第三話 産まれてしまったからには。
泡立ち溶けていく、焦げたナースと焦げた赤ちゃん……うつ病野郎のオレにはそれを見続けるのは、あまりにも辛すぎる。
どうして辛いか?
彼女たちをあわれんでいる。ヒトを殺している気持ちになるんだ……。
瑞穂ちゃんを助けるという理由はあるけど、今回は自分から『攻撃』した。自分が襲われて反撃したのとは、意味が違う。オレは、ヒトの形をしたモノを殺したんだ。
……スポーツや仕事とは異なる感覚だ。虫を叩き殺すのとも、全く違う。
相手が女子供の形だからか?……それが異形の怪物であれ、オレは感情移入してもいる。
グロテスクで不気味な光景だけど、それだけじゃなく、あわれんでいる……いや、罪悪感だ。殺してごめんなさい。そんな気持ちもわく。
……心のなかがぐちゃぐちゃだ。頭にもやがかかったみたいに、フワフワする。
きっと、オレがうつ病だから、こんなに落ち込むんだ。
普段の健康な精神を持つオレなら、自分の悪夢の産物を殺すことに、正しさを見つけられると思う。だって、瑞穂ちゃんのためだし、コイツらは所詮、幻覚の一種だ。気にするひ生要はない。
でも、今は、悪夢に対しても移入して、心が悲しくなってしまうんだ。
分かっているのに、心が納得してくれない。理性で精神を統制することが出来ない。
そんな自分が惨めで、情けなく思えてしまう……。
『ひぎぎききいいい…………』
絶命の叫び。断末魔。映画や小説でしか知らなかった概念に触れている。
虚構なのは幻覚も同じかもしれないが、鼓膜を揺さぶる弱々しい叫びには、とても現実感があるんだ。
……怪物どもも死にたくないようだ。
納得がいく。産まれたからには、死にたくない。どんなにいじめられたって、オレは死にたかったことはなかった……。
……ああ。
気分が落ちてくる。
ダメだ。
この病院で、それはいけない。理性が警戒し、案の定、蛍光灯が何本か消えてしまう。
闇が広がる。
溶けていこうとしていた、異形の肉塊たちが、ビクリと動いた。
こちらの精神が蝕まれるほどに、彼女たちには活力が与えられるのさ……この病院は、オレの悪夢そのものなんだから。
死んでたって、甦るかもしれない。ここは、きっと彼女たちに都合がよくて、オレには都合が悪い世界なんだと思う。
うごめく肉塊が、病院のバリアフリーで平たい床にぶつかり、ピチピチと音を立てている……。
やっぱり、コイツら元気になっているようだ。肉片同士がつながって、また暴れ出したりするのかもしれない。
ここは、他より暗い。長居はすべきじゃなさそうだ。
急ごう。
瑞穂ちゃんを助けてあげないと。合流しないといけない。
……元気になり始めている溶けかけの肉片どもから、距離を取るようにして廊下を進む。
動いちゃいるが、なめくじみたいにゆっくりだ。警戒すれば、襲われることもないはずだ。
こちらにゆっくりと近づく泡立つ肉片を見張りながら、リネン室のドアに近づく。
「瑞穂ちゃん、いるかい?今なら、外に出られるよ」
日本一頼りないうつ病のナイトさんは、そう声をかけてみたが、お姫さまから返事はなかった。
ここじゃない?
その可能性はある。階段を見たからといって、オレが思っている階段と一致していないかもしれない……。
リネン室に入るべきか?
いや、さっきみたいに蜘蛛に襲われるのはイヤだ。
スマホに連絡を入れよう。
『階段近くのリネン室に来たけど?』
よい言葉が思いつかず、そう送信した。すると、リネン室のドアの奥で、いきなり機械的なブブブという振動音が聞こえた。
……あれは、スマホのバイブ機能?……瑞穂ちゃんは、ここにいる。いや、少なくとも、彼女のスマホはここにある。




