第8話 「執念の再会」
私は、ついに目的地にたどり着いた。
紆余曲折はあったけれど。
ようやく、ここまで来たのだ。
もう私を止められる者なんて、いやしない。
堂々とした足取りで、家の中へ。
あいつは──ササラは、居間の暖炉の前にいた。
椅子に座り、何やら編み物をしていた彼女は、私──娘が帰ってきたことに気付くと、その視線を編み物から私に向けてきた。
「お帰りなさい、レナ。今日はちょっと遅かったですね。何かあったのですか?」
母親としての口調。
そして貴婦人としての佇まい。
私が知るササラの姿は・・・そこには皆無だった。
私は驚きを禁じれなかった。
10年の月日が・・・彼女を淑女へと変えてしまったのだろうか。
どことなく白々しそうと感じたのは、私の偏見か・・・
10年の歳月を経て変わった彼女と、いまだに復讐心に憑りつかれている私・・・
私のあの10年間はいったい・・・
これじゃあ・・・
(惨めすぎるじゃないか、私は・・・)
・・・しかし。
だからといって・・・
このまま黙って引き返す気はない。
いまの"私"があるのは、そのすべてが復讐心によるものなのだから。
私が私を否定してどうするというのだ。
(相手が変わっていようが関係ない!)
罪には罰を。
この女は罪を犯した。
だからこの復讐は──当然の権利なのだ!!
私は少女の姿のままで、にんまりとした笑みを浮かべて見せた。
それは8歳の少女には不釣り合いな、邪悪な笑みだった。
「お久しぶりね、ササラ。私が誰だかわかるかしら?」
声こそ少女のものだけど、そこからにじみ出る悪意は隠しようもなく。今更、隠す気もないけれど。
編み物の手を止めたササラが、眉根をピクンと動かした。
「・・・悪戯、というわけではないようですね」
さすがは元勇者パーティのひとり。
察しがよくて助かるというものである。
「ずいぶんとまあ、見違えたもんじゃない。驚いたわよ。ここまであんたが変わるなんてね」
「・・・レナに憑りついている・・・というところですか。どちら様でしょうか?」
冷静さを装っているのか、ササラの態度はあまり変わっていないように見える。
こちらに弱みを見せないように虚勢を張っているのだろうか?
咄嗟の判断ですぐ行動できるとは・・・この辺の強かさは昔を思わせる。
「あいつは・・・クレアミスは、いまどこにいるのかしら?」
「・・・騎士団の仕事で出払っていますが、もうじき帰ってくると思います」
「そう。早く帰ってきてほしいわねぇ。愛娘の現状を知ったらどんな顔をするのかしら」
編み物をテーブルに置いたササラが、ゆっくりと立ち上がる。
「貴女は、いったいどちら様なのでしょう?」
「ササラ、その節はどうもありがとう。あんたの気まぐれのおかげで、時間はかかったけれど、こうして戻ってくることができたわ」
「気まぐれ・・・?」
「10年は、お互いに長かったようね」
「10年・・・気まぐれ・・・まさか貴女は」
ようやく私の正体に気が付いたのか。
冷静さを装っていた女が初めて驚きに目を見張る。
「・・・ラギア。10年経った今、現れるなんて」
その言葉を受けた私の笑みは、さらに深くなった。
”私”が認識されたことで、なんとなくさらに力が増したような気がする。
結局のところ悪霊なんて、誰かに認知してもらわないとその存在すら危うい存在ってことなんだろう。
「今更、とか言わないでよね。私にとっては"ようやく"なんだから」
不意打ちで殺すこともできたけれど、私はあえてそうはしない。
ただ殺すだけが目的じゃないからだ。
徹底的に絶望を叩き込んでから、じわじわと嬲り殺す。
その時、この女はどんな顔をするんだろう?
どんな声で泣くんだろう?
どんな様子で怒るんだろう?
この女を絶望させるために今の私があるのだから、興奮するなというほうが無理な話。
(ようやく・・・ようやく復讐の時はキタあああああああああああああっ!)
心で絶叫する私とは対照的に、警戒心を露わにするササラが母親としての顔で問いかけてきた。
「娘を・・・どうするつもりですか?」
「決まってるでしょう? 幸福を満喫するあんたらに対しての復讐に使う」
「復讐・・・?」
「あんたらの目の前で、自殺してあげるわ」
「・・・・・・」
無言になるササラ。
母親として、内心ではさぞ葛藤していることだろう。
自分の愚行のせいで、愛娘が命の危機に晒されている。
娘の代わりに自分を殺して!
この女からそのセリフを聞きたい。
聞いたうえで、娘を殺す。
もちろん、もうひとりの復讐対象である元勇者が帰ってきてからだけれど。
脳内で私の復讐劇が完結することを想像していると、想定外の出来事が・・・
なんと。
追い詰められているはずのササラが、笑い出したのである。
あの、一緒に旅をしていた頃に見慣れてしまった、嫌らしい笑みで・・・