第15話 「相応しいのは」
ステラが憑りついているクレアミスの身体に、色を変えた大手を突き刺しているラギア──レナが、ステラ共々動きを止めていた。
この場に静寂が落ちたことにより、通路から聞こえてくる戦闘音がやけに響いてくる。
手持無沙汰となってしまった私は、大鎌を消し去り、クレアミスの元へと移動。
まるで時が止まったかのように硬直している姿は、まさに隙だらけ。
とはいえ、いま攻撃をするわけにはいかないだろう。
いまの状態のクレアミスを倒すことが、目的ではないのだから。
いま彼の内側では、ラギアとステラが己の存在を懸けて死闘を繰り広げていることだろう。
このままラギアが勝ったとしても、消耗は避けられないだろう。
逆にステラが勝ったとしても、対応策は用意しているのだ。
どちらに転んでも、私が勝者になることに代わりはないのである。
いつの間にか私の死角に回っていたドレス女から、警戒している気配が伝わってくる。
私の一挙手一投足に全神経を払っているのだろう。
とはいえ、私に不意打ちをするような無謀でいて愚かなことはしないだろうから、いまは彼女の言動を気に留めることはしない。
(クレアミス・・・)
彼の頬に手を触れる。
慣れ親しんだ感触が伝わってくるが・・・
残念ながら、いまこの感触は私だけのものではないのだ。
ちらりと娘を見やると、私に目を向けていたようで、ちょうど視線が合ってしまう。
「くふふ・・・こうして貴女と二人だけで話をするのは、久しぶりですかねぇ」
「・・・そうだね。お姉さんが来るまでは、普通のことだったのにね」
聞き慣れたというべき声と口調で、レナが苦い声音で言ってくる。
「あの頃は当たり前のことだったのに・・・いまじゃ、特別なことなんだよね」
「くふふ・・・母が恋しくなりましたか?」
「んー・・・どうだろう。ママはママなんだけど、別に、恋しくはないかなー」
「おやおや。寂しいことを言ってくれますねぇ」
「何言ってるのさ。ママらしいことなんて、ぜんぜんしてくれなかったくせに」
「くふふ・・・否定できませんねぇ」
母と娘である私とレナの関係は、今更言うまでもないが、希薄なのである。
私にとってはクレアミスが全てであり、レナはオマケなのだから。
世間的評価を高めるためだけの道具でしかないのだ。
レナが自分の血肉を分けた子供であることは間違いないことだが、私にはこれっぽちも愛情はなかった。
私は”母親”ではなく、あくまでもクレアミスの”妻”でしかないのだ。
だからと言うべきか、レナの親離れは早かった。
・・・いや、むしろ。
親からの愛情に飢えていたからこそ、父親のクレアミスを求めすぎて歪んでしまったのかもしれない。
まあ、もはや今更なことではあるが。
「レナ、何やら印象が変わりましたか?」
「お姉さんの影響だろうねー。なんかもうさ、思ってること遠慮しないで、バンバン言えるよ」
「くふふ・・・なるほど。厄介者のラギアも、娘の成長に一役買ってくれたというわけですか」
などなど、手持無沙汰の私は、しばらくぶりの母娘の会話を楽しむが。
ふいに、レナの表情が変わった。
「あ・・・ちょっとまずいかも」
「どうかしましたか?」
「お姉さんが劣勢みたい・・・」
「悪霊に優位なあの空間をもってしても、ラギアが不利なのですか?」
「なんか、ステラって人がとんでもなく規格外みたいだよ」
「なるほど・・・」
この現世においても私とラギアを同時に相手にしても優位を保っていただけに、あの空間においても、絶対有利であるはずのラギアの優位性すら、いまのステラにとっては簡単に凌駕してしまうのだろう。
(とんでもないバケモノになりましたねぇ・・・ステラさん)
ステラが勝ったとしても、一方的すぎると、消耗すらしないだろう。
そうなってくると、私が用意している対応策は意味がなくなってくる。
「私がいければいいのですが・・・」
悪霊のラギアと違い、私は生身なのだ。
だからこそ、クレアミスに憑依するステラへの対応策として、ラギアを頼りにしたのだから。
しかし、そのラギアが役に立たないとなると・・・
「ママも、パパの内側に入りたいの?」
私の呟きを聞いたのか、レナがあっさりと言ってくる。
「悪霊の力を使えば、できると思うよ」
「・・・どういうことです?」
「わたしもさ、お姉さんの悪霊としての力、それなりに使えるんだよね」
背中からもう片方の大手を生み出し、その色を変化させる。
「これを媒介にしたら、ママもパパの内側にいけると思うよ」
「思う・・・ですか。あやふやですねぇ」
「試したことないから仕方ないじゃん。でもさ、試してみる価値はあると思わない?」
「・・・なるほど」
漁夫の利を狙っていたが、それが破たんしてしまうのならば、私が動くしかないだろう。
これだけのバケモノと化したステラは、何としてでもここで仕留めなければならないのだ。
こうなってくると、まだしもラギアのほうが、直情的なだけに御しやすいだろう。
「では、レナ。お願いします」
「・・・いいの?」
「ええ。ただし、私の身に何かするとしても、ステラさんをどうにかした後にしてくださいね。そうでないと、ラギアすらもが危うい状況になると思いますよ」
私の言葉を受けて、ドレス女から身じろぐ気配。
時間的に考えてもう結界装置は破壊していると思うので、イトスたちがこの場に合流するのも時間の問題だろう。
少なくとも、洗脳下にあるイトスだけは、何があってもこの場に駆けつけることだろう。
そういった状況判断もあり、私はレナの提案を受け入れる。
「じゃあ・・・いくよー」
色を変えた大手が私の身体を貫通し、そのままクレアミスの身体へと。
その瞬間、私の意識が一瞬だけ暗くなる。
視界が回復すると、壮絶な戦闘現場が広がってくるのだった。
※ ※ ※
色の薄い無数のステラとラギアがいたるところで激突しており。
戦場となっている草原は、混迷を極めているようだった。
そんな中心でぶつかり合うは、オリジナルだろうラギアとステラのふたり。
一進一退の攻防なれど、影から黒の手を無数に出すステラの前に、ラギアは攻めあぐねている様子。
「くふふ・・・この空間の仕組みは、もう理解しているのですよ」
意識を集中した瞬間、私の周囲に無数の複製が。
私の指示のもとすぐに動き出し、混戦状態の戦場へと乱入。
これにより戦況は2対1となり、拮抗状態だった戦況に変化が。
「なんです・・・?」
「これってまさか・・・」
激突するステラとラギアから当惑の声。
その場へと、私が参戦する。
「くふふ・・・ラギア。貴女が不甲斐ないですから、こうして私が来る羽目になりましたよ」
「ササラ・・・っ。そっか、レナの仕業ね」
何かやり取りがあったのか、ラギアが納得顔になる。
そんな一方では、ステラが隠すことなく顔をしかめてきた。
「またそうやって・・・二人がかりで私をいじめるんですね、あなたたちは」
「いや、まあ・・・イジメる気はないんだけどさ」
「くふふ・・・事ここに至っては、ステラさん、貴女には消えてもらわないと困るのですよ」
こうして私たちは、再びまみえることに。
再び2体1という構図になる戦況。
しかし状況は、外界とはまるで違う。
無数の私たちの複製が各所で激突するのを背景に、オリジナルの私たちは真っ向から衝突。
魔法が使えないのが難点ながらも、ラギアが人を辞めた戦いぶりを発揮しており、その上で私という援軍を得たために、戦況はステアが不利に傾いていた。
「おっりゃあああああああああああああああ!」
「あう・・・っ」
私の斬撃を影からの黒手で受け流したところへ、右手だけを巨大化させていたラギアが殴りかかり、黒手で受け止めるも衝撃までは殺しきれず、ステラが大きく弾かれる。
「くふふ・・・まるで大砲ですねぇ」
「まだまだア!」
巨大化した右手をバネに高々と跳躍・今度は両手を巨大化させて、地面を転がるステラに豪快な追撃。
叩きつけられてくる巨大な拳を間一髪で飛び離れて回避するステラだが、回避先にはすでに私が回り込んでおり、旋回の勢いを乗せた大鎌を一閃させていた。
「うぐ・・・っ」
旋回力が合わさったことで威力が増しており、受け止めた黒手を簡単に両断。
回避できるタイミングじゃないステラは、自身の両腕を盾にするしかできず、両腕を切り飛ばされることで致命傷は辛うじて避けるものの、胸元をざっくりと薙ぎ裂かれる。
「ふたりがかりは、卑怯ですよ・・・!」
「くふふ。外と内では勝手が違いますからねぇ」
私もラギア戦で経験済みであり、苦戦を強いられたものである。
バケモノと化しているステラは、1対1ならばラギアとでは優勢だったかもしれないが、1体2となり、ラギアの大振りな攻撃をフォローする私がいるいま、ステラが優勢になる理由がない。
「おっらああああああああああああああああああああああ!」
巨大化させたラギアの右足が叩き込まれてくる。
重量級の攻撃を受け止める自信がなかったのかステラは飛び離れようとするも、私の存在が気がかりだったようで反応が遅れ、結局はラギアの巨大な右足を受け止める羽目に。
「ぐう・・・重い・・・っ」
「くふふ、背後ががら空きですよ!」
全ての黒手で右足を受け止めるステラへと、私が強襲。
背中を深々と薙ぎ裂き、返す刃で間断なく追撃を浴びせ、即座に飛び離れ。
私から受けた攻撃の衝撃で防御が疎かになったステラが、そのままラギアに蹴り飛ばされる。
身体が宙に浮きあがり、完全に無防備となるステラ。
「その力もらったあああああああああああああああああああ!」
一気に巨大化したラギアが、大口を開ける。
(その力・・・?)
眉根を寄せる。
まさか喰らった者の力を取り込めるとでもいうのだろうか。
だとしたら・・・
(どっちが”バケモノ”なんですかねぇ)
まともなのは、私しかいないではないか。
やはり、私こそがクレアミスに相応しい。
(クレアミス。貴方に相応しいのは、昔から、そしてこれからも。私だけなのですよ)
愛しの彼のために全てを捨てたのだから。
あの女共とは、年季と覚悟が違うのである。
だからこそ。
あのバケモノ共に、クレアミスを渡すわけにはいかないのだ。
私が女たちの醜態に皮肉げな笑みを浮かべるのと同時に、ステラは巨大化したラギアに喰われていた。




