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第39話 メールの真意

【闇雲 迅(9)鑑別結果報告書】


 身体調査 

 行動観察

 心理検査 

 知能検査


 一つ一つに目を通すごとに、愕然とした思いだけが、胸に大きく広がってゆく。けれども、今回ばかりは目を背けることなく、つばさは、その内容を読みふけった。そして、その下に添付されていた、もう一つのファイルに目を移した時、


【付記 生活調査書 穂高特別児童支援施設(精神科医 橘 岳人)】


“穂高特別児童支援施設 精神科医……橘 岳人”


 その職業といかにも山男めいた“岳人 ”という名を見ただけで、つばさには、その人が、


 ― 10歳の誕生日に俺と一緒に穂高岳に登った、自分が精神科医になりたいって思う、きっかけを作った人かな ―


 と、義兄が、あの毒物混入事件が起こった回転寿司屋で、自分に話してくれた精神科医だと容易に予想する事ができたのだ。


 一通りのファイルに目を通した、つばさの気持ちは複雑だった。


 “こんな事って、こんな事があったなんて……”


 だから、迅兄さんは5年間もこの場所から外に出る事ができなかったんだな。


 義兄が哀れ? いいや、そんな風に僕は思わないぞ。畜生、ふざけんなよ! あんたは、今の今まで、僕やくるみや他の仲間たちを欺いてやがったんだな。


 自分の周りに居る何もかもに知らん振りをして!


 苛立つ気持ちを抑えようと、パソコンの画面から目をそらせた時、机の上に置かれていたデジタル時計の“13:30”の文字がつばさの視界に、飛び込んできた。


 えっ、午後1時30分? やばっ、こんなに時間がたっちまってたんだ。


 焦った様子で、机の隅に置いてあった自分の携帯電話に手を伸ばした。すばやく指を動かし、メニュー画面を表示させる。


「えっと、GPS機能を選んで」


 携帯の画面に現れた“GPSの位置確認画面”に、

「迅兄さんの携帯電話の番号を入力して……」

 つばさは、人の悪い笑みを浮かべる。


 “GPSを利用できるのは、あんただけじゃないんだよ”


 迅兄さん、回転寿司屋で香織さんとの推理バトルの間に、僕があんたの上着から携帯電話をこっそり抜き出したのには、気がつかなかったでしょ。そして、僕の携帯からでも兄さんの位置確認ができるようにGPSの設定をして、また、それを戻しておいた事にも。

 あーんなに長い推理劇をやってしまった事が迂闊だったんだよ。GPSの事を兄さんが言い出した時に、僕は気づいてしまったんだ。


 “あ、これなら僕にもできる”ってね。


 “何かあったら、携帯に電話してもいいんだったね。その言葉、迅兄さんは忘れてないよね”


 GPSでのサーチができるように、いつも兄さんには、携帯電話を持っていてもらいたかったんだ。でなきゃ、僕がライバルのスナフキンに、あんな気色の悪い台詞を言うはずがないじゃないか。


 ほどなく、つばさの携帯の画面に次のような情報とマップ画像が送られてきた。


 ハヤテ 090××××××

〔GPS現在位置確認〕

 11月22日13時30分

 東京都文京区千駄木


 〔マップ画像〕


「文京区千駄木! やっぱり、予想通りだ。今日はお見舞いに行かないって言ってたくせに、迅兄さんは、昭さんが入院してる病院に向かってる!」


 あの病院の面会時間は、午後2時から午後8時の間だったはず。


「まずい! このままじゃ、先を越される!」


 体にひっかけていたソファーカバーをひっぺがすと、CDROMをパソコンから取り出し、強制的にそれをOFFにしてから、つばさは大慌てで父の部屋から出て行った。


* * *


「義弟のつばさをあの窓から突き落としたのは、お前なんだな」


 山根 昭が入院した救急病院の一室を息を詰まらせるような空気が占拠しだした。自分に向けられた諌めるような元同級生の眼差しに、陰鬱な後悔が、胸の奥から止め処なく湧き上がってくる。だが、


「迅、僕は……」


 何か言おうと口を開いてみても、昭にはそこから先の言葉が出てこない。


 あれほど、僕は迅が来るのを待っていたのに……。


 その思いに後を押され、窓辺に立つ迅に戸惑いながらも目を向けた。そして、彼からの質問を肯定しただけのフレーズを使って、昭はやっと、こう告白した。


「そう。あの窓から……つばさ君を突き落としたのは、この僕だ」


「何で! いくら大学のライバル同士だっていったって、お前たちってあんなに仲が良かったじゃないか!」


昭は乾いたような笑みを浮かべ、


「羨ましかったから」


「羨ましかったって? つばさの事がか。馬鹿を言うなよ! いくら、あいつが天才児だと世間に持てはやされてたって、コンサートでのバイオリン部門の一位は、昭、お前だったじゃないか」


「迅にはつばさ君の凄さが分かっていないんだよ……今は一位を取れても、きっと、いつかは……それこそ明日にでも追い抜かされて、それきり、僕はあの子においてゆかれる。どんなに練習を重ねても……重ねても、彼に追いつく自信なんてまるでない。研究室でつばさ君に初めて聞かせた僕のバイオリンソナタ。それを一瞬で暗譜し、おまけに編曲までして弾いてしまった彼の才能に、僕は涙が出そうなくらい感動させられてしまったんだよ。けれども同時に、どうしようもない、やるせなさが胸を締めつけてきた。つばさ君が憎いとか嫌いとかいう事より、その思いから逃れたい一心で、気がついた時には、僕は……」


「つばさを、あの窓から突き落としてしまっていたって言うのか。それって、お前のエゴ以外の何物でもないだろ。へたをすれば、あいつは死んだかもしれないんだぞ!」


「今では、……取り返しのつかない事をしてしまったと思ってる。謝って済む事じゃないっていうのも分ってる……でも、あの時の僕は……本当に普通じゃなかったんだ……」


ところが、一寸言葉を止め、俯いた元同級生に


「自分を見失い、それが、どんな結果を招くかを考える余裕もなく、ただ、夢中でやってしまったと、お前はそう言いたいんだな?」


 迅は苛むような視線を送り、声を荒げた。


「昭、ここまできて、そんな嘘をつくなよ。衝動的に義弟を窓から突き落としてしまったって? なら、お前には説明ができるのか。あの事件の直前にお前がつばさに送った“メール”の本当の意味を!」


“演奏が終わったら、僕の研究室で待ってて“

“窓の外を見てみて”


 それら二通のメールには、山根 昭が闇雲つばさを計画的に彼の研究室に呼び出し、窓から突き落とそうとした意図が、明確に書き込まれているではないか。


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