それでも彼は…
幼い頃から俺と綾と有美はよく公園で遊んでいた。
砂場で三人でお城を作ったり、鬼ごっこやかくれんぼもしたりと、夕方まで飽きもせずに遊んでいた。
その頃の俺らは年相応に明く、最近は笑顔も減った俺と中学校に入り落ち着くようになった有美も今の綾の様に笑顔を絶やさなかった。
昔から俺と綾の近くに居た有美は俺達の感情によく気付く。
例えば有美の知らない所で俺と綾が喧嘩をした際、お互い顔に不機嫌さを出さない様に上手く誤魔化していても、有美は直ぐに何かあったのかを理解してしまう。その際には俺に、
『お姉ちゃんと何があったか分かりませんが、相談ぐらいは乗りますよ』
と気を遣ってくれたりした。
物事を静かに観察する彼女は姉の綾の何倍も助けになる。悩みが出来た時はよく彼女に相談していたものだ。
要するに、俺達は上手く感情を隠せても有美には筒抜けなのだ。
そんな有美が、今の俺の感情に気付かない筈もなくー
「…やっぱり、何かあったんですね」
「…」
放課後の教室で、俺は彼女の問いに思わず黙り込む。中学の頃から俺に何かあったか気付いていたのだ。
だが俺がこうなったのは綾の言葉が原因ではあるのだが、直接言われた訳ではない。綾の発言をたまたま俺が聞いて今に至るのだ。
こればっかりは有美に協力してもらう訳にはいかない。
これは自分で解決する案件だ。有美にそこまでしてもらう必要はないのだ。
だから俺は何があっても今の現状を悟られるわけにはいかない。なのでここ最近は気付かれないよう然り気無く避けていたのだが…
ここは上手く誤魔化して、有美の勘違いだと思わせよう。今の俺なら上手く感情は隠せる筈だ。
「…何のことだ?」
「ダウト。私が何年征司さんを見てきたと思ってるんですか?」
やはり惚けてみても無駄なようだ。俺をよく理解していた分、彼女なりに気にしていたのだろう。そして話を聞き、いつもみたいに一緒に考えましょう、と。
だが事が事だけに、今の俺にはその気遣いが堪らなく不快に感じるのだ。
「俺ももう高二だ。自分の事は自分で何とかするつもりだ」
「…否定はしないんですね。そんなに言えないことなんですか?いつもより深刻そうな――」
「しつこいぞ」
敢えて言いたくない雰囲気を放つがそれでも問い詰める彼女に少し苛ついてしまい、次第に言葉を強くしてしまう。
本当に、勘が鋭いな。
「確かに何かあったのは認める」
「だったら――」
「だけどな、それをわざわざお前に言う必要は感じない」
「ーっ!」
以前の俺だったら言わないことを言う。いつもは彼女が俺の様子に気付き一緒に悩み、解決していった。
こうして拒絶したのは初めてだ。少し心が痛むが仕方ない。
こんな態度を取られた有美は俯いてしまっていた。
「分かったらさっさと帰れ」
「…」
「そろそろ綾も戻ってくる頃だろ」
「……」
「俺の事なら気にしなくていいから」
「…う…さい…」
「ん?」
俯きながら黙っていた彼女が唐突に何かを言った。小さすぎて此方の耳までは届かなかった。
少しずつ鼻を啜るような音も聞こえてくる。
「おい、あ――」
「うるさいうるさいうるさい!」
「っ!?」
教室内に廊下まで聴こえるような彼女の怒声が響き渡る。
彼女が感情的に言葉を発するのを初めて見た俺は固まってしまう。
「私が!私が何年気にしてると思ってるんですか!いつもお姉ちゃんと楽しそうにしてた征司さんがいきなり笑わなくなって!何か聞こうとしても避けようとするし目も合わせてくれない!」
「…」
「どうしてそうなったんですか!?何でいつもみたいに相談してくれないんですか!?」
「それは…」
間接的にお前の姉のせいで女子の顔にモザイクのような靄がかかった、なんて言えないだろう。
言ってしまえばお前はきっと――
「私は征司さんの悩みに付き合うのは楽しいんです!一緒に悩んで考えて、解決すれば一緒に安堵して!そんな雰囲気が、そんなやり取りが好きだったんです!」
「…」
姉を責めてしまうだろう。何故、そんな事を言ってしまったのだ、と。
だがそれはお門違いだ。あんな言葉|を、本人を前に言う馬鹿は居ない。それをたまたま聞いた俺が悪いのだ。
要するに、自分で自分の首を絞めているのだ。
落とした硝子に罅が入り割れるように、一度人間関係に亀裂が生じれば、そのまま破綻する。
一方的とはいえ、信頼を失えば後に残るのは懐疑のみ。
たとえそれが理解していた筈の、幼い頃からの付き合いだった相手だとしてもだ。
「確かにあの頃は俺も楽しかった。だけど今は違う。だから俺は相談しない」
「どうして!」
「少し違うな、出来ないからだ」
今の俺は綾に対して、いや、女子に対して恐怖を抱いてしまっている。それは今目の前の彼女も例外ではない。
いつしか見せたその顔が、掛けてくれた言葉が、あの時見せた笑顔が、嘘だったのではないかと。思いたくなくてもそう思ってしまった俺は――
女子の顔を見たくないと思ってしまった。
そうして俺は心の何処かで無意識に壁を作り、見たくないがために見ようとしないのだ。
「どうして…どうしてですかぁ…」
「…」
俺は何も言えない。彼女だって不安だったのだろう。この先、俺達がこのまま離れていくのではないか、昔みたいに三人で心から笑いあえる事が出来なくなってしまうのではないか、と。
先を不安に思う彼女の目には涙が流れているのだろう。
両手の袖で涙を必死に止めようと拭っている。
目の前の彼女が泣く姿は自分の心を深く抉る。
出来る事ならその涙を拭ってあげたい。すまないと謝りたい。一緒に解決案を考えてくれと提案したい。
だが俺にはその資格は無い。何故なら――
本気で自分を思い、挙げ句拒絶され、泣いている彼女の顔ですら、自分は見ようとしてないのだから。
「…俺帰るな」
五分ほどだろうか、その位の時間がたった。
彼女は床に座り込み未だに泣いている。
そう言葉をかけ机の上の教材を鞄に仕舞い込み席を立つ。泣いている彼女の側を通りすぎる際、彼女の顔を横目で一瞥する。
(…やっぱ見えないのな)
やはり彼女の顔には靄がかかっている。本当は見たいのだ。本気で自分を思う彼女が偽りでは無いことは感じる。だが、心の壁を壊してまではいかない。
(…最低だな)
彼女の泣き声を背に、扉を開ける。出た所で携帯で綾をこの教室に呼ぼうとした時、ふと誰かの視線を感じた。
その視線の方へと意識を向ける。視線の先、自分が出てきた扉の反対側の扉の前。そに居たのは青みがかった黒髪を肩まで伸ばしている顔の見えない女子。
今まさに呼ぼうとしていた綾だった。
「よう、教室で有美が待ってるぞ」
「…あ、えっとね。そうなんだけどね…」
何を言えばいいか判断がつかないのか、顔を教室の窓と俺とを交互に向けながら彼女は慌てふためく。
恐らくは先程の会話を聴いていたのだろう。自分にかける言葉を慎重に選んでいるように見える。
未だに教室の中で自分の妹の嗚咽が聴こえるのだ。そっちへ行きたくて仕方無いのだろう。
「んじゃ、俺帰るな」
「あ、うん…」
そう別れを告げ彼女の側を通り過ぎる。後は姉に任せて邪魔物は退散せねばならない。
そう思い階段を降りようとする所で綾は声をかけてくる。
「…征司君。また明日」
そう言う彼女はきっとぎこちないが笑顔を浮かべているだろう。
常に笑顔を絶やさない彼女はこんな状況でも笑顔を作る筈だ。
だがその笑顔が見れない自分は見えないことに心の底で安堵する。
笑顔の似合う彼女がこんな状況で作る笑顔など見たくなかったから。
笑顔を向けられたのなら、笑顔で返そう。
「あぁ、また明日な」
俺はこの時、どんな笑顔を浮かべていたのだろうか。
――きっと、歪んでいるだろう。
最後まで読んで頂きありがとうございます。白熊です。
さて、今回からシリアスな展開にしてみました。上手く表現出来ているでしょうか?自分では頑張ってるつもりでも、読者には伝わりずらかったりしますからね(汗)
どのくらいこの展開が続くかは分かりませんが次回も面白い展開にしていきます!
では毎度同じく、次回をお楽しみに!