第三話 産まれてしまったからには。 その十
ソファーのひとつを持ち上げて、オレは瑞穂ちゃんをその下にある空間に隠す。
床はホコリっぽいが、瑞穂ちゃんは躊躇わない。それほど、足音の数は多い。不安なのさ、オレもな。
「お兄ちゃんも、早く!」
「わかってる!」
オレも瑞穂ちゃんのソファーと対面しているソファーを起こして、そこに隠れる。なんかヤドカリとかカニにでもなった気持ちだ。
息を潜める。ホコリっぽくて、くしゃみが出そうだが、必死に口と鼻を押さえて誤魔化しにかかるんだ。
『あぎぎぎぎいいいいいいいいいいい!!』
『ひゃごおおおおおおおおおおおおお!!』
新たな叫びが二つ追加される。この陣痛室に運び込まれていた腐乱死体の女たちの腹は、どんどん膨らんで、叫びを放つのだ。
オレはこの叫びの正体を察したよ。
これは陣痛をこらえる叫びだ。悪霊どもの陣痛は、とんでもなく辛い痛みらしいし、その叫びは獣みたいに豪快なんだよ。
……音飛びする田園と叫びのコーラス、無茶苦茶にうるさいこの場所に、足音どもまで近づいて来やがった。
そして、陣痛室のドアは開く。無数の歪んだナースどもがこの部屋に入ってくる。
心臓が高鳴る。怖いよ、異形のナースが1ダースもいれば。
だが、オレはさらなる怪異と遭遇することになる。
歪んだナースたちは整列した。軍隊みたいに、整然としている。
そして。その隊列のあいだを、一人の女が歩いてくる……それは、女医だ。白衣を着ているし、赤いハイヒール。
背が高くナイスバディ……気の強そうな才媛、そんな声をかけにくそうな美女である。
歪みはない。
だが、それだけに違和感は強まる。異形どもを従えているように見えるのだ……女医は叫ぶ。
『みなさん、お静かに!!安心してくださいね!!すーぐに、楽にしてやります!!腹の中に宿った、失敗作……いえ、もしかしたら本物を、こ削ぎ出してあげますからね!!』
こいつも産科医なのか……?
こいつが、こんがり童子を歪んだナースたちから取り上げているのだろうか?……でも、失敗作って、なんだ……?
『さて、今夜のクランケは……あら、三匹だけだったかしら?種付けようの死体は、四匹のはずだけど?』
種付け?……下品な言葉だが、まあ、意味は分かる。そして、少し安心もする。
死体にならないと、こんがり童子を種付け出来ないのか。死体の女しか、あの怨霊の子を妊娠出来ない。
なら、瑞穂ちゃんは大丈夫なわけか。良かったよ。しかし、何だろうな、あの女……。
『まあ、いいわ!私は失敗作ばかり産むダメな死体女にも、成功例を孕ませられないクズな蜘蛛男にも興味はない!!……もっと、研究したいのよ、有意義にね!!さあ、運びなさい!!……失敗作を取り上げるわよ!!』
『がひい』
『ぐびび』
歪んだナースどもは、車椅子に座ったままの糸に巻かれた死体妊婦どもを運んでいく。
分娩室に……。
あの女医が、赤子を取り上げるらしい。しかし、まともな手術ではなさそうだな。
ギュドドドドドドドドドドドド!!
エンジン音と不完全燃焼の臭い煙が陣痛室に満ちていた。
歪んだナースどもが、曲がった体に鞭を打ち、巨大なチェンソーを持ってくる。
やたらとデカイ。林業の現場で使うような業務用のパワーを感じる代物だった。
女医は嬉しそうにその凶器を受けとる。
『いいわ!!今夜もビンビンねえ!!最高よ回転数、やかましい音!!このバイブレーション!!……最高に手術がしたくなる!!』
……ああ、見た目こそ美女だが、悪夢の住人らしく歪んでる。主治医にしたくない女ベスト1位と出会ってしまったな。
チェンソー女医はハイヒールにチェンソーという見てるこっちが不安になる姿だが、当の本人は手慣れた様子だ。
鼻歌混じりにチェンソーを振り回し、陣痛室をツカツカと歩き回る……こちらに近づいて来るな……。
オレも瑞穂ちゃんも息を殺す。物音一つ立てたくない。でないと、殺される気がするんだ……。




