第三話 産まれてしまったからには。 その二
瑞穂ちゃんからの返信は来ない。不吉な予感がする。ドアを開けようとした。しかし、ドアノブが回らない。
中から鍵がかけられているようだ。
「瑞穂ちゃん!いるなら、開けてくれ!オレだよ!」
開かぬドアに話しかけるが、なんの反応もない。
……くそ!どうする!?瑞穂ちゃんのスマホがそこにあるのは確かだ。確認するために、もう一度、同じ文面を送る。
ドアに耳を当てながらね。
ブブブ……また同じ音がする。あんな音が聞こえるということは、瑞穂ちゃんはスマホを手で持っていないらしい。
……瑞穂ちゃんは、もしかすると気絶して倒れているのかも?
彼女だって女の子だ。いい加減、この状況に精神がやられてしまうかもしれない。巨大な蜘蛛でも見たら、失神ぐらいしたくなるさ。
さて。鍵がかかったままだから、どこかに逃げ出すことはなさそうだな……。
まあ、この病院にどこまで常識が通じるのかは分からないんだけどさ。
……少なくとも、瑞穂ちゃんのスマホはここにあり、彼女の手から離れている。振動が音となって聞こえるということは、おそらく床に落ちているんだ。
音は圧波だから。平たくて固い床なら、スマホの振動を音に変える反響板の代わりになる。
あるいは、平たいテーブルとかかもしれないけど……どちらにせよ、良くないことが起きていそうだ。
いや、そもそも、これは悪夢なのだから、良いことなんて何一つ起きないのかもな。
どうするべきか?
……決まっている。うつ病で衰えた認知機能でも、十分に理解は及ぶ。
オレは瑞穂ちゃんの保護者だ。彼女の安全を確保しないといけない。
たとえ、この異常な悪夢に対して無力であったとしても、そばにいてあげるんだ。大人としての役目を、可能な限り果たそう。
瑞穂ちゃんの状況は分からない。倒れているのかもしれない。
このドアを、無理矢理にでも開けてやるんだ。バールでもあれば……いや、そうだな。これぐらい、蹴り壊せないか?
そんなに厚みがあるドアじゃないないし、新しいものでもなさそうだ。安っぽいドアさ。
刑事ドラマとかだと蹴って開けるシーンもあるし、特殊部隊がなんか重たそうで黒いヤツでドアを叩いていたりする。
壊せなくはない。どこから壊すべきなのか……そうだな。とりあえず、ドアノブから壊してみるか。
鍵の装置がそこにはあるはずだ。このドアノブを壊せば、ロックが外れないか?
……そう都合よく行かなくても、ドアノブがなくなれば、その近くに蹴りを入れられるようにはなる。
そこそこ壊せば、車のキーでも突っ込んで、ロックをかけてる仕組みを力ずくで動かすことだって出来るさ。
工業高校出身者を舐めるなってことだ。
まずは、上着を脱いで、軍手代わりに使う。ドアノブを叩き折るために、空になった消火器を使う。
消火器の頭を両手持ちにして、大きく振りかぶる。
不安定だし、手首を痛める危険もあるけど、この重量と固さを素早く叩き込めば、ドアノブぐらい壊せるよ。
世の中の品物は、もしもの時に壊せるように作られている。
「やるか」
オレは踏み込みながら、思い切り消火器をドアノブ目掛けて叩き込む!
カツン!という音と共に、想像よりは軽い衝撃が手首にかかり、ドアノブは千切れるように外れていた。
続けざまに蹴りを叩き込む。もげたドアノブの近くに体重を乗せた前蹴りを放つ!
うまく体重を乗せられたよ。鍵の部分が壊れて、そのドアは開いていた……。
中に入る。
暗くて、見えにくい。でも分かることはある。瑞穂ちゃんはいない。
……瑞穂ちゃんのスマホを鳴らすために、電話をかける。そして、音に導かれたオレは見つけた。
彼女のスマホは床ではなく、何故か壁に張りついていた。