そして彼女は
ここ最近、詳しく言えば中学二年生頃から彼は少し様子がおかしい。
男子に対しては楽しく話をしているのを見かけるが、私に対しては気まずそうに話をしてくるのだ。
それが気になり中学三年の当時、彼をよく観察してみると、女子全般にそのような態度をとっていることが分かった。
私が違和感を感じ始めたのは中学二年の文化祭の後。
私が在学していた中学校は9月頃に文化祭があった。
同級生と文化祭の打ち上げを終え彼と二人で帰路についていたとき。
私が今日は活躍してたね!格好良かったよ、と話しかけた。
彼はありがと、と短い返事をしてくれた。
来年もするの?、と言えば分からない、と何故か疲れた顔をしながら返事をしていたのを覚えている。
その時はお互いそれ以上言葉を発さなかった。
普段ならもっと会話が弾む筈なのだ。
当時の私は文化祭のバンドで疲れたからそんな顔を浮かべているのだろうと思っていた。
だが当時のその考えは違ったのだ。
今思えばその顔は、疲れたからではなく辛そうな顔をしていたことを。
私が気付いたのは土曜日の文化祭の振替休日が明けた火曜日。
妹は生徒会の用事で家を早く出たので、彼と一緒に登校しようと彼の家の前で待っていた時だった。玄関を開きこちらを見た彼は、何故か目を見開いていた。
(顔に何かついてるのかな?)
そう思い顔をペタペタと触っていたら、彼は思いもよらない事を言い出した。
『おはよう!』
『えっと、綾…だよな?』
『え?』
『あー、すまん。まだ寝ぼけてたかも。おはよう、綾』
『お、おはよう…』
明らかに彼の様子がおかしかったのだ。此方を見ている筈なのに、目が合わなかった。視点が一ヶ所に定まらない。さらには、挨拶を終えた彼はあの時の帰りと同じ顔をしていた。
登校の際もあまり喋らなかった。私も気を遣い、無理に会話をしようとしなかった。
授業中も上の空、話し掛けても空返事。その様子は暫く続いた。
そこから1ヶ月位経って、少しずつ前みたいな調子に戻っていた。きっと颯太君に何か相談などをしたのだろう。
男子ならそういう時期なのかな?と私は最近まで思い込んでいた。
だが、違和感を拭えなかった。
何故か距離を感じるのだ。私を含む女子全般に。まるで避けられているかのように。
それが高校二年の今まで続くのだ。流石に焦ってしまった。
何が原因なのかは分からないが、何とかしなきゃと思った。
だから私は妹を頼った。
その日はもともと妹と帰る予定だったのだが、授業中居眠りをした彼は放課後、先生に出された課題に取り組んでいた。それを確認した私は妹に"教室で待ってるね"とメールを打ち教室を出た。
妹を利用するようで悪いけど、昔から勘の鋭い妹の事だ。私の様子は上手く隠せていると思うが、彼の様子には気付いているだろう。
彼の悩みにはよく妹が付き合っていた。最初私は何で私だけ、といじけていたがよくよく考えれば妹のほうが適任だなと思うようになっていった。
自分で言うのもなんだけど、悩みとか相談されても解決できるような性格じゃない…と思う。
階段近くの壁から顔を覗かせ機会を待つ。妹が教室に入るのを確認し、そっと教室の扉まで移動する。
廊下には誰も見掛けないが、扉の前でこそこそする様は端からみれば盗み聞きをしているように見えるだろう。実際にしているのだが…。
私は無理でも妹にならば相談してくれる。
ーそう思っていた私は後悔することになる。
教室内では話が進み、妹が悩みの件を切り出した時、私は妹の言葉に頭を抱える。
「最近、いえ…正確には中学三年生手前ですかね?お姉ちゃんは気付いてないみたいですけど、何かありました?」
ー私については悩みを悟られていないみたいだ。
ほっと安心する。だが、妹が言った"何か"に思い当たる節は無い。
その何かを必死に思い出そうとうねっていると、彼の惚けるような声が聞こえてきた。
「…何のことだ?」
「ダウト。私が何年征司さん達を見てきたと思ってるんですか?」
流石我が妹。私と彼をよく見ていたが故に出てくる言葉だろう。少し照れそうになるが今はそんな気分になっている所ではない。
「俺ももう高二だ。自分の事は自分で何とかするつもりだ」
「…否定はしないんですね。そんなに言えないことなんですか?いつもより深刻そうな――」
やはり彼にはなにかあったのは確実だ。しかもそれを引きずってしまっている。
そう確信し妹の言葉を最後まで聞こうとした時。
「しつこいぞ」
少し苛立ちを含んだ声。
その言葉に私の体は硬直している。
「確かに何かあったのは認める」
「だったら――」
「だけどな、それをわざわざお前に言う必要は感じない」
「「ーっ!」」
前の彼ならしないであろう明確な拒絶。
私はその言葉を聞き息を詰まらせる。きっと中に居る妹も同じ反応をしているだろう。
面と向かって拒絶される妹は大丈夫だろうか、そんな心配をしていると、いつの間にか話は進んでいた。
「うるさいうるさいうるさい!」
いきなり妹の少し涙ぐむような叫び声が聞こえた。
私は当然、彼も驚いているだろう。
「私が!私が何年気にしてると思ってるんですか!いつもお姉ちゃんと楽しそうにしてた征司さんがいきなり笑わなくなって!何か聞こうとしても避けようとするし目も合わせてくれない!」
「どうしてそうなったんですか!?何でいつもみたいに相談してくれないんですか!?」
「私は征司さんの悩みに付き合うのは楽しいんです!一緒に悩んで考えて、解決すれば一緒に安堵して!そんな雰囲気が、そんなやり取りが好きだったんです!」
妹の心の叫びが聞こえてくる。
初めて妹の叫びを聞き私は胸が苦しくなる。
彼と妹が二人で悩み、それを解決させ、そして二人して安堵する光景を思い出す。
その後は彼は楽しそうに、妹は幸せそうな笑顔を浮かべている。
そこで私は気付く。
もしかして、妹は彼の事を――
「確かにあの頃は俺も楽しかった。だけど今は違う。だから俺は、相談しない」
「どうしてー!」
「少し違うな、出来ないからだ」
彼は出来ないと言った。ならどうしてか。
それを考えるが私は思い付かない。
妹は我慢出来なかったのか、声を出しながら泣いている。
それを聞きながら私は必死に思考する。
妹は言った。私と何かあった、と
ならばそれは何か。分からない。
彼の様子がおかしいと感じ始めたのはあの文化祭明けの登校日。
ならば文化祭か、はたまた休みの間か。
ならば文化祭で考えよう。
彼は颯太君達とバンドを組んで演奏していた。そして上手いか解らないがギターを弾いていた。
その姿を見た当時の私は苦しくなった。
何故彼と一緒にいるとこんな気持ちになるのだろう。
何故彼の笑顔を見ると胸が高鳴るのだろう。
何故彼の頑張る姿を見るとこんな気持ちになるのだろう。
幼馴染みである彼に抱いたことのない感情。
他の男子には一切抱かない感情。
私はその感情が理解出来なかった。だから苦しかった。
嫌ではない。でも何故苦しいのか、それが解らず辛かった。
だから打ち上げの前に放課後の誰もいない教室で考えた。
何故彼の前でそんな気持ちを抱くのか。
何故その気持ちを理解出来ないのか。
彼が幼馴染みだから理解出来ないのか?
分からない。ならー
――君に会わなければ良かったのかな。
いや、言葉が足りなかったかも。
君と幼馴染みじゃなかったら今頃分かっていたのかな。
そう、教室で自問自答していたのを覚えている。
少しして彼から"校門で待ってる"とメールが来たので急いで向かった。
今でもその感情は解らない。だから彼の側でもっとよく理解していこう。そうすれば自ずと理解出来るだろう、と心に決めたのを覚えている。
どれ程時間が経っただろうか。
昔を振り返っていたら突然教室の前方の扉が開いた。
携帯を取り出し番号を押そうとした所で私の方へ振り向く。やはりその目は私の目を見ていない。
「よう、教室で有美が待ってるぞ」
聞いていたのが分かったのだろう。だが彼の様子は至って冷静だ。
「…あ、えっとね。そうなんだけどね…」
教室であんな事があったのに何故そんな顔をしているのだろう、と思っていた私は教室と彼を交互に見ながら言葉を詰まらせる。
何を言えばいいのか分からない。
そんな私を見かねた彼は先に話しかけてくる。
「んじゃ、俺帰るな」
「あ、うん…」
心の整理が出来なかった私はそう返事するしかなかった。
その間彼は私と一切目を合わさず私の横を通りすぎた。
あの日、彼の側で彼を理解しよう。
そう思っていた私は彼の事が解らなくなった。
それが前抱いた苦しみよりもっと苦しかった。
このままでは前よりも距離を感じてしまうかもしれない。
そう思った私は笑顔をつくり、手を少し振りながら別れの挨拶をする。
「…征司君。また明日」
――ちゃんと笑顔を作れているだろうか。
――いつもみたいに自然に沸いてくる笑顔ではないけれど。
――私を、見てくれるだろうか。
その言葉に反応し、彼もまた此方に振り向き別れの挨拶をしてくる。だがー
「あぁ、また明日な」
どうして、そんな哀しそうな笑顔を作るんだろうか。
どうして最後まで目を合わせてくれないんだろうか。
これから彼の事を理解しようとした私。
それに反し、今は彼のことが解らなくなった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。白熊です。
書いてて気付いたんですが、この展開ちょっと早すぎかな?って思ってしまいました。
構造をあまり考えていなかった自分が悪いですね。はい。
ですが、書いてしまった以上は頑張りますよ!
期待しないで楽しみにしててください!
では次回もお楽しみに!