第三話 産まれてしまったからには。 その五
地下一階を移動している。闇雲にじゃない。一応は考えているさ。
一階のリネン室、瑞穂ちゃんのいたはずのあのリネン室の下を目指している。
地下一階の階段を降りて、その反対側の壁には案内図があったからね。
オレの狂気が生み出した空間らしく、オレの不安とか嫌悪感が反映されているんだと感じた結果だ。
地下一階は新生児室とか、手術室とかがある。地下に?産科とか作るかな……何階でも別に良いけど、地下にはフツー無いんじゃないだろうか?
日の当たる場所にあって欲しいと願望している。産科に対して詳しいわけじゃないけど、地下は違うんじゃないだろうか。
……とにかく、オレの恐怖がここを作ったと考えている。瑞穂ちゃんが、腹にこんがり童子を産み付けられて、出産するというイメージだ。
それって、サイアク過ぎるだろ……。
オレは自分の悪夢のデザインに対して、吐き気を催す。
もっとマシな悪夢を見ればいいのに。オレは自己嫌悪しながらも、スマホに撮った二つの案内図を交互にスライドさせながら、リネン室の真下に当たる場所に見当をつけたよ。
どうせ酷い場所だと思っていたけど、それなりに正解かな。
陣痛室と書いてある場所だ。その隣には分娩室とある。
分娩室の方がショックだったけど、似たようなものかもしれない。
陣痛室ってのは何をする場所なのかは分からないけど、名前から想像するに、おそらくは出産する前の妊婦が陣痛を待つところだとか、陣痛の時を過ごす場所なんだろ。
……出産の直前に行く場所だと思う。
フツーの産科病棟だとそうかもしれないが、この悪夢病院だとどうなのか。
妊婦にさせられている場所かも。
そんなことを考えると、嫌悪と怒りがわいてくる。
あのおっさんどもの顔を幾つも持つ大蜘蛛が、瑞穂ちゃんにこんがり童子の卵を産み付けるとか。
考えるのはやめたいが、考えてしまう。そんなことになったら、どうすればよいのか。
色々と辛すぎる。
……認めるけど、オレは瑞穂ちゃんに好意を抱いているんだ。
前々から可愛らしいとは思っていたよ。でも、昨日、やさしくされて愛情が強くなってしまったのかもしれない。
だから、今は腹が立ってしょうがないのだ。あの蜘蛛に彼女を寝取られるような気持ちになっている。
まだオレのものじゃないけどさ、それでもムカつく。
保護者だからという感情だけじゃない。恋愛感情由来の、寝取られへの怒りと恐怖さ、この感情は。
怒りがあるから、怖くない。
暗がりには、歪んだナースになるモノかもしれない人影がうろついているが、そいつらは立ち尽くしているばかりだ。
だから、よければいいさ。
避けて、先に進む。
新生児室だらけという、この暗がりの廊下を走るんだ。
左右の新生児室は、廊下からガラスで区切られている。見えるんだろうね。
フツーのそういう場所だと、白いふわふわなシーツとかにくるまれた赤ちゃんが並んでいて、可愛らしい光景があるんだろうけど。
良かったよ、真っ暗でさ。
闇の先には、いったい何がいるかわかったもんじゃない。
こんがり童子だらけかもしれない。あの黒く焦げた赤子たちが、おびただしい数の新生児用のベッドに並んでいるかも……。
サイアクの光景だ。
黒い影の、赤子は行動的じゃない。でも、『本物のこんがり童子』は、早くて、獲物に抱きつこうとしてくる。
そうだ、鏡から出てくるんだ。それで、女に取り憑く……自分を出産させるために。
自分の体を作らせて、生まれ変わるために。母親と肉体を得ようとするんだ、上手く行くことは少ないけどね。
……そうだ。知ってるよ、その伝承を。オレは、叔母に聞かされていたし、自分でも調べたから。
こんがり童子というのは、そういう怨霊なんだ。
闇のなかを走り、オレはその部屋にたどり着く。陣痛室、となりには分娩室がある。
怖くなる。間に合っていなかったら、どうしよう。
……いや、迷う暇があれば、確かめればいいんだ。くそ蜘蛛がいたら、消火器でぶっ殺してやる。




