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ただいま悪霊中   作者: 吉樹
第1章 『転生の行きつく先』
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第7話 「憎き連中の愛娘」

「やあ、お嬢ちゃん。いま、ちょっといいかな?」


 貴族学院の帰り道で待ち伏せていた私は、気さくな口調で話しかけていた。

 いま私は実体化しているので、普通に誰にでも姿が見えているのである。


「・・・お姉さんは、だあれ?」


 きょとんとした感じで私を見上げてくるのは、愛らしい顔つきのひとりの少女。

 憎きあいつらの愛娘・・・レナ・ロイド。

 貴族街の出入り口は厳重な警備がされているために、不審者が入り込む余地はない。

 そのために、子供ひとりで出歩くことも日常の光景なのである。


「私はね、あなたのママとパパの昔のお友達なの」

「ふーん・・・」


 きゅろきょろと私を見てくる純粋な眼差し。

 無邪気な態度。

 あいつらの寵愛を受けているひとり娘。


 思わず、このままその細い首根っこを締め上げたくなってくる・・・


(ふうー・・・落ち着け、私・・・)


 私は衝動を抑えながら、柔らかい口調を装って問いかける。


「あなたのパパとママは優しい?」

「うん、とっても優しいよ」

「いま、あなたは幸せ?」

「うん、幸せだよ」

「そっかぁ。それはよかったねぇ」


 薄い笑みを浮かべて見せる私を、少女はじっと見据えてきた。


「お姉さん、ふつうの人じゃないよね。どうしてここにいるの?」


 予想外の返答に私は一瞬言葉に詰まるものの、にんまりとした笑みへと変えた。


「近いうちに、あなたのお家に邪魔することになると思うから、その時はよろしくね」

「何しにくるの?」

「遊びに、ね」

「そっかぁ」


 無邪気に納得してくれる少女の唇に、人差し指を当てる。


「ママたちをびっくりさせたいから、今日のことは内緒にしてね?」

「ふーん、わかった。ないしょにすればいいんだね」

「ふふふ。いい子ね」


 死んだはずの私が姿を現した時、あいつらがどんな顔をするのか。

 いまから楽しみで仕方がない。


 私の笑みは、自然と深くなるのだった。


 ※ ※ ※


 月夜が私を照らし出す。

 夜空に浮遊しながら、私はじっと勇者宅を見下ろしていた。


 そんな私の中では、良心と復讐心がせめぎ合う。


 復讐は必ず成し遂げる。

 しかし、それに何の罪もない子供を巻き込んでいいのだろうか?


 ・・・いや。


 罪なら、ある。


 あいつらの子供として生まれてきたことだ。

 それ自体が、罪なのだ。

 子供の存在が、さらにあいつらを幸せにするのだから。


 だからこそ。


 罪悪感はあれど。

 私は子供を利用する。

 子供を道具にしないと言った覚えがあるけれど、時と場合によるのだ。


 あの子には同情はする。

 けれど私は、目的のためならば手段は選ばない。そういう女なのだ。

 あいつらを不幸にできるのなら、なんだってするのである。


(見ていなさい・・・クレアミス。ササラ・・・)


 暗い復讐心に燃える私を、月光がいつまでも照らし出していた。


 ※ ※ ※


「やあ、お嬢ちゃん。また会ったね」


 この道をひとりで歩くことは、すでに調査済み。

 そしてこの時間帯はひと気がないのも、すでに調べ上げているのだ。

 だから私は気兼ねなく実体化して、待ち伏せていた少女に声をかけていた。


 少女──レナは、前回と違って、なぜか一歩だけ、私から距離をとる。


「・・・今日のお姉さん、なんかこの前とちがって、怖いよ」


 察しのいい子供である。

 さすがは、神童と呼ばれている天才児、といったところか。

 前回の接触はただの調査だったけれど、今回は違うのだ。

 その気配の違いを、子供ながらに察しているんだろう。


(まあだからといって、こんな子供に何かできるわけないけどね)


「これからさ、お嬢ちゃんのお家に邪魔しようと思うんだけどね」


 私は獲物を前にした猛獣のような目つきで、しかし優しい口調で語りかける。


「お嬢ちゃんにもさ、ちょおっと協力してほしいんだよね」

「・・・きょうりょく?」


 怯えが混じった少女の声と態度。

 そんな姿がさらに私の嗜虐心をそそってくる。


 もう止められないし、止まる気もない。

 すべては、復讐のため。

 この甘美な響きの前には、多少の罪悪感など吹き飛ぶというものだった。


「お嬢ちゃんのその体・・・もらうね」

「え・・・」


 戸惑いの声を上げる少女。

 そんな彼女へと襲い掛かる私。


 逃げようとした彼女の腕を掴んで引き寄せて、抱きしめるように両腕で抱え込む──


「やっ・・・」


 少女が何か声を発するよりも早く。

 半透明になった私の体が、少女の体へと吸い込まれるように消えていく・・・


「・・・・・・」


 口を開けたまま、しばらくぼんやりしていた少女が、その口を笑みに変えた。

 少女の体を乗っ取った私が、満足のいく結果に笑みを零したのだ。

 確認するように、両手を開いたり閉じたりを繰り返す。


「・・・この体、子供のくせにとんでもないわね」


 私は、素直に驚いていた。

 この少女、潜在能力がすさまじく高いのだ。

 保有する魔力が尋常じゃない。

 子供ゆえに、自分の潜在能力に気付かなかったのかもしれないけれど。


「さすがは勇者とあのクソ魔女の娘、ってかい」


 この娘は将来、間違いなく、とんでもない大魔術師になっていたことだろう。


 惜しむらくは・・・

 私に、目をつけられたことか。

 同情はするけれど、それだけだ。


「・・・さて」


 私は、ゆっくりと歩き出す。


「復讐の時間といきますか」


 奴らの目の前で、溺愛している娘を殺す。

 その時、やつらはどんな表情をするだろうか。

 ワクワクとドキドキが収まらない。

 私は子供の顔で、邪悪な笑みを浮かべていた。


 ※ ※ ※


 あいつらの自宅へと歩く道すがらだった。


 ──どうしてこんなことするの?──


 ふいに、脳裏にそんな声が聞こえてきた。


「っ!?」


 私は驚愕する。

 その声の主は、この体の持ち主である少女、レナのものだったからだ。


 ありえない。


 私が乗っ取った者は、その意識を抑え込み、眠りにつかせるというのに。

 こんなことは初めてだった。

 私は足を止めて、目を閉じる。


『驚いたわね。なんでまだ意識があるのよ』


 脳内で語り掛ける。


 ──わかんない。けど、いまお昼寝したらダメな気がして──


 たったそれだけの理由で、私の精神支配を跳ね除けたというのだろうか。

 この現象も、彼女の潜在能力が極めて高い影響か。


 しかしだからといって。


 現在のこの肉体の所有権は、依然として私にある。

 この少女の出来る事なんて、せいぜいが頭の中で喋る程度なのだ。


 私は余裕を取り戻す。


『どうして、ね。それはね、お嬢ちゃん。あなたの両親がいけないのよ』


 ──パパとママが?──


『怨むなら、パパとママを怨んでね』


 ──いま、わたしにひどいことしてるのはお姉さんなのに?──


『・・・すべては、あいつらのせいなのよ』


 ──でも・・・──


『黙りなさいっ!』


 一喝と共に、精神支配を強化する。

 すると少女の声は聞こえなくなった。


「・・・ふう」


 子供のくせに、その精神を抑え込むのにこんなに消耗させられるなんて。

 想定外の事態といえたけれど、こうして抑え込めたいま、事態は解決したのだ。


「レナちゃん。あなたには何の恨みはないの。でも・・・諦めて」


 もう聞こえないだろうけれど、私は自然と独りごちていた。


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