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ただいま悪霊中   作者: 吉樹
第8章 『復讐の行く末』
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第9話 「ありえない来訪者」

「ったく! なんなのよ、いったい・・・っ」


 襲い掛かってきた腐乱している猫獣人を、”悪霊の手”の一撃で粉砕する。


 何の前触れもなく墓地から死者が甦ったために、開発途中のオルベズは混乱の渦に巻き込まれていた。

 しかも、同族殺しは禁忌とされているようで、獣人たちの援護は期待できない始末。

 そのため、ゾンビ共を迎え撃つのは悪霊部隊とトカゲ族のみという展開に。


 まあそうはいっても、攻撃時のみ実体化して危なくなったら霊体化して回避しているので、悪霊部隊への被害は皆無だったけれど。

 トカゲ族も精強揃いなので、いまのところこれといった被害は出ていない模様。


「同族ったって、明らかに死んでるでしょーに」


 ──まあ、それでもやっぱり、同族に手はかけられないってことなんじゃない?──


「面倒くさい種族ねぇ!」


 横手から飛び掛かってきたゾンビの首を、小剣にて切り飛ばす。


「大丈夫ですかぁ? ラギア様」

「頭潰さないとダメって、メンドくせーなこいつら」


 取り巻きたちが私の周囲にて群がってくるゾンビを蹴散らしているが、いまこの場にはドリスの姿はなかった。

 彼女には同族のゾンビには役に立たない猫獣人の部隊を率いてもらい、森にて発生している魔物のゾンビ掃討を命じていたのである。

 当然ながら、そちらには配下となった猫少女──アムも同行していた。


「しっかし・・・数が多いわねぇ」


 倒しても倒しても、後から後から湧いてくる。


 腐敗している者。

 すでに骨が見え隠れしている者。

 四肢が欠損している者。


 視るに堪えない光景。

 悪霊となって価値観が変わっていなかったら、きっと嘔吐していることだろう・・・


「なんで土葬にしてんのよ。火葬にしなさいよね」


 ──獣人族って土の神を信仰してるからさ、土葬して神の身元に送るっていう古い習わしがあるんだよね──


 レナが呑気に解説してくるものの、理由なんてどうでもいいのである。

 要は、獣人族の古い慣習のせいで、面倒くさい事態になっているということなのだから。


「ラギア様! 変に強いゾンビがそちらに!」


 悪霊のひとりが叫んでくる。


「変に強い・・・?」


 一体のゾンビを返り討ちにした私が眉根を寄せると、眼前に現れたのは、異質な雰囲気のゾンビだった。


 腐敗途中の全身。

 虚ろな目。

 ボロボロながらも伸ばされている両の爪。

 そこらへんで暴れているゾンビと同じように見えるものの、まとう雰囲気が一線を画していた。


 ──気を付けて、お姉さん。なんか変だよ、このゾンビ──


「なに、こいつは・・・」


 私の誰何に答えたのは、いつの間にか横に来ていた猫族長だった。


「トール・・・私の夫であり、前族長です」

「あんたいつの間に。なんでこんな場所にいるのよ」

「戦うことはできませんが、私は長として、その最期を見届ける義務があります」

「あっそう。んで、なんでダンナさん、死んだのよ?」

「・・・病です。先月に。一族最強の戦士だったのですが・・・」


 先月・・・つい最近の死体だから、まだ新鮮(?)さを保っていたようである。


 強くならないといけない・・・アムがそんなことを言っていたのを思い出す。

 その発言の裏には、こういう事情があったということなのだろう。


「なるほど、ね」


 ──レイスとゾンビが対決とか、複雑だねー──


 レナの口ぶりは、完全に他人事である。

 まあ、実際戦うのは私なのだから、そういう反応になるのだろうけれど。


「一応確認するけど、倒していいのよね?」

「・・・はい。お願いします。彼を・・・永久の眠りに戻してください」


 揺れる瞳ながらも、猫族長は最期まで見届ける決意のようで、しっかりと視線は前を向いたまま。


「オッケー。んじゃ、やりますか。なんか、あっちもやる気満々のようだし」


 吼えた前族長が飛び掛かってくる──


 ※ ※ ※


「ちょ・・・はやっ!」


 繰り出された爪を回避するものの、予想以上に早い一撃に、私は思わず目を見張る。

 しかし驚いてばかりではなく、ちゃんと反撃もしており、前族長の胸元を深々と切り裂いていた。

 手ごたえはばっちりだった・・・けれど。


「うわ・・・っ」


 ダメージを意に介さない全族長がくわっと大口を開けて、私に食らいついてくる。

 ”悪霊の手”でその顔面を抑えるも、吼えた前族長にその”悪霊の手”を力任せに引き千切られてしまう。


 物理攻撃が出来るということは実体化しているということなので、物理的に引きちぎることも可能ではあるけれど・・・

 肉体への負担など関係ないからこそできる、限界を超えた膂力なのだろう。


「なんつー馬鹿力・・・っ」


 慌てて飛び離れる私へと、まさに獣の如く追従してくる前族長。

 牽制で放つ光弾がその身体の各所にて被弾するものの、その動きに何ら遜色が見られない。


 ──まかせて!──


 予備動作なしの火炎球が前族長に炸裂。

 直撃した前族長が爆炎を引いて吹っ飛んでおり、猫族長が唇を引き締めていた。


「いまですぅ!」

「往生しろや!」


 戦況を見ていた取り巻きたちが、同時に攻撃魔法を発動。


 ゆらりと立ち上がった全族長の左足が氷に閉ざされ、右腕が炎に焼き尽くされる。



《オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!》



 前族長から雄々しい雄たけびが。

 そしてあろうことか、氷に閉ざされた左足首を引き千切る形で、前族長が私めがけて飛び掛かってくる。

 片足のみの踏み込みにも拘わらず、肉体の限界を超えた膂力と速度により、あっと言う間に私との距離を踏破してきた。


「まじか・・・っ」


 頬肉がこそげ落ちていることで、限界いっぱいまで開かれた大口が、視界に広がる。

 咄嗟に盾にした小剣に噛みつく形となった前族長へと、私はその小剣を軸にして、その下あごへと飛び膝蹴りを叩き込み。

 その衝撃によって、小剣が前族長の顔面により深く切り込む形となる。


「っらああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 まだ身体が宙にある私は、前族長の胸板を踏み台に旋回・そのまま全体重を乗せて、小剣を振り抜く。

 鼻部分が両断された前族長が反動でたたらを踏み、左足首がないことでバランスを崩しており。

 着地と同時に踏み込んだ私は、小剣を一閃。


 銀の軌跡が、前族長の首を切り飛ばしていた。


 ※ ※ ※


 騒動が収まり、戻ってきた猫獣人たちが嗚咽を漏らしながら、もはや誰が誰だかわからない死体を丁寧に埋葬していく。


 沈痛な面持ちで猫族長が前族長が埋葬された墓を見つめており、その傍らには涙を浮かべて震えているアムの姿。


 ──でもさー、なんで前族長さんは、お姉さんを狙ってきたんだろ?──


『・・・確かに。変な話よね』


 当然ながら、私と前族長に面識なんてあるはずもなく。

 にもかかわらず、なんとなくだけれど、前族長は私を狙ってきているような感じがあったのだ。


 ──・・・もしかして──


『なに? なんか思い当たる節でもあるの?』


 ──本能がさ、集落を守ろうとしてたんじゃない?──


『本能? どういうことよ?』


 ──いわば、お姉さんって侵略者じゃん? だから族長として、集落を守ろうとしてたんじゃないのかなって──


『・・・大方、生者の猫獣人はみんな避難してたから、外に出てた生者が私だけだったから、ってところじゃないの』


 ──むー・・・死んでても集落を守ろうとしてたって方が、なんかカッコいいじゃんー──


 私を悪役にしないでほしいものである。


 死人に口なしであり。

 真相は、もはや墓の中である。


 まあ、パテントを滅ぼしている以上、今更な感じではあるけれど。


「ラギア様」


 私の傍らにやってきたドリスが、現状を報告してくる。


「各地に潜伏させて情報収集をしている者たちからの報告ですが、どうやらこのゾンビ騒動、種族に関係なく、全域に渡っているとのことですわ」

「どういうことよ? 何が起こってるわけ?」

「原因までは・・・」


 答えを持ち合わせていないドリスを責めるほど、私は理不尽ではないつもり。


『レナ、あんたなら何かわからない?』


 ──んーん。前にも言ったと思うけどさ、ゾンビ化現象なんて魔法、ないと思うよ──


 レナから言われ、そういえばと思い出す。

 確かジャラオにて、屍が動き出すといった事態が起こっていたことを。


(もしかして、あれが関係してる・・・?)


 何が起こっていたのかなんて、皆目見当もつかないけれど。


 と、そんなやりとりをしていると、その場にひとりの悪霊が。


「ラギア様にお会いしたいという人物が入り口に」

「私に? しかも名指しとか・・・誰さ?」


 入口へと移動した私を待っていたのは・・・



「くふふ・・・お久しぶりですねぇ、ラギア」



 因縁の相手が、相変わらずの下卑た微笑を浮かべていた。



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