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第24話 迅の検証~推理の最終章

 つばさの言葉に、はやてはちらりと視線を彼に移した。仕方ないかと、右手を伸ばし、義弟つばさの両の瞳を覆うように、長い五指をその前に広げてから、


「ごめんな、つばさ、お前には悪いけど……」


 その顔に向けて、ぱちんと一つ、指を打ち鳴らしたのだ。


 あれっ……僕……?


 再び、視点がぼやけだした、つばさの様子を確かめてから、迅は感情を押し殺した声で質問した。


「打ち上げパーティの日に、山根 昭が猛毒を飲まされ、座っていた椅子から転げ落ちた。つばさ、お前はその時、回転寿司屋の床の上に何を見た?」


「……昭さんと、昭さんの吐いた物……」


 突然、義兄に従順になってしまった義弟の態度に、良介と香織は目を見はる。


 まさか、これって催眠術? にしても、どうして、こんな素早く術にかかってしまうんだ? 確か、迅は、前には回転寿司屋に流れていた“バイオリンソナタ”を催眠術をかける媒体しょくばいに使ったって言ってたのに。


『二回目だからな。学習能力が働いて、つばさの脳は催眠時の俺の声を良く覚えてる』


 驚いたような彼らの心を読み取ったように、迅はかすかに笑みを浮かべたが、表面的には相変わらず淡々とした調子で、義弟への質問を続けた。


「事件のあった日、つばさは、回転寿司屋の床の上に、昭と彼の吐いた物を見た。なら、湯飲みはどう? 湯飲みは床の上に落ちていなかったの?」


 一瞬の沈黙の後で、

「僕は何も見てない……昭さんと吐いた物以外は……床には、本当に何もなかった……」


 かすかに震えだした少年の肩。すると、それを見越したように、ぱちんっと、彼の義兄の指が鳴った。


「……というわけで、催眠術はこれでおしまい」


「おしまいって? 迅、そんな中途半端な……」


「いいんだ。催眠術に頼らなくても、すぐに決着はつくから。それより、つばさ……もう、目を覚ませ」


 迅は、いきどおった様子の良介を軽くいなして、まだ、ぼんやりと立ちすくんでいる義弟の頬をぽんぽんとたたいてみせた。


「あれ、僕……?」

 

 しまった! もしかして、また、スナフキンに催眠術をっ!

 一生の不覚! ……って、言っても、もう二度目か。


 半分怒って、半分泣きだしそうな義弟を見やり、迅は、すまなそうに言う。


「そんな顔をするなよ。誓ってもう、お前に催眠術をかけたりしないから。まだ、本職の専門医でもない俺が、人の心の中をのぞこうだなんて、危険すぎるのはわかっているんだ。つばさは、猛毒で苦しんでる昭の姿なんて、思い出したくもなかったんだろ。それを催眠術を使って、無理に心の外に引っ張り出すなんて、俺はやるべきじゃなかった。でも、今回だけは、どうしようもなかったんだ。本当にごめんな」


 だから、もうその事は忘れていいよと、義弟につぶやくと、迅は、回転寿司屋に集まった一同をぐるりと見渡してから言った。


「もう、分かっただろ。“犯人”が……まあ、あえてここでは、その名は言わないけれど……アジ化ナトリウム入りの湯飲みを回転寿司屋の床から回収した証拠を“見ていて”“見ていなかった”のが“つばさ”だったという事が。本来ならば、あの事件が起こった時に、つばさは、回転寿司屋の床の上に、“倒れている昭”と“昭の吐いた物”と“床に転がっている ― アジ化ナトリウム入りの ― 湯飲み”を見ていなければならなかったんだ。けれども、湯飲みだけは、見た覚えがないと言った。それの意味するところを、ちょっと、考えてみてくれよ。それは、床に落ちた“湯飲み”を誰かが ― 今回の事件の犯人が ― 回収したって事じゃないのか。そして、あのドサクサにまぎれて、無理なく、それができたのは、落ちた湯飲みが転がっていった方向、すなわち、“昭が座っていた椅子の左側にいた人物”という事になるんだよ」


 ところが、そこまで言ってから、迅は、


「確かに証拠という点では、俺の説は机上の空論と言われても仕方がないかもしれないが、俺が犯人を一人の人物に特定した根拠は、はっきりした証拠を見つけたからというよりは、今までの考察を積み重ねていった結果、事件の解明に必要な要素、“犯人、犯行方法、動機”のうちの― Howdunit《犯行方法)どのように犯人が犯行を成し遂げたのか ― のそれぞれの推理が、最終的には一人の人物にゆきつくという、その事実をふまえたからなんだ」


 そう前置きしてから、迅は藤野 香織にきりと目をやり、言葉を続けた。


「さあ、最後の仕上げだ ― 犯人が毒物を湯飲みに入れたタイミングの話 ― それを、俺が今日、終わらせる“毒物混入事件”の最終章にしようじゃないか」


 迅の言葉に、つばさは、やっと終わりかよと大きく息を吸い込んだ。でも、義兄自身も認めているように、確かな現物証拠が一つも出せないのに、“毒物混入事件”を終わらせる事なんて、本当にできるんだろうか。


 回転寿司屋の壁掛け時計は、午後12時30分。


 さっき、時間を気にしていた、スナフキン。長々と続けられている彼の推理話は、微妙に時計の針を気にしながら、終わりにゆきつくように目論まれているんじゃないのか。


 ところが、義弟の疑いをよそに、迅は相変わらずの淡々とした調子で話を続け、


「さて、毒物混入のタイミングの話、それを説明するには……」


 と、くるみのピンクの携帯電話を寿司屋のカウンターの上に置いてから、先ほどそれが入っていたのとは、反対のポケットに手を入れた。その次の行動に、


 おいおい、こいつは携帯マニアかよ?


 13歳の天才少年は、義兄がポケットから取り出した白い携帯電話ガラケーに目をやり、思わず瞳をまん丸に見開いてしまった。


 天然石のストラップのついた白い携帯電話。


「それって、由貴さんの携帯電話だよね」


 忘れるもんか。だって、由貴さんが逮捕される直前に、あの携帯電話を彼女から預かって、迅兄さんに渡したのは、何を隠そう、この“僕”なんだから。


「何だい、また携帯か。しかも、由貴さんのだって? 今度はどんな写真が出てくるって言うんだ」


 きょとんと目を瞬かせた良介に、迅は軽く首を横に振って答えた。


「今度の焦点になってくるのは、写真じゃなくて、携帯電話のアラーム機能になんだ。俺が事前に、つばさとくるみから聞いた話では、事件当日、くるみが携帯で昭の写真を撮る少し前に、坂下由貴の携帯アラームが鳴ったらしい」


良介が言った。


「ちょっと待った! さっき、迅が事件の経過の説明をした時に、由貴さんの携帯のアラームが鳴ったのが、午後2時20分頃だって言ってただろ? 俺はその事もに落ちなかったんだ。何で、その時間を指定できる? くるみちゃんか、そこのクソガキが、時計の時間を覚えてたとでも言いたいのか」


「良介さん、僕の名前は“クソガキ”じゃないんだけど」


 むっと口をとがらした、つばさに、寿司職人は人の悪い笑みを浮かべる。


「へえ、自分の事だとちゃんと、自覚してるじゃねぇか」


 良介の突っ込みに、“しまった。余計な事を言うんじゃなかった”と、眉をしかめたが、

「その時間の事だったら、僕にだって説明ができるよ。由貴さんは、いつも携帯電話のアラームを午後2時20分に合わせていた。だから、僕は彼女の携帯が鳴った時、ついつい店の時計を見てしまったんだ。それを迅兄さんに伝えたってわけ」


 にこと微笑んだ少年に、寿司職人は合点のゆかない顔をする。


「午後2時20分に、由貴さんが携帯のアラームを合わせてたって? 何でまた、そんな中途半端な時間に?」


「だって、それが、あの人の“万引きタイム”だったんだもの」


 冷ややかな藤野 香織の声音には、坂下由貴に対する侮蔑ぶべつの念がっぷりと込められていた。だが、思わず眉をしかめた良介が次の言葉を口にする前に、迅が二人の間に入ってきた。


「俺たちが、今、話しているのは、坂下の悪癖の事じゃなくて、“犯人がアジ化ナトリウムをどのタイミングで混入させたか”じゃなかったのか。余計な脱線は時間の無駄だろ。……で、良介、お前にも一つ質問があるんだが」


「質問?」


「お前は、坂下の携帯アラームが鳴った時に、どの方向に目を向けた?」


「はぁ?」


 妙な事を聞く奴だなと、寿司職人は少し考えてから、回転寿司屋の壁に取り付けられた、荷物掛けを指差した。


「そりゃあ、やっぱり、アラームが鳴った音の方向……由貴さんの携帯が入っていたバッグが掛けられていた、あの方向だろう」


 すると、迅はつばさにも、同じ質問を繰り返した。


「つばさはどうだ? お前はどの方向を見た?」


「良介さんと同じだよ。だって、急に大きなアラーム音が鳴ったら、あの場所にいた人はみんな同じ行動をとるんじゃない?」


 その時、つばさは、はっと口を一旦噤んでから、

「そうか! 携帯のアラームが鳴った瞬間、あの場所にいた人の視線は全員、アラームを止めようとして立ち上がった由貴さんの方に集中していた。その時が、毒物混入のタイミングだったって、迅兄さんは、そう言いたいんだね」


 そういう事だよと、つばさに向かって、迅は小さく頷いた。義弟は、いつも話の腰を折ってばかりの困った奴だが、こういう時の理解の早さは、余計な説明の手間が省けて凄く助かる。にしても……、


 ギフテッド《gifted)……IQ160以上の神に能力を与えられた子供か。


 だが、どうなんだろう? 溢れる才能を人にうとまれ、人より多くの物事が見えてしまう能力に嫌気がさしてしまう事が、こいつにはないのだろうか。

 “闇雲つばさ”の人を食ったような性格……それは、“天才少年”なんて、迷惑な称号を与えられ、子供の頃からずっと特別に扱われてきた義弟が、そんなわだかまりを拭い去るために、自然に身につけてしまった防衛策。そう思ってしまうのは、俺の考えすぎなのか。


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