第二話 悪夢は雨の日に産まれた。 その九
さっさと瑞穂ちゃんと合流したいが、リネン室はいくつもある。当てずっぽうだと、また同じ目に遭う可能性があるな。
それはイヤだ。
だから、少しは知恵を使いたい。
スマホに撮影した、病院の地図を出す。撮影日が、文字化けしていることに気がつくが、いいさ。どうせ、今はいつでもないんだろう。
地図を拡大しながら、いくつかのリネン室を探している。数えると、あと四つもある。
リネン室ってそんなにいるのだろうか?……よく分からないが、とにかく、どれか一つだけに瑞穂ちゃんがいる……。
四分の一。
外しそうな予感がする。昔からくじ運が悪い。五分の一の勝負には、ついさっき敗北したばかりだしね。
負け癖がついてるかも?……何度も薬を使うわけにはいかない。四つしかないもん。
「瑞穂ちゃんに聞くしかないな。何か覚えてることを教えてもらえれば、判断材料になるかもしれない」
しかし、何と訊くべきか?……瑞穂ちゃんもパニックになっているだろうし、何か具体的な質問をしてあげるべきだ。
どうするかな……。
近くに階段がある、近くにレントゲン室がある、近くにトイレがある、近くに院内薬局がある…………。
慌てて逃げ回ったり、歪んだナースたちに消火器を吹き付けたりしながら、細かなことまで覚えちゃいないか。
視界に入って、覚えているとすれば、せいぜい、階段ぐらいさ。総合病院の階段だし、それなりに大きそうだもんね。
「近くに階段があったかどうか、それだけを聞いてみるか……」
……そして、あったと言われたら、この場所に向かおう。
無かったと言われたら、他から回ろう。
上手くすれば答えに辿り着くし、三分の一に勝率を上げることも可能だ……。
でも、スマホのバッテリーが切れそうだって言っていた。電話より、メッセージ送った方が電力消費は少ないのかな。
……少なくとも、言葉で伝えるよりは明確か。
瑞穂ちゃんにメッセージを送る。
近くに階段があった?
ものの数秒で返答が来た。女子高生の指って早く動くんだな。
『あった!』
「そっか。なら、ここだな!」
少し離れているけど、いいさ。消火器を回収しながら、そこに向かうとしよう。
そして、瑞穂ちゃんを助けるんだ。
そこから先は……分からないけど。とりあえず、病院から外に出たらいいかもしれない。
歪んだナースには、出くわさなくなるだろうし。
とにかく、今は瑞穂ちゃんと合流するんだ。
オレは立ち上がる。元気がわいて来る。御守り代わりに持たされた、グアテマラ産珈琲豆の入った袋をグシャグシャと揉んで、思いきりその香りを吸い込む。
薬とは違うかもしれないが、これでも心が落ち着くのは昨夜、体験済みだ。
「……ちょっとは、マシになるよ。除霊珈琲パワーでさ」
強がるように笑う。そして、オレはリネン室から出た。
廊下は……明るいものの、赤い脈菅が増えているようだ。拍動する病院の血管だよ。
気持ちは悪いが、気にしてはいられない。それに、怪物たちがいないのなら、別に病院の壁の見映えなんてどうでもよかった。
環境に慣れ始めているのか。
毎回、眠る度に、こんな光景と出くわすようになったりするのかな……だとすれば、いつか発狂してしまいそう。
……叔母も。
……叔母も、もしかして、こんな幻覚に取り憑かれていたのだろうか……。
だとすれば、同情すべき被害者かもしれない。少なくとも、オレだけは、同情することが出来る。
こんがり童子どもに。
そうさ。
もういい加減、認めちまおう。
あの黒い赤ちゃんどもは、こんがり童子だ。オレたちの地元に伝わる、妖怪だよ。
家事で焼け死んだ、子供たちの怨霊が集まって産まれるんだ。
母親を求めて、さ迷い歩き、誰彼構わずに抱きついて、その業火を秘めた体で焼き殺してしまうんだよ。
哀れな悪霊だ。
救いようがない。
仏教では、親より早く死ぬと終わらぬ罰を与えられる。
こんがり童子も、その罰を償わされている哀れな妖怪なんだよ。
……オレが見ていたのは、きっと、伝承にあるこんがり童子を、オレの狂い始めていた脳が勝手に利用して作り上げた幻なんだろう。
叔母の狂い方を参考にして、叔母を追いかけるようにして、オレも狂気の囚われとなったらしい。
……そりゃあ。
……そりゃあ、狂うよ。こんな悪夢を寝るごとに体験させられたらね。
……オレは、初めてだ。初めてなんだけど、今このときになって、心を病んでしまった叔母のことに同情していたんだよ。
叔母が悪かったんじゃない。
悪いのは、そうだ。
病んだ心に産まれてしまった、こんがり童子のせいなんだ…………。




