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第17話 別件逮捕

「なるほど、由貴さんが、良介さんに渡したガラス瓶にカニの甲羅の粉末を入れたのは、香織さんからの依頼だったってわけか」


 闇雲つばさは、児童公園のベンチの隣に座った坂下由貴の告白に、さしも驚いた様子なく、そう言った。


 だって、香織さんは、リバールの弟子に昭さんが選ばれる事だけは我慢がならないって顔をしてたじゃないか。苦し紛れに、甲殻類アレルギーの昭さんに、カニの粉入りの寿司を食べさせたいって思っても、不思議でもなんでもない事だよ。


「にしても、万引きの現場を押さえた事を盾にして、それを由貴さんにやらせようとしたっていうのが、僕には気に食わない」


 ぷんっと、頬を膨らませた、つばさの顔を見ながら、由貴は困ったように微笑んだ。


「私には、彼女を責める資格なんてないから……でも、今、考えてみれば、あの時にきっぱりと断っておけば良かったのよ。あの時の私は、猜疑心さいぎしんの塊みたいになってしまって、何もかもが信じられない気分になっていたから……でも、つばさ君が、こうやって話を聞いてくれたし、それに迅さんの事だって……」


「ああ、あのスナフキンが、由貴さんの万引き現場を撮った携帯電話スマホを盗むために、わざわざ昭さんの研究室の壁をクライミングしていったって話? でもさ、あれは、ちょっと、やりすぎだったよ」


 時間が過ぎるとともに、空にはびこっていた雲が晴れてきた。児童公園に吹く風も少し冷たさをゆるめたように感じられて、つばさはほうっと一つ息を吐いた。


「ねぇ、由貴さん。粗方は話してしまったんだけど、僕には、もう一つだけ、言い残していた事があるんだ」


 それは、“スナフキン” ― 迅兄さんの真実 ―

 

 小首を傾げながら、由貴は少年の方に目を向けた。端正な横顔。真面目にしてると、この子は義兄のはやてさんに、けっこう似てると、由貴は思った。けれども、なかなか、次の言葉を言い出さない、つばさにらされ彼女の方から声をかけた。


「つばさ君……言い残していた事って?」

「由貴さんは、どう思う? 僕には、未だに、あの迅兄さんが、あそこまで焦って、昭さんの研究室から小型金庫を盗みに入ったっていう気持ちがよくわからない」

「それは……」


 戸惑ったような、女子大生の顔を見つめて、つばさは、少し人の悪い笑みを浮かべた。


「由貴さんの事を迅兄さんが、すごく好きだったから? 自分の好きな人が窮地に立たされるのを見ていられなかったから?」


 だが、一時、間をおいて言う。


「でも、やっぱり、それは違うと僕は思う」


 今度は、由貴が言葉を詰まらせた。


「由貴さんより、ずっと年下の僕がこんな事、言っちゃあいけないのかもしれないけど、迅兄さんが、由貴さんを特別に扱ってたのは、そういう事からじゃなくて、もっと……」


「だから、私に、勘違いするな。変な期待はするなって、つばさ君はそういいたいの」


 何とも言えない気まずい時間が流れてゆく。


 だが、

 いつもの物怖じしない態度とは裏腹に、口をつぐみ、下を向いてしまった少年の姿に、由貴はくすりと笑みを浮かべた。


「大丈夫よ。そんなの、とっくに分かってた。でも、そこまで、はっきりと言われてしまって、何だか急に目が覚めた気分」


 わかっていたけど、彼の好意に甘えすぎて、いつの間にか、私は、自分の万引依存症に関わっている限り、迅さんを自分の元へ留めておけると、そんな考えを持ってしまっていたのかもしれない。


「由貴さん、ごめんね。それでも、僕は、この事を言わずにはいられなかった。だって、何時までも宙ぶらりんの気持ちでいるなんて、由貴さんにも迅兄さんにも、いい理由がないんだから」


 ああ、ヤだな。何で僕が、こんな面倒な展開に首を突っ込まなきゃなんないんだろ。

 

 実際、首を突っ込んだのは、彼自身からなのだった。けれども、それを完全に無視して、つばさは、ふぅとため息をつく。……と、その時、突然、ズボンに入れておいたマナーモードの携帯電話が振動し始めた。


「あれ? 電話? ……そういえば、今、何時?」


 時刻は、午前10時10分。しまった! 確か、警察からの事情聴取って10時からだっけ。

 

てっきり、家に待たせたあった姉のくるみからの怒りの電話と思いきや、


「もしもし、迅兄さんなの? また、すっごいタイミングで電話してきたね」


 つばさは、電話をかけてきた義兄に、驚いたように声をあげた。


「すごいタイミング? って……もしかして、坂下が隣にいるのか」


「ま、そんなとこ。でも、安心して。こっちの話はだいたい終わったから。それより、何かあったの? 迅兄さんが僕に電話してくるなんて……」


 “超めずらしい”と、つばさが言葉を継ぐ前に、迅は言った。


「昭の意識が戻ったぞ」

「えっ、昭さんが! 本当に?」

「今、くるみにも電話したところなんだ。まだ、面会ができないんで、詳しい事はわからないんだが、普通に会話もできるらしい」

「良かったあ! それって、確かな情報? 迅兄さん、今、何処から電話してるの」


「昭が入院してる病院のすぐ近くにいるんだが、担当の看護婦から聞いたんだから、これは、確かな話だよ。……で、坂下とは……」


「ちょっと待って」


 迅との会話を中断してから、つばさは、由貴の方に戸惑いの目を向けた。


 さぁて、こういう場合って、どうしたらいいんだろ? 迅から、かかってきた携帯電話をこのまま由貴に回していいものなんだろうか。


 さすがの天才少年も、微妙な二人の関係の調整が出来るほどの経験値は持ち合わせてはいないのだ。 あんな風に言ってしまった直後だから、由貴は今は迅と話なんかしたくないかもしれない。


 けれども、


「昭さんの意識が戻ったの? それ、迅さんからの電話? つばさ君、替わって!」

「由貴さん、大丈夫なの? 僕があの……」

「いいから、早く替わって」


 先ほどとはうって変わって、しっかりした口調の由貴に、つばさは、思わず迅からかかってきた携帯電話を彼女の方へ差しだそうとした。……が、その時、


「坂下由貴さん?」


 厳しい顔の男が二人、つばさと由貴の背後から声をかけてきたのだ。男たちは、警

察手帳を手にかざしながら、こう言った。

「あなたに、逮捕状が出ているんだ。手荷物をまとめて、出頭してもらえませんかね」

「逮捕?一体、どういう事? まさか、毒物混入事件の犯人が由貴さんだって言うんじゃないだろうね」


 驚いた、つばさが声を荒げた。


「いいや、容疑は、T大購買部からの窃盗だ。今回は、事情聴取の時のように、逃げる事は許されませんよ。そんな事をすると、強制逮捕って事になる」


 刑事たちに腕をとられた由貴は、あまりの事に声も出せず、ただ、呆然とつばさの方へ目を向けるのが精一杯だ。


「待ってよ! 窃盗っていったって、たかが万引きだろっ。逮捕なんて大げさすぎるよ」

「君は、確か、闇雲君だったな? 丁度良かった。署から、今日の事情聴取は延期だって連絡があったところなんだ。だから、大人しく家に帰りなさい。変に邪魔をすると、君も一緒に来てもらう事になるよ」


 自宅に荷物を取りにゆくよう促された由貴は、刑事に背中を押されながら、つばさの方を振り返り、やっと聞き取れるほどの声でこう言った。


「それ、迅さんに……」


 迅さんに渡して!


 由貴の視線が彼女の足元を指し示していた。


 携帯電話ガラケー……? これって、由貴さんの?


 刑事たちに、気付かれないよう、由貴がこっそり地面に落としていった“それ”をつばさは、急いで拾い上げ、それから、自分の携帯電話に向かって声をあげた。


「もしもしっ、迅兄さん、聞こえてるっ?」

「つばさ、そっちで何を騒いでるんだ? 一体、何があった」


 まだ、迅からの電話は切れてはいなかった。


「由貴さんが、逮捕されちゃったんだ」

「何っ! まさか、毒物混入事件でか」

「違うよ! 容疑はT大購買部からの窃盗だ」


 一瞬、迅は言葉を詰まらせた。


「……別件逮捕か。警察は、昭への毒物混入の犯人を坂口と絞り込んで、万引きの件を盾に彼女を拘束する気だな。まずいぞ。このままじゃ、不利な材料を集められて、坂下が犯人って事になってしまうかもしれない」


 それとも、意識が戻った昭が、何らかの証言をしたんだろうか。わからない……。それでも、坂下が犯人? そんな事があるもんか!


「とにかく、つばさ、お前は一旦、戻って来い! 後の事はそれからだ」


* * *


 “毒物混入”の曰く付きになってしまった、T大近くの回転寿司屋には、今日も休業の看板が掲げられ、カウンターの中では、仕事を奪われた寿司職人が、不機嫌な顔で電気ポットに水を継ぎ足していた。


「寿司屋なのに、何でカップラーメン?」


「うるせぇ、今はそれしかないんだよ。文句があるなら食わずに帰れっ! 店をやれないのに、寿司ネタを仕入れるわけにはゆかないだろ。お前ら、人の店にいきなり姉弟で押しかけてきて昼飯食わせろなんて、ずうずうしいにも程がある」


「だって、迅兄さんがここで待ってろって言うんだから、仕方ないじゃん。ちぇっ、どうせなら新発売の”激辛とうがらし風味の塩味ヌードル”が良かったな」


「お前、殺すぞ……」


 お、さすがは“毒物混入寿司屋”と言おうとして、つばさはさすがに、言葉を控えた。そんな事を目の前の良介に言ったが最後、今度は本当に殺人事件が起こってしまいそうだ。


 良介が言う。


「で、もう昼はとっくに過ぎたんだぞ。迅は一体、何時に来るんだよ。俺だって、暇なわけじゃないんだぞ」


 “暇なくせに”


 と、つばさがつぶやいた瞬間、寿司職人の拳骨げんこつが頭に飛んできた。それには知らんふりをしてカップラーメンをすする、くるみの横をすり抜け、良介はぷいと奥の部屋へ行ってしまった。


「いてて……乱暴だなあ」

 同意を求めるように、つばさはくるみの方へ目を向けた。すると、

「ねえ、つばさ……」

 彼を見返してきた、いつになく、真剣な姉の眼差し。


「な、な、何っ?」


 そんな瞳で見つめられると、口から心臓が飛び出しそうに、高鳴ってしまうのだ。……が、くるみは弟の気持ちなど、気付く風もなく言葉を続けた。


「迅兄さんの事なんだけど」

「迅兄さん?」

「実は香織さんからの電話で、私、聞いちゃったの……」


 長野にある児童自立支援施設に5年間も?


 くるみから知らされた義兄の過去は、つばさにとっても意外な内容だった。


「でも、香織さんが言うみたいに、それだから、迅兄さんが毒物混入事件の犯人だなんて、私は思わないわ。どんな過去があったって、迅兄さんは悪い人なんかじゃない」

「でもさ、自立支援施設に入ってたって事は、それなりの事はしたんだよね」

「つ・ば・さっ! あんた、私に喧嘩けんか売ってんの」


 こういう時のくるみは、激怖い。大急ぎで襟を正す様子を見せ、つばさは、窓の外を指差した。


「その話はまた後で。だって、迅兄さんがこっちへ向かって来てる。それに、僕たちが今やらねばならないのは、警察に捕まってる由貴さんを、どうやって救うかって事なんだから」


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