第三話 産まれてしまったからには。 その十四
「ガラス、割れちゃったの!?」
「走るよ!!」
有無を言わさずに、瑞穂ちゃんの手を引いて走り始める。
「追いかけっこ!?で、でも、リアクションしたら、調子に乗るんじゃ!?」
「もう興味を持たれてるさ。抱きつかれたら、危ないんだ。何匹いるか、分かったもんじゃない」
「そ、そうだよね!?」
「それに、抱きつかれたら……燃やされるんだ」
昨夜、見た夢を思い出す。カフェオレが好きな女の子は、鏡から出てきた……おそらく本物のこんがり童子に抱きつかれて、焼け死んだ。
「ほ、ほんとに!?」
「言い伝えだと、そうだよ!!……試す気にはならないだろ!!」
「う、うん!!なら、私が引っ張る!!」
さすがは陸上部員の瑞穂ちゃんだ。彼女の手を引くどころか、逆に引っ張られ始める。
こういう例えが正しいかは分からないけど、まるで、犬みたいに速い!!
「長距離専門だって!?」
「そうだけど、私より速いスプリンターがいたから、転向しただけなの!!」
躾のなっていない猛犬に引きずられている、飼い主さんの気持ちになれるよ。
でも、ありがたい。
バリン!パリン!バリーン!!
ガラスが砕ける音が、背後では広がっていく。
ひたぴたぴたひちゃぴた。
ヌメる何かが走り回る音だ。こんがり童子の偽物どもが、一体どれぐらいの速さで走れるのかは分からないが……。
今のところ、追い付かれていない。
「このまま、まっすぐでいいの?光が見えるけど!?」
「ああ、あそこに向かうんだ!!一階に戻れる階段がある!!」
「わかった!!」
……でも。それからどうする?……階段を上っても、うしろの黒い赤子どもがあきらめるのか?
暗がりが好きなのかもしれないけど……明かりの下に出てこれないとも限らない。
どんな存在なのか、分からないんだぞ。何を考えたって、根拠に欠ける。
分かるのは、けっこう速く走るということと、バカみたいにウジャウジャと数がいることだ。
……名医がくれた魔法の薬の出番か?……これは、今まで色んな怪物からオレを助けてくれたけど……。
こんがり童子にも効くのかな?……歪んだナースの腹にいたのは、今、オレたちを追いかけているこんがり童子よりも、弱かったのではないか?
あいつらは、走り回らなかった。
あのナースの腹で成熟して、あの蜘蛛に糸でくるまれたあとで、更に何かされることで……こいつらになるのなら?
……歪んだナースの腹にいるヤツより、成熟しているというか、完成に近づいているわけで……。
ああ、わからん。
わからんが、直感めいたものが訴えてくる。こんがり童子は、他の怪物どもより、間違いなく厄介なのだと……。
叔母さんのせいか?さんざん、こんがり童子の恐怖を言い含められたから?
そうかもしれない……でも、あの薬だけでは、どうにもならないような気がするんだ。
『本物のこんがり童子は、現実の世界にも影響を及ぼすんだから。鏡を使って、彼女を殺したじゃないかーーーーー』!?
「志郎お兄ちゃん!?」
「ご、ごめん。ちょっと、頭から血の気が引いた」
「大丈夫?」
「わからないけど、走るしかないよ」
「だ、だよね!私、引っ張るから、がんばって!!」
「……うん。とにかく、このまま一階まで戻るんだ」
気分が悪くなる。でも、それでも、不思議と考えがまとまってくる。
これは、一種の現実逃避だ。悲惨な現実を、客観視することで、まるでゲームでもしているみたいに、苦痛や恐怖や混乱から遠ざかる。
いいモードさ。
追い詰められたおかげで、オレにはプランが出来ている。
「作戦は出来たよ、瑞穂ちゃん。オレと君なら、二人なら、この危機を乗り越えられる」
「……うん!信じる!!」
そうさ。何度も、あいつらに殺されてたまるかよ。あんなガキの怨霊なんかに……っ。




