表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/66

序章    その3


 オレは叔母のせいで、小学生時代も中学生時代も、よくからかわれていた。


 それがイヤでケンカしたり、いじめられないようにするために柔道やら空手を習ったりした。


 高校になる頃には体格も出来たし、隣町の工業高に進学したこともあり、いじめられることはなかった。


 だが、元・男子校の工業高校だったからか、女っ気なく過ごすのみだった。


 畑と野山に包囲され、クラスに女子は二人しかおらず、どちらも柔道部員で85キロより上の体重を持っていて、女子扱いしにくさがあったのが現実だ。


 楽しいことは少なかったな。マジメに勉強して、教師に気に入られ、さっさと社会人になりたかった。


 そうすれば、叔母の思い出が漂う地元を離脱することが出来るから。


 目論みは成功し、オレは大手の車産業の一員になれたし、地元から都会への転属を望み、地元から離れられた……オレの田舎は都会へ転属を望むヤツは少ない。農家もしなけりゃならないヤツもいるからね。


 都会に出てきて、オレは本当の意味で叔母から逃れられた気がしている……。


「そういうことかー」


 徐霊珈琲を二人で飲みながら、瑞穂ちゃんに自分のことを聞いてもらっていた。


 女子高生カウンセラーごっこに、オレは癒されたのか、それともグアテマラから輸入された焼き豆はうつ病にも効くのか、何だか頭のモヤモヤが晴れたような気がしているんだよね。


 長年、隠してきた本音だからかもしれない。自分が何かから逃げるってコトを話すのは、おとこには辛い作業なんだよ。


 でも、うつ病だからか、ヤケクソになっているのか、自分がどれだけ苦しい日々を送っていたのか、叔母の見せた狂気から逃れたかったのかを語ることが出来て、オレは気持ちが楽にはなった。


 しばらくの沈黙が過ぎて、瑞穂ちゃんは語り始める。


「……私は叔母さんも叔父さんも姪っ子も好きだから、結城さんの苦しみは理解してあげることまでは難しいと思う」


「そうだと思う。オレの苦しみなんて、理解してたらうつ病になるさ」


「あはは。そうかも。でも、今は叔母さんのことで苦しくないんでしょ?」


「……そうだね。もう、終わったことだと思っている」


「なら、それでいいのよ。きっと」


「ああ……ありがとうな、瑞穂ちゃん。何というか、一連のサービスで、心が楽になったよ」


 営業の技術としてではない、プライベート仕様のありがとうは、とても難しい。悲惨な子供時代を過ごしたオレには、ヒト付き合いは困難な作業の一つだ。


 不器用な顔の筋肉を、歪めながら笑う。


 天真爛漫な笑顔が得意な小麦色の女子高生は、より早く走るために矯正したという、キレイな歯並びを見せつけながら、ひまわりのような笑顔になる。


 夏とか、笑顔の似合う子だ。うつ病によく効く気がした。


 だけど、そろそろ遅くなっている。


 スタンガンにも負けない下心は、皆無じゃないけど、惨めな子供時代について語った後に、彼女を押し倒すのは、あんまりにもカッコ悪いからね。


「ありがとう。とりあえず、今日はもう遅いから、お家に帰りなさい」


「そうだね。もう、七時半過ぎだし」


「送ろうか?」


「大丈夫だよ、ふらついてたから私が来たわけだし。それに、街中は明るいよ……?」


「……いや、タクシー呼んどく」


「ええー、もったいないよ!?」

 

「出張徐霊珈琲とかカウンセラーのお礼をしたいんだよ。瑞穂ちゃんを痴漢から守りたい気持ちが強いんだ、今のオレは」


「そ、そーすか?」


「そーすよ」


 まあ、スタンガンに焼かれる痴漢の方も心配な気がしたけどね……。


 スマホでタクシーを呼んでみた。寮の前まで来てくれるらしい、5分後にね。意外とこの時間帯でも捕まえられるもんだな。


 部屋の外に出て、瑞穂ちゃんに三千円ほど渡した。タクシー代と、出張サービス代さ。


「なんか、お金もらうつもりじゃなかったんだけど……」


「三千円じゃ足りないぐらいのことをしてもらったよ」


「えへへ。そう?迷惑じゃなかった?」


「うん。うつ病治りそう」


「徐霊珈琲スゴいね」


「そうだね」


 幽霊なんて信じちゃいないけど、今は瑞穂ちゃんの遊び心に付き合える心の余裕がある。


 薬が効いたのか、それともグアテマラ産の徐霊珈琲が良かったのか……。


 ともかく、いい心の休養が出来た気がする。あとは故郷の……近くの海に行けば、気が楽になりそうだ。


 都会が好きな気がしていたけど、田舎のヒトがいない環境を求めていたのかもしれない。


「あ。タクシー来た!」


「うん。じゃあ、おやすみ、瑞穂ちゃん」


「うん!おやすみ、結城さん!」


 健康的な素早さを発揮して、瑞穂ちゃんはタクシーまで走っていった。彼女はオレに手を振り、タクシーに乗り込んだ。


 そして、タクシーが走る方向にオレは視線を動かし……会社の先輩を見つけた。


「山田先輩?」


「え!?あ、ああ……お前、療養休暇中だよな?」


「うつ病と診断されました」


「……仮病だろ?」


「いいえ、診断書ありますし、今日は医師の勧めに従って休日を過ごしてみました。とても心地よく過ごせましたよ」


「女子高生との援助交際がか?」


「違います。喫茶店の出張サービスですよ、アレは」


「……喫茶店の出張サービスで女子高生が部屋に来るって……お前、そんなうつ病の治療法なんて、あるわけないだろ?」


 ……たしかに。彼女の善意から来るもので、別に治療じゃないな。


「……なんか、心配して損したわ。これ、一応、見舞いのスイカ。ガンガン食って、週明けぐらいには復帰しろ」


「明日は海に療養に行くので、もう少しかかるかも?うつ病は、なかなか時間のかかる病気なので」


「……まあ、その様子だと調子良さそうだ。いつものお前っぽいし。じゃあな、一応、お大事に」


 スイカを手渡した山田先輩は、何か大きな誤解を残したまま、独身寮を立ち去っていった……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ