第三話 産まれてしまったからには。 その十五
いい意味で、犬みたいに速く走る瑞穂ちゃんに引きずられ、階段前までたどり着く。
二人とも息が切れているけど、お構い無しさ。
「登るよ、志郎お兄ちゃん!!」
「あ、ああ!!」
県で一番1000メートルを速く走る陸上少女は、大人の男一人を引っ張っても元気だ。
軽やかに階段を駆け上がっていく。情けなくも社会人のうつ病患者は、肺が痛いし、ふくらはぎがつりそうになる。
消火器を抱えての全力疾走の直後に、階段を全力で駆け上る……人生で初めてする種類の運動で、オレの足も体も限界だ。
びたぴちゃびちひちぴたぴだびだ!!
無数のヌメつく足音どもが、こんがり童子の失敗作どもが、オレと瑞穂ちゃんを追いかけてやってくる。
瑞穂ちゃんは恐怖に力を引き出され、オレは自暴自棄な怒りで頭の回転数を上げられている。
いいさ、だいじょうぶ。奴ら、本物に比べて、劣っているのさ。
……追い付かれることもないまま、一階まで戻った。
「と、到着!!」
「瑞穂ちゃん、パス!」
そう言いながら、オレは瑞穂ちゃんに消火器を渡す。
「それで、こんがり童子が来たら攻撃して!!オレは、この防火扉を閉める!!」
「わ、わかったわ!!」
オレは階段空間からの出口の壁に埋め込まれた、防火扉を使うことにした。
会社の防災訓練で習ってる。押し込んで、引っ張れば動く!!
火災警報がなるらしいけど、別にいい。何ならスプリンクラーでも、降りまくればいいんだよ!!
消火剤が効くような失敗作なら、偽物のこんがり童子なら、消えてくれるんじゃないかな!!
防火扉は、動くけど……っ。
「錆び、ついてるのかよ!!」
「わ、私も手伝おうか!?」
「いい!!……こんがり童子を、警戒して!!」
「わ、わかった!」
瑞穂ちゃんは消火器のピンを抜き、噴射に、備えてホースの先を握る。
さすがはアスリートだな、集中力を発揮しているときの凛々しさは素晴らしいよ。
普段のバイトの時とは、別人だ!!ナポリタンを焦がす君も、愛らしいけどね!!
くそ!!しかし、錆び付きやがって、クソ防火扉があああっ!!
足音が、すぐ側まで聞こえているのに……っ!!
「き、来たよ!!」
「消火器を!!」
「うん!!」
黒く蠢く、無数の焦げた赤子が階下から這い上がってくる。
その頭には、目も鼻も口も耳も髪もない。全てが焼き焦げ潰れてしまって、平坦だ。
それらが小さな手足をもがつかせて、じゅるじゅると、黒い体液で階段を汚しながら、こちらに近づいてくる。
赤ん坊の動きと言うより、何かエビとかバッタに近い躍動感があり、お互いに空中でぶつかり合いながら、オレに向かって近づいてくるんだ。
「こ、来ないでええええ!!!」
蠢く黒い赤ん坊の群れに、瑞穂ちゃんは消火剤をぶちまけた!!
消火剤は、よく効いていたよ。赤ん坊の表面はその粉を浴びると膨れ上がり、破裂し、ボロボロになって崩れていく……っ!!
水揚げされたばかりのエビの群れに、熱湯でもかけたら、こんな躍動を見せるかもしれないな。
死に至りながら、ボロボロに崩れていくこんがり童子の失敗作は、崩れながらも暴れて、手足や首が、もげて……真っ黒な体液を撒き散らしながら滅びて行く……。
「ご、ごめん。ご、ごめんなさ……」
やさしいし。女の子だからかな、瑞穂ちゃんは化け物とはいえ、赤ん坊の形をしたものが崩れることに精神的な動揺を受けている。
そうだよね。彼女自身があの子達を滅ぼしている……罪悪感を抱えるのは、理解できるよ。
オレは、彼女が苦しみながら作ってくれたた時間を使い……どうにか防火扉を閉めーーーーッ!?
がしり。
小さな指が。小さな手が。
その黒いものが……こんがり童子の失敗作と言われるモノが、とじかけの防火扉に半身を挟まれながらも飛び出して……。
オレの左手首に触れていやがったんだ。熱を感じる。
とんでもなく、激しい高熱をーーーー。