第36話 解けたパスワード
つばさは見つけた新聞記事に目を釘づけにされてしまった。
“20××年(平成○○年)5月3日
小学生による、自衛隊の通信網への不正アクセスという、信じられない事件が起こった。問題の小学生は、航空自衛隊の航空作戦管制所(府中)の自動警戒管制システムに不正にアクセスし、他国家の領空侵犯に対する、自衛隊機のスクランブル発進を促した疑いがもたれている。
自衛隊機のスクランブル機の標的として、指定された航空機は、同日に新千歳空港を離陸した国内の民間航空機で、直前に不正アクセスが発覚し、未然にスクランブル攻撃を回避する事ができたものの、一時は自衛隊機による民間機へのスクランブル攻撃という、重大な事態を引き起こすところだった。
この小学生は、以前にも国家公安委員会のサーバーへの不正アクセスを行い、国家公安部員の名簿を外部に流出させた前歴があり、警察は事態を重くみて、家庭裁判所に通告するとともに、当該児童の処遇に関する審判を要請した“
「自衛隊機に、民間機をスクランブル攻撃させようとしたって!」
それに、国家公安部員の名簿を外部に流出させた? あれって警察の内部の者にも秘密の“超”マル秘事項じゃなかったのか。極悪すぎるだろ! おまけに小学生……でも、あの義兄さんなら、やりかねない……っていうか、これ、絶対に迅兄さんの仕業だ!
だって、この新聞記事の日付と、このFDに書かれた日付は、どちらも“20××年 5月3日”!
“小学生、不正アクセス、同じ日付”
こんな偶然がそうそうあってたまるものか。
心臓がばくばくと波打って、また、下がった熱が急上昇しそうな気分になってくる。
駄目、駄目、今は、熱なんか出している場合じゃないんだから。
つばさは、大きく深呼吸してからきりと唇を一文字にして、もう一度、手にした古いCDROMに目をむけた。
やっぱり、このCDROMには、迅兄さんの秘密が書かれてる……。これをロックしているパスワードって何なんだ? ああ、じれったいな。それさえ、分れば、僕の疑問はすべて解けたような物なのに。
つばさは、パスワード解明に向けて、手がかりになりそうな別の記事がないかと、マウスを操作し、画面を下に流してゆく。
瞬く間に過ぎてゆく時間を感じないほど、記事探しに没頭し、
これは……? と、つばさがもう一件の“気になる記事”を見つけた時には、時計の針はすでに午前11時を回っていた。
平成○○年 6月1日の記事。スクランブル事件が起きてから、ほぼ、一ケ月ほど後の物だけど……
“……航空自衛隊の通信網への不正アクセスで、家庭裁判所に通告された小学生の両親が、この少年の人物が特定できるような雑誌記事を掲載、出版したとしてN出版社を少年法違反で提訴した。
日本では少年法において、家庭裁判所の審判に付された少年を実名報道を含めて人物の特定が可能な情報を伝える事(推知報道)を禁じている……“
“推知報道”? このN出版社が、自社から出した週刊誌に、当時9歳だった迅兄さんが、この事件を起した少年だって世間にわかるような、そんな記事を載せたって事? それに怒ったお父さんと、迅兄さんのお母さんがその出版社を訴えた……のか“
そういえば、昨日、お父さんの机の中を物色していた時に、いかにも古そうな週刊誌を見かけた覚えが……。
その考えが頭に浮んだ瞬間、つばさは椅子から立ち上がり、脱兎の勢いで、同じ部屋にあった父の机の中を探り始めた。
あった! N出版社……この週刊誌だ。
その週刊誌が父の机の中にあったという事実が“9歳の迅=スクランブル小学生”の方程式を更に明確に成り立たせてしまうではないか。
つばさは、納得したように小さくうなづき、それから、表紙を開いて黄色く焼けた目次ページに目をやった。そこには、ただ、読み手の興味を引きたいだけの俗っぽいタイトルが羅列されていて、ちぇっと舌をならしながらも、
『自衛隊機にスクランブル攻撃指令”を仕掛けた小学生のちょっと“普通じゃない経歴』
これか! と、その記事が掲載されている箇所まで、急いでページをめくってみた。
その記事は、概ね、つばさが思っていた通り、興味本位と悪意が同居したような下世話な書き出しから始まっていた。だが、その内容は……
“航空自衛隊の通信網に不正アクセスをし、自衛隊機に国内民間機へのスクランブル指令を出した、とんでもない小学生が現れた。
小学生に不正アクセスを許すなんて、自衛隊の保護体制が甘すぎるなんて考えるかもしれないが、彼は、以前にも国家公安委員会のサーバーへの不正アクセスに成功している。一口に言ってしまえば、並の小学生じゃないのだ。……で、その経歴というのが、
彼は、若干6歳(小学1年)で、主に小学6年生を対象とした算数オリンピックファイナルの優勝者となってしまったツワモノなのである。しかも、遊び気分でやった同年の国際数学オリンピックの問題を数分で解いてしまったという、驚愕の前歴を持っているのだ。おまけに、日本でも有数の有名大学の理事長の息子でもあり……“
6歳で国際数学オリンピックの問題を解いてしまったって?
あまりにも想像からかけ離れてしまっている、その記事の内容に、つばさはしばし唖然とし、
国際数学オリンピックといえば、数学のノーベル賞って言われるくらいで、日本でも超進学校の“高校生”のトップクラスが出る世界的な数学イベントだろ……迅兄さんが優秀なのは、前からわかったけど、たったの6歳で……。幾らなんでもそこまでだとは……。それって、まるで……。
その記事の先を読む気力が急に失せてしまったかのように、週刊誌から目を上げ、ぼんやりと、机の横に置いてある古いパソコンに視線を移す。
その時、つばさの頭の中を閃光みたいに何かが通り過ぎていった。瞬間、はっと、大きく目を見開く。
このCDROMのパスワードって?
それって、まさか……いや、多分、絶対にこれだ!
大急ぎで、机の横にあった旧式のパソコンに電源を入れ、CDROMを差し込む。
“パスワードを入れてください”
そして、そのメッセージが表示されるや否や、頭に浮んだパスワードの文字をしゃにむに打ち込み、エンターキーを押した。
カシャカシャと、CDROMを読み込む機械音に合わして、心臓が飛び跳ねてるみたいに高鳴ってくる。すると、
“文書1 文書2……”
そんなファイル名の羅列が画面に現れたではないか。
開いたっ……。
この状況にたどり着くまで費やした時間が、とてつもなく膨大に感じられて、つばさは、ふぅと長い吐息をはいた。
スナフキンの秘密まで、あとマウスで1クリック!
けれども、集中力を使いすぎたのか、
「腹へった……」
つばさはパソコンの机の上に覆いかぶさるように突っ伏して、そのまま、ぷっつりと動かなくなってしまったのだ。




