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第27話 くるみからの電話~別の迅

「くるみの携帯?」


 多分、はやて兄さんに携帯を貸した、くるみが電話をかけてきたんだ。そう思った瞬間、つばさは義兄に向けて声をあげていた。


「迅兄さん! くるみから電話!」


 ぼんやりと呼び出し音の方向に顔を向けた迅に、たたみかけるように言う。


「何か大事な用事かもしれないよ。だから、早く電話に出て!」


 自分の命令口調に、義兄が素直に従うとは思えなかった。それでも、ここで引いてしまうわけにはゆかないと、13歳の天才少年は、さらに大きな声で、さらに悲壮な声をあげた。


「迅兄さん、お願いだから、しっかりして! 兄さんは、今日、この事件を終わらせるって言ってたよね。僕とくるみに断言したあの言葉は嘘だったの!」


すると、ぴくりと迅の肩が揺れたのだ。

何かを言いたげに再び、ゆっくりと顔をあげる。


「迅! ほら、これ」


 すかさず、良介によって差し出された、くるみの携帯電話。


 大好きなスナフキンの窮地を知ってか知らでか、その呼び出し音は、電話口に彼が出るまでは絶対に切らないのよと、くるみの決意を代弁するように、止まる事なく鳴り響いている。


  ためらいながらも迅は、良介が差し出したピンクの携帯電話に手を伸ばし、受話ボタンを押してから、ゆっくりとそれを耳元へ運んでいった。


「……くるみか? ……え、声がおかしいって……。それより、何の用?」


 しばらくの沈黙。


「坂下 由貴が釈放されたって? 証拠不十分で?」


 迅とくるみのやり取りに、回転寿司屋の他のメンバーたちは色めきたった。迅は、くるみと話を続けていたが、


「こっちは、まだ、もう少し……、大丈夫かって? ああ、大丈夫だよ」


 “そう、大丈夫だから”


 明らかに、茫然自失状態だった先ほどとは、声が違う。くるみからの電話を切り、立ち上がった義兄を見て、つばさは、


“くるみぃ、何ていいタイミングで電話をくれたんだ。やっぱり君は天使だ、救世主だ、天照あまてらす大神おおみかみだ!”


 この際、和洋折衷なのには、こだわっていられない。とにかく、最悪の状態から、くるみが僕らを救ってくれたんだ。


 つばさは、やっぱり、彼女は最高だぁと、心底胸をなでおろした。


 一方、迅は、まだ、床の上に座り込んでしまっている藤野 香織の方へ歩み寄り、多少ためらいながらも、右手を彼女へ差し出した。


「あんな事をしてしまった後で、もう遅いかもしれないけど……悪かったよ」

 ところが、

「口先で謝罪されたって、私がそれを信じると思っているの。あっちへ行って! あなたみたいに怖い人にそばにいて欲しくない!」


 香織は差し出された迅の手をにべもなく払いのけ、取りつく島もない。すると、元同級生の困った様子を見かねてか、良介が助け舟を出してきた。


「香織さん、迅のやった事をすんなりと許したくない気持ちも分かるけど、このままじゃ、今日、俺たちが推理してきた事の結末がつかないだろ。だから、気を取り直して、もう一度、話をつづけようや」


 それに同調するように、つばさも頷く。


「そうだよ。それに、僕はまだ聞いてないもん。迅兄さんのポケットに、なぜ、猛毒が入っていた紙包みが仕舞われていたかを!」


 そう言えば、そうだった。


 回転寿司屋に集まった其々の脳裏にそれぞれの疑惑が、解けきれない謎となって、再び浮かびあがってくる。すると、迅が彼の右のポケットから再び取り出した紙包みを香織にちらつかせながら、こんな事を言い出したのだ。


 多少、声を落としてはいるが、その声音は明確だった。


「さっきの事は、本当に俺が悪かった……けれども、事件の話は、それとはまた別なんで、ここで、はっきりと言わせてもらうよ。藤野は……俺が、気づかなかったとでも思っていたの? 藤野がお茶を運んできた時に、俺のポケットにこっそりと猛毒が入っていた紙包みを入れた事を」


「は、迅さんっ! あなたって、私にあんな酷い事をしておいた後に、性懲しょうこりもなく、またそんな事を!」


「だ・か・ら、それとこれとは、別問題だって俺は言ってるだろ!」


 また再然しそうな二人のバトルに、良介とつばさは、冷や汗のかきっぱなしだ。ところが、香織は、


「私が、あなたのポケットに紙包みをこっそり入れた事に気づいたですって? なら、どうして迅さんは、その時に私を取り押さえなかったの。それって、立派な現行犯じゃない。なのに、自分のポケットから紙包みが出てきた今になって、それは ― 藤野 香織 ― がやった事だと言い張っても、誰も信じやしないわよ!」


 疲れたような笑みを浮かべ、迅は、カウンター席にもう一度、座りなおした。両手を組んでからあごの下にあてがい、そして、誰の顔も見たくないかのように視線を回転寿司屋の外に向けてから、こう言った。


「だって、その時に“藤野”を“現行犯”で捕まえてしまったら、俺はちっとも、満足できないじゃないか」


 おいおい、スナフキンがもの凄く怖い事を言い出してるぞー。


 義兄の言葉に、つばさは背筋が硬直してしまった。けれども迅は、


「そんな中途半端な証拠で、昭への毒物混入事件の犯人を挙げたって、俺は嬉しくも何ともないんだよ。俺は、犯人の犯行の手口を全部外にさらけ出させて、決して抜けれない袋小路に追い込んでから、この事件を終わらせたい。除々に明るみにされる事件の過程の終着点で、犯人に ― Whydunit “自分は(犯人は)、なぜ、犯行に至ったのか”― その答えを認識させ、その罪過を嫌というほど知らしめてやりたい。心理ゲーム? 確かにそうかもしれないな。どんなに上手い逃げ口上で犯行の可能性を否定しても、自分の心は騙せやしない。精神的に追い詰められた犯人は、やがては自ら罪を認める。これが、俺が現行犯で、藤野 香織……あんたを捕まえなかった理由だよ」


 わざと感情を殺したようなその声音に、藤野 香織はもとより、つばさや良介までもが、戸惑いを隠せぬ表情をした。なぜなら、今まで彼らが知ってきた、“友人、義兄、元同級生”そのどれとも違う顔の迅が、そこにいたから。


 別の迅……その思考は、天才少年のつばさといえども、読み取る事はできなかった。ただ、一つ、友人の昭を被害者にした、毒物混入事件の犯人に対する激しい憤りだけを除いては。


「そ、そんな馬鹿な口上は聞きたくもないわ! 迅さんの勝手な想像で作り上げた状況証拠だけで、私を犯人として追い詰めるですって? そんな危険な考えを持っているなんて、やっぱり、あなたはどこかが変よ。もう、私は行かせてもらうわ! こんなおかしな話につきあっていたら、飛行機の時間に間に合わなくなるし、私は、迅さんともう、一秒だって一緒にいたくない!」

 

 時間は午後1時30分になろうとしていた。迅は、回転寿司屋の壁掛け時計にいったん目を向け、再び、藤野 香織の方に向き直ると、ぶっきらぼうに言葉を続けた。


「証拠、証拠と五月蝿うるさいな。なら、あんたが望む証拠をここに引っ張り出して、もう全てを終わらせてやるよ。この回転寿司屋の防犯カメラで撮影された“事件当日の防犯テープ”今日、藤野がここへ来た理由は、それを良介から受け取り、もし、自分に都合の悪い映像があった場合……良介も」


 迅はふっと乾いた息を吐くと、香織を睨めつけ言った。


「猛毒を使って始末してしまおうと思っていたからだろ……そして、今日、お前は、たまたま居合わせた”俺に”その罪を着せようとした」


 つばさは、その言葉に驚きを隠せなかった。


 毒物混入事件が起こった日に撮影された“防犯テープ”?

 そんな物があっただなんて、僕は初耳だぞ。


 確かに回転寿司屋の天上の一角には防犯カメラが備え付けられていた。

 その方向を見据え、つばさは、はっと目を見開いた。ここの店の中にずっと感じていた“おかしな感じ” まるで、今までなかったものが、突然、現れたような……あれって……もしかして。


すると、決まり悪そうに、良介が言った。


「香織さん、実を言うと、あの防犯テープ……俺は香織さんより先に迅に見せてしまったんだ」


「で、でも、あのテープには犯人に繋がるような映像は何も写ってなかったって、良介さんは言ってたじゃないの!」


「そう。だから、その話を電話でした時に、香織さんがあれを買い取ってくれるって言いだしたんで、俺は警察や迅に渡すより、こりゃあ儲かるぞと思って、今日、ここへあんたを呼び出した……って、事になってたよな。でも、やっぱり、これは返しておかねぇと」


 迅に一瞥を送ってから、良介はGパンのポケットから取り出した紙幣をカウンターに置き、ふぅと一つ、ため息をついた。


「5万か。防犯テープ一本の値段としては、けっこうな額じゃないか。でもな、良介は、藤野が考えているような単純で粗野な人間じゃない。藤野が防犯テープを買い取ると言い出した時に、良介もあんたに疑いを持ってしまったんだよ。そして、そのテープを俺に見せたってわけだ」


 香織は迅の言葉に、あからさまに不愉快な顔をする。


「私が良介さんの毒殺を目論んでいたなんて、とんでもない作り話だわ! 私は電話で良介さんと話した時に言ったはずよ。警察に防犯テープを持っていく前に、私が父の知り合いの専門家に頼んで、そのテープを詳しく解析してみると。だって、毒物混入事件の犯人は必ず、私たちの友人の中にいるんだもの。それで、犯人の特定ができたなら、私はその人に自首を勧めてみて、少しでも罪を軽くしてあげたいって」


 くすと、口元で笑うと迅は言った。


「そんな“言い訳”を一体誰が信じると思ってるんだ? それに、あんたが言ってるような七面倒な事はしなくても大丈夫だよ。だって、俺が見たあの防犯テープには、はっきりと、あんた、― 藤野 香織 ― が昭への“毒物混入事件の犯人”だという証拠が、鮮明に写り出されていたんだから!」


 えっ? と香織が声をあげるのを阻止するように、迅は言葉を続ける。


「さて、そろそろ行かないと、ウィーンへの飛行機に間に合わなくなる時間だろ」


「で、でも……」


「心配しなくても、藤野が日本に帰ってくるまで、この事はオフレコにしておくし、警察にも、ここにいる良介とつばさ以外には誰にも、知られないようにしてあげる。ああ、言い忘れてたけど、良介があんたに渡した防犯テープはコピーで、オリジナルは俺が持っているから。まあ、詳しい事は、藤野が帰国してから、またじっくりと話をしようじゃないか。だから、早く行けよ」


 有無を言わさぬ声音で迅にせかされた香織は、逆らう事もできず、とりあえず、持ってきた旅行カバンに手をかける。けれども、その様子は回転寿司屋の外へ出る事をためらっているようにも思えた。すると、その時、


「あ、ちょっと待って」と、再び、迅が彼女を呼び止めたのだ。


「あんたに餞別せんべつをあげるのを忘れてた」


「お餞別? 迅さんが私に?」


「ああ、大したもんじゃないけどね」


 そう言ってから、迅はカウンターに置いてあった、坂下由貴の白い携帯電話ガラケーに手をかけ、同じように置かれていたノートパソコンの電源を入れた。





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