第二話 悪夢は雨の日に産まれた。 その四
現実のオレが社会的に死ぬ情景を思い描きながらも、足は動かし続けたよ。やがて、玄関ホールにたどり着く。
やはり、ここは総合病院がモチーフになった妄想の世界なのだろう。
広々としている……それに、丘の上にあるのか。
ますます自分の精神の破綻具合を目の当たりにしているようだ。もう、そこら辺で眠ってしまいたい願望に囚われる。
ここは、きっとオレの妄想の世界だ。
こんがり童子に怯える、オレの心が作り出した、虚構と狂気の空間だ。
……幻想の瑞穂ちゃんのことなんて、もう気にせずに、ここから、逃げ出してしまおうか?
その方が、早く悪夢から覚めることが出来るかもしれない。
……あの玄関から、外に出て、この丘を降りて、家に戻れば……全てが終わるような気がする。
そうだ、家にだ。
それで、全てが終わり……オレは、楽になれるかもしれない。あの炎に包まれて、彼女みたいに黒焦げになって死ぬんだ。
そうすれば……オレは、もう妄想にも幻覚にも悩まされないで済む……。
その誘惑に惹かれて、足を一歩踏み出した時、スマホが振動した。
悪戯の計画がバレたガキみたいに、体をビクリと揺らして、スマホを見る。
瑞穂ちゃんからメッセージが届いている。
『部屋の外に、あいつらが集まってる。消火器を使って。あいつら、あれをかけたら、逃げてくの!!』
瑞穂ちゃんは、歪んだナースに消火器をぶっかけたのか?
なんという行動力なのか。
……わかった。短くそう返事を送り、オレは消火器を探す。火災に対応するため、大きな病院はあちこちに消火器を設置している。
それで、歪んだナースを追い散らせるというのか。触られると、燃え出すんだから彼女たちは燃えているのか?
こんがり童子みたいに?
……だから、消火器で追い払える?炎を消せるから?
……ゲームじゃあるまいし。そんな都合良く怪物退治が進むかよ。
……でも。もしも、あいつらに消火器が有効なら、持っておきたい。
わかってる。魔法の薬が効き目を無くしつつあるんだ。
使いすぎて、効き目に耐性が出来たとか?あるいは……短期間に飲み過ぎて、頭に負担がかかっているとか?
どうあれ、あまり薬に頼れそうにない。そもそも、あと、5つしかないしね……車に置いたバッグには、あと30錠ほどあるけど、その車がどこにあるのか分からない。
一月分の魔法の薬だ。40日分もらっているからね。1日1錠ぐらいが適量なのかもしれないけど……しょうがない。
これは、ゲームのようなものだと思えばいい。
歪んだナースに触られたら、燃えてしまって終わりさ。でも、魔法の薬を飲むと一時的に幻覚が弱まる。
ホント、ゲームみたいなものさ。とんでもない、苦痛を伴うゲームだけどね。
左の手首をさする。
肉が焼け落ちるほどの炎に、体験したことのない、鮮烈な痛み……あんなものを、また味わうのはイヤだ。
だから、もしも瑞穂ちゃんの言う通りに、この消火器が歪んだナースに有効なら、使うべきだ。
薬に過剰なほどに頼ってしまうのも、悪夢に痛め付けられるのも……どちらも怖いし、イヤなことだしね。
とりあえず、目の前には古くて錆び付いた消火器がある。周りの建物は新しいのに、これだけはレトロだ。
錆びてるし、消費期限なのか製造日なのか、昭和と刻印されている。年数の部分は剥げ落ちて読めやしない。
30年以上前の消火器が、オレの武器らしい。救急車ゴッコに、火消しの道具?
消防士にでも、なってしまった気分だよ。