表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/66

第一話    海へと向かう。    その七


 まさか、戻る予定のない地元に戻ってきたと思っていたら、救急車の真似事をすることになるなんて。


 ……ストレスで胃液が躍動している。消化に良いうどんを食べていて良かった。


「……すぐに吉崎先生のところに着くからね、気をしっかり持ちなさいね!!」


「は、はい……」


「ああ、もう志郎お兄ちゃん!飛ばせないの!?」


「揺らさない方が良いかもしれないだろ……?」


「そ、そっか……そうだよね?」


 皆が混乱して慌てている。何だか現実感がない。


 ストレスでフワフワとした感覚に襲われている。


 指示があるから助かったな。吉崎先生の病院に行けばいい。


 知っているよ。地元だから。内科もやってるし、小児科もやってる。なんだって診てくれるんだ。昔ながらの田舎の医者で、行けばどうにかしてくれる、年寄り先生がいる。


「ううう!!」

 

 妊婦の苦しむ声を聞き、ルームミラーで彼女の苦悶の表情を見る。


 ああ、くそ。ゲロを吐きそうになるが……耐えなきゃな。赤ちゃんと、そのお母さんの命がかかっている……。


 信号も少ない町だし、他の車とすれ違うこともなかった。奇妙なぐらいさびれているけど……問題はない。


 好都合だ。ちょっとだけ飛ばせる。


「そこを右に曲がるのよ?」


 スマホで吉崎先生に連絡している海の家のおばちゃんが、オレに確認してくる。


「大丈夫ですよ!」


 つい返事が荒くなってしまった。この場の緊張感に体が震える。唇が、冷たくなっているように感じた。


 死人みたいに真っ青な顔になっているかもしれない……。


 右折し、アクセルを踏み込んだ。イライラしているのかも。この状況から逃げ出したいだけか?……妊婦も、胎児も、オレには重すぎる。


 神さまは、意地悪だ。よりにもよって、こんな時に、こんな場所で、こんな精神病野郎に試練を与えるなんて。


 もっと頼りになるヒトが、この状況に遭遇すべきだったんだ。


 すみません。


 オレみたいなヤツが、人様の命を預かるなんて、本当に、酷い話だよ……。


「あそこだね!吉崎産科・小児内科って看板がある!」


 白い看板に青い文字。古い看板だ。オレの記憶の通りの看板。


 白衣を来た、じいさん医者が駐車場にいて、こちらに向けて手招きしている。


 ……記憶の中よりも老けて、頭も禿げてしまっているけど、吉崎先生だった。


 オレは先生の前に車を横付けした。瑞穂ちゃんがドアを開けて叫ぶ。


「先生、助けて!」


「はいはい、こっちにおいで」


 吉崎先生は慣れている。妊婦さんを見ても顔色を変えない。


「……あー。これは産まれるね。両肩から支えてもらって歩こう。それが一番早いし、楽だよ」


「わ、わかりました……っ」


 オレも車を降りて、瑞穂ちゃんと協力して妊婦さんの両肩を支えながら歩く。


 吉崎先生の後を追いかけるようにして、一歩一歩、進んでいくんだ。


 先生とおばちゃんがドアを開けてくれる。


「そのまま土足で上がって。とにかく、こっちに運んでくれたらいい」


「わかりました」


「君が旦那?」


「違います。オレは通りかかって……」


「ん?ああ、君、結城さんのところの志郎くんか」


「はい……」


「そうかい。帰省してたか……まあ、いいさ。とにかく、この椅子に彼女を座らせてくれたら良いよ」


 それは、分娩台というものなのだろうか。分からないが、もう吉崎先生の言うことに従うしかない。


 命を預かる責任感は、オレには重荷すぎるんだ……。


 先生の指示に従い、妊婦さんをその椅子に座らせる。


「あとは、私らに任せて、君らは外に出てなさい」


 先生はそう言ってくれた。看護師が二人いるし……オレはお役ごめんだ。解放感がすごい、安心した。


 安心したけど、吐き気が胸をつく。処置室から出たオレは急いで、トイレに駆け込んだ。場所は知っているさ、小さい頃から、お世話になってるんだ。


 風邪とか、インフルエンザとか、学校に行きたくない日の仮病とかで、お世話になってる。


 オレは知らないけど、ここで産まれたらしいしね。


 ああ、見知らぬ妊婦を連れて、生まれた地に戻り、精神病を患っているオレは、ゲロを便器にぶちまけていた……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ