表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/66

第三話    産まれてしまったからには。    その十二


 分娩室から出たオレは瑞穂ちゃんの手を引いて、この場所からの脱出を開始する。


 チェンソーによる手術音のせいで、オレたちの足音なんてかき消されそうだけど、それでも慎重に音を立てないように、歩いていく。


 地下一階は、さっきよりも……明るい。分娩室からは、強い光が漏れているからか。


 それに赤い非常灯もついている。


 そのおかげで、壁に走る血管が増えていることも分かる……。


 グロテスクさが、どんどん深刻化しているようだ。


 オレの心は瑞穂ちゃんと合流することが出来たのに、さっきまでより荒れているのか?


 ……それとも。


 ……ここは、もしかして、オレの空想が生んだ世界ではないのか?


 ……では、ここは、どこなんだ?


 ……オレは、それを知りたがっている。さっき、あのチェンソー女医に質問したかったのも、その願望があるからだ。


 彼女は、オレたちのことをあえて見逃してくれたように思えるしね……。


 でも。悲鳴と、チェンソーの音が響いている今となっては、彼女に質問なんてしなかった方が良かったと考えている。


 無言のまま、オレと瑞穂ちゃんは歩いた。


 夏のはずなのに。この地下一階はやたらと冷たい。こんなに寒かったかな。


 寒いからか、怖いからか、瑞穂ちゃんがオレに体を近づけてくる。


「……ここ、何なのかな……」


「オレも、分からないよ」


 思わず認めてしまっていた。そう、それが本音。もう、何がなんだか分からないということを認めちまおう。


「とにかく、この病院を出よう。それが一番の解決策だと思うんだ」


「……うん。ここ、もう嫌だよう……」


 いつもは強気で元気が有り余っている瑞穂ちゃんが、こんなに怖がって泣いていると、オレの心は締め付けられる。


 守ってあげたいと願うが、この悪夢の病院のなかでは、出来ることはあまりにも少ない。


 ……なにか、ないのか?


 己の無力さに歯がゆくなり、顔をしかめたオレの視界に、赤い光が闇の中に見えた。


 消火栓だ。そして、古いタイプの火災報知器と……消火器だ。


「瑞穂ちゃん、消火器があるよ」


「ほ、ほんとだ」


 一本だけだが、それでも無いよりマシだ。ここの怪物どもには、何故だか消火器がバカみたいに効果がある。


 オレはさっそく、その消火器を回収する。右手でそれを掴み、左手で瑞穂ちゃんの手を握る。


 紳士的な行為のつもりだし、オレ自身のためでもある。


 瑞穂ちゃんの温もりを感じていると、がんばらないといけないという気持ちになるんだ。


 でも、瑞穂ちゃんにはオレの手よりも消火器の方が心強そうだった。


 ふう、とため息を吐いた彼女は、ついさっきよりも震えていなかった。武器があることは、人の不安を消し去るようだ。


 少しだけ落ち着きを取り戻した瑞穂ちゃんは、いつものように好奇心を取り戻しているようだった。


「……でもさ、なんで、これが効くのかな」


「オレは瑞穂ちゃんに教えてもらった けど?」

 

「いや、この病院に迷い込んだ後、色々と逃げ回っていたんだけど、変なナースたちに囲まれてさ……そのとき、近くにたまたま消火器があったから、使ったんだ」


「そしたら、やつらがボロボロになったわけか」


「うん。効果テキメンだった」


「……大した行動力だよ」


「……最初は、夢だと思ってたから。なんかゲーム感覚みたいなところがあったの」


「なんか、わからなくもない」


 オレもときどき、えらく客観的に自分を動かせる時があった。


 うつ病患者とは思えない冷静さでね。ああいうモードに瑞穂ちゃんも入っていたのかもしれない。

 

 躁病モードかと思っていたけど、違うのかもね。ヒトは追い詰められると、自分を客観視して操縦できるのかも。


 どこか投げやりな感じで、とてもシャープに行動するのさ……。


 その力を使いこなせると、この場も乗り切れるかもしれない。


 難しいことだけどね。


 とにかく、シャープに動こう。冷静に、どうじることなくーーー。


「きゃあ!!」


「ど、どうした?」


 いきなり、瑞穂ちゃんの悲鳴に動じていた。夢穂ちゃんに抱きつかれたことも影響しているかもな。


「あ、あそこ、今、何か動いた気がする……」


 瑞穂ちゃんは、大きなガラス窓で区切られた新生児室を指差していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ