲにも似ていたよ。
ぶよぶよとした、肉色の臓物でつくられた、赤茶色の傘と、腸だか脈動する巨大な血管などと合流した9本の『脚部』。
肉の柱と、内臓がごちゃ混ぜになったキノコの形をした存在でもいいかな……。
何て呼ぶべきかも分からないが、圧倒的な大きさを持つ異形が君臨しているのさ。この道路の先にはね。
そいつは……象よりは大きい。もはや、一般的な一戸建てと同じようなサイズに見えてしまうよ。
「なんだろ、あれ……っ」
「わからない。でも、アイツ、道を塞いでしまっている……」
「……脚の横を通るのは…………」
瑞穂ちゃんは、その言葉の先を断念した。あまりにも現実的ではない行為だろう。
だって。
アイツは、あのグロテスクな赤茶色の肉のカタマリは生きているんだから。
九つある脚が、ゆっくりと動き始める。
どれだけの重量があるのか分からないが、地面が揺れたのは理解できるよ。
一歩ずつ、ゆっくりと歩いて、その度に地面は揺れた。
いや。
違うな。ゆっくりなんかじゃないよ。あまりにもアレは大きいから、ゆっくりに見えるだけのことだ。
その実は、かなりの速度だった。時速30キロぐらいはあるかもしれない。
そんなものが、オレたちの乗っているタクシーをめがけて、ゆっくりと坂道を登ってきているんだ。
「ふざけんな!!」
「や、やばいよ!!アレ、私たちのこと、踏み潰す気なんだ!?」
「くっ!!病院に戻るよ、瑞穂ちゃん!!どこかに掴まって!!」
「う、うん!!」
正体不明のモノばかりだが、それでもアレは特別に何がなんだかも分からない。
明確なことは、とにかくクソデカイ肉のカタマリが、オレたちを車ごと踏み潰すため、どんどん加速して近づいてきているということだけだったーーー。




