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第14話 偽メールの主

「お前ら、何で俺についてくるんだ? 邪魔なんだ。さっさと降りろっ!」

「僕らを出し抜こうだなんて、そうはゆかないよ!」

「何っ、何を出し抜くの? わけがわかんないっ」


 後部座席に乗り込んだものの、押しあい圧しあいして言い合っている三人の客に、


「お客さん、その兄弟喧嘩、いつ終わる予定だよ? 車が出せないんだけど」


 ぶっきらぼうに言うタクシーの運転手に、つばさは即座に答えを返した。


「たった今、終了! だから、早く行って。行き先は、T大駅前通りのセンチュリーマンション。11階建ての目立つ建物」


* *

 

 “いい年の兄貴いるのに、小さい弟の方がしっかりしてやがる”


 捨て台詞を残し、乱暴にタクシーをスタートさせた運転手。


 はやてはぎろりと運転手を睨めつけてから、その眼差しをそのまま義弟に向けた。


「行き先は間違ってないよね? そう怒んないでよ。だって、山帰りでいかにも胡散臭うさんい迅兄さんが、夜分、一人で女子大生の部屋に行くなんて……怪しすぎるよ。僕らが一緒の方が絶対いいに決まってるじゃん」


 センチュリーマンションの507号室 ― 藤野 香織の部屋 ― それが迅の訪問先だ。


 しゃくにさわる笑顔の義弟。


 それはそうだと思ってみても、迅にしてみれば、素直に“はい”という気分にはなれなかった。


* * *


「……で、こんな時間に兄弟全員集合で、何の用?」


 お、ミントの香り。


 つばさは、ティーポットから香ってくる紅茶の匂いに幸福を感じた。けれども、迅兄さんが、口を開けば、この場の雰囲気は最悪になるのは分かっていた。せめて、紅茶に添えられたブラックベリー・スコーンを食べ終えるまでは、穏便おんびんにゆきたいんだけど……。

 けれども、通されたリビングの椅子に座ったきり一言も話そうとしない義兄と、藤野 香織との間には、ちくちくするような嫌悪感が満ち溢れている。そうでなくても、もともと、二人は馬が合わない同士なのだ。


 ちぇ、やっぱり無理かと、つばさが諦めかけた時、


「香織さんっ、この紅茶、すごくいい匂い。ここに来ると、美味しいお茶が飲めるから、私は大好き!」

 

弟の気持ちを知ってか知らでか、姉のくるみが言った言葉に、香織はまんざらでもない笑顔を浮かべた。


「紅茶のブレンドは、私の趣味みたいなものだから。香りがいいスリランカのハイグロウンとコクのあるインドのアッサムを合わせて、ミントをほんの少し加えてみたの。添えてあるスコーンも私の手作りなのよ」


「なるほど、では、いただきま~す」


 そんな薀蓄うんちくなんかより、僕は早くスコーンを口に入れたい。ところが、つばさが獲物を手に取ったその時、


「同じ学部の友人が、あんな目に合ったっていうのに、趣味に精を出してる……ってか」


 皮肉たっぷりの、迅の声が響いてきたのだ。とたんに、香織の笑顔はぴくりと引きつった真顔に変わった。


「随分な言われ方ね。私だって、昭さんの事は心配でたまらないのよ」

「心配? どうやって、警察の事情聴取を逃れようかって?」

「ちょっと、それってどういう意味よ」


 香織に対して、迅は、普段では考えられないような嫌な絡み方をする。


「警察に坂下の万引現場を撮影した携帯電話スマホを提出したそうじゃないか。何で、わざわざ、容疑が彼女にかかるような事をあんたはやるんだよ」


「……」


「そんなにあの娘が邪魔だったわけ? そりゃそうだよな。山根 昭の関心は、最近は藤野 香織より、完全に坂下 由貴の方に移ってた。音楽科の女王様としては、我慢がならないってところだろ」


 ぷいと冷たい表情で、出された紅茶に口をつけてから、迅は言った。


「苦いしおかしな匂いだな。ティーバックの紅茶の方がよほど美味い……」


 次の瞬間、香織がはじき飛ばした迅のティーカップの紅茶の雫が、激しく辺りに飛び散った。


 あ~あ、迅兄さんが悪いんだぞ。せっかくのスコーンの味が不味くなるじゃん。


 呆れた表情のつばさ。

 気まずい雰囲気の中でどきまぎしながら戸惑う、くるみ。

 そして、冷ややかな視線を送り、無言で濡れた膝から紅茶を払いのける迅。


 三者三様の態度を見せる兄弟たちに、さすがに、大人気ない事をしてしまったと、

「あ……つい、かっとして……ごめん……」

 香織がその台詞を言い終わらないうちに、


「洗面所貸してくれよ」

 迅が席を立ち上がった。

「場所はわかってる。前に昭と来たことがあるから」


 そして、戸惑う香織に“ついて来るな”と、言わんばかりの視線を送り、迅は部屋を出て行った。


 うわぁ、部屋の空気が凍り付いてる。誰かどうにかしてよ!

 と、思ってみても、どうにかしてくれる人は、自分以外にはいそうもない。


「そ、それはそうと、このスコーン、美味しいわねえ」

 わざと明るい声音を出して、くるみは香織に微笑みかけてから、

「ねっ、つばさっ!」と、弟に同意を求めた。

 けれども、

「それはそうと、良介さんが、警察の事情聴取でさぁ……」

 つばさの出してきたのは、またもや、場の雰囲気を悪くしてしまいそうな話題だった。

「事情聴取?」

「毒物混入事件があった日に、回転寿司屋のゴミ箱に捨てたガラスの瓶には何が入っていたか、質問されたみたいなんだけど」


 一寸、言葉を止めて香織の顔色をつばさは覗う。


「香織さんには、心当たりがない? ガラス瓶に入っていた“白い粉”に」

「全然……。まさか、その粉が昭さんに盛られた毒だったって言うんじゃないでしょうね」

「あっ、それは違う。だって、その白い粉はただの“カニの甲羅”だったんだから。へぇ……心あたりはないのかぁ。なら、あの事を聞いていい? 香織さん、バックを間違えたでしょう? トイレに行った時に」


「え?」


「僕、見てたんだ。打ち上げパーティで、リバール先生の弟子の話題が出て、香織さんは泣いたよね。その後、トイレに立った時に、香織さんは壁掛けから取ったのは由貴さんのバッグだった」


 一瞬、沈黙してから、香織は笑った。


「何だ、つばさ君が神妙な顔をして聞いてくるから、びっくりしちゃったじゃないの。単に間違えただけよ。ほら、由貴さんと私のバッグって、形も似てたし色も黒で同じだったから。でも、それがどうかしたの」


「別に、ちょっと気になってただけ。ふぅん、わざとっていう訳じゃなかったんだ」


 その意味ありげな言いっぷりに、くるみは冷やりと汗をかいた。迅兄さんにしても、つばさにしても、何で香織さんにこんな皮肉な言い方をするんだろう。

 

それは、香織本人にとっても同じ事で、


「ねえ、さっきから、酷いんじゃない! あなたたちの言い方を聞いていたら、まるで、私が何か怪しい事をしているみたいに……そっちがその気なら、私にだって言いたい事は沢山あるのよ。そう、あの人……桐沢 迅が」


 ついに彼女は心にわだかまっていた、ある“事実”を言わずにいられなくなってしまったのだ。


「こんな事を言うと、くるみちゃんに嫌われるかもしれないけど、私……お義兄さんは、今回の事件に何らかの形で関わってると思う。だって、私は見たのよ。あの人が打ち上げパーティが始まる少し前に、回転寿司屋の裏で、良介さんと、会ってるところを。人目を忍ぶみたいに、ひそひそと話し込んで、二人の様子はすごく怪しかったわ。確か、あの人って、山に帰るから、打ち上げ会には出れないって言ってたんじゃなかったっけ?」


「ち、ちょっと、待ってよ。って事は、香織さんは、迅兄さんと良介さんの二人が共犯で昭さんの寿司に毒を入れたって言うの」


「はっきりと断定できるわけじゃないわ。でも、動機は十分にあるわよ。だって、迅さんは、由貴さんの件で昭さんを快く思っていなかったし、特に良介さんは昭さんを恨んでるに決まってる。だって、彼の実家の回転寿司屋を買収したのは、昭さんのお父さんが経営している会社だもの。アジ化ナトリウムの入手だって、医学部の義兄さんになら、簡単にできる事でしょう?」


 迅兄さんが、東京にいたって?


 またまた、事がややこしくなってきやがったと、つばさは頭を抱えてしまいたくなった。


「でもさ……。事件の次の日のお昼には、迅兄さんは、山小屋からくるみに電話をかけてきたんだよ。それは、山小屋にいた仲間に聞けば、確かな事だ。という事は、兄さんがアリバイ作りのために、わざわざ事件をおこしてから山に戻ったと、香織さんは言いたいの?」


 つばさの言葉に、無言で香織は頷く。


 まったく、訳がわからない……。っていうか、あんなに誠実な昭さんを恨む動機を友人のみんなが、持ち合わせているっていうのに、僕は驚いてしまう。そういえば、目の前にいる藤野 香織だって、リバールの弟子の座を昭さんに取られたという点では、彼を恨んでいるかもしれないんだ。


 しげしげと香織を見据えるうちに、つばさの脳裏に、


 そういえば、昭さんの携帯電話スマホ


 ずっと気になっていた“あの事”が浮かび上がってきたのだ。


「ねぇ、香織さん、それって……例の金庫と一緒に盗まれた携帯電話スマホの代わりに昭さんから借りた物?」

と、つばさは、テーブルに置かれていた臙脂色えんじいろの携帯電話を指差し言った。すると、香織は、ややうんざりしたような表情で、


「そうよ。でも、それが、何なのよ」


 つばさは、心の中で、香織をぎろりと睨めつける。


 それが、すごく重要なんだよ。ねぇ、香織さん、もしかしたら、あんたは昭さんだけでなく、自分を押しのけて、音楽科コンテストで何部門も優勝した僕の事も、恨んでたりなんかする?


 そして、自分のポケットから出した携帯電話を香織からは見えない位置で操作した。


 だって、昭さんの研究室から僕が何者かに突き落とされた時に、送信されてきたメール。

 あれは、香織さんが昭さんの名を使って、僕に打った偽メールだろ?


 “窓の外を見てみて”


 つばさは、そのメールを携帯電話に表示してから、“返信”のボタンを押した。


 マナーモードにしておいた、つばさの携帯電話のバイブ音が、手に伝わってきた。

 

 ほぅら、もうすぐ、あの机にある携帯電話から“受信”完了の音が鳴るぞ。そしたら、僕は声を大にしていってやる。


 昭さんから送られてきたメールに見せかけて、研究室に僕を呼び出し、三階の窓から突き落としたのは、


 “藤野 香織” あんただろって!


 ところが……香織が昭から借りた臙脂色えんじいろの携帯からは何の音も聞こえてこない。


「え……?」


 信じられない顔をして、つばさは、香織に尋ねてみた。


「香織さん……テーブルの携帯に何かメールが着てない?」


 心臓の音が、どくどくと頭の中に木霊する。悪い予感が脳裏をよぎる。

 嫌だ……、そんな事ってあるわけないじゃないか。


「別に、何も着信はないわよ」


 それなのに、つばさの携帯電話には、返信完了の表示が出ている。もともと、山根昭は携帯電話を二台所有していた。そのうちの一つは藤野 香織に貸して、そして、もう一台は自分の手元に持っている。藤野 香織が借りた携帯には、つばさの返信メールは届かなかった。それは、つばさが今しがた送ったメールが、もう一台の……携帯電話に送られたという事だ。


 そんな……じゃあ、僕にあのメールを送ったのは……


 “昭さん?”


 なら、僕を研究室の窓から突き落としたのは、香織さんじゃなくて……


 ……。


 次の瞬間、つばさは、わぁっと声をあげて、その場にがくんと膝を落としてしまった。


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