第3話 「事後処理」
ラギアの拠点を潰し。
愛しの彼を奪還し。
ついに怨霊のステラを消滅させ。
ラギアを取り逃がしこそしたものの、非常に満足のいく結果だった。
(どこに逃げたかわかりませんが・・・)
あの過激な女のこと、ずっと隠れていることなどありえない。
何かしらの行動をしていることだろう。
人の口に戸は立てられぬ。
すでに情報網はあちらこちらに張り巡らせているので、発見に至るのも時間の問題だろう。
それに私は、拠点をジャラオから移してはいないので、再びラギアが襲撃してくる可能性もあり。
そうなれば、探す手間が省けるというものである。
(あとは私が全快さえすれば、クレアミスとの甘い時間が戻ってくるのですね・・・)
パテントから始まったラギアとの因縁にも、ようやく終止符が打てるのだ。
だが、悪いことばかりでもなかったといえるだろう。
以前からずっと邪魔だった娘──レナの存在も、いまでは彼の記憶から消せたのだから。
(もう子供はいりませんねぇ)
二度と生まない。
生みたくもない。
彼との二人だけの時間が邪魔されてしまうのだから、生まないに越したことはない。
そんなことを思いながら館のバルコニーで外の空気を吸っていると、遠くからは荘厳な音が聞こえてくる。
「ん? ・・・ああ、今日は葬列の日でしたねぇ」
さりとて感慨もなく、淡々と事実だけを呟く。
ダーリンでの攻防により戦死した皇太子の、国を挙げての告別式中なのである。
そして並行して、戦死した兵士たちの追悼式も挙げられている様子。
悲しみに暮れる街並みの、なんと陰気臭いことか。
(くふふ・・・所詮は使い捨てのコマでしたが、思っていた以上に役に立ってから壊れてくれましたね)
元々はクレアミスを冒涜した罪で傀儡人形にしたわけだが、想定以上の働きをしてくれたものである。
だが結局は、その最期は悲惨なものだったと聞く。
ボロ雑巾のように成り果てた身体は穴だらけで、ついにはその四肢も魔物に喰われたとか。
愛しの彼を誹謗したのだから、まあ当然の結末ではあった。
(とはいえ、思わぬ収穫があったことも事実ですがね)
一時の間しか使えないものの、その戦闘力を倍増させた兵は、思いのほか役立つということだ。
それなりの戦闘力しかなかった皇太子が、あれだけの働きをしたのだ。
これをうまく運用すれば、ラギアが保有する戦力との差を埋めることができるだろう。
ただの一兵卒ならば傀儡兵止まりだが、それなりの実力があれば、一時の間だけでも一騎当千級へと変貌。
どちらも使い捨てとなってしまうが・・・壊れたら、また新しいのを用意すればいいだけの話。
本来の力を取り戻した暁には私ひとりでも事足りるだろうが、より確実性を高めるためには、やはり軍が必要だと考えを軌道修正したのである。
次にあの女と事を構えるときは、確実に仕留める。
もう逃がさない。
次でもって、最期とするのだ。
そのためには、逃道を塞ぐためにも、やはり数がいるということである。
(こんなことならば、あの時、両軍に撤退命令を出しておくべきでしたねぇ)
あの後、ダーリンの中央部において人族軍と魔族軍が衝突しており、両軍にかなりの死傷者が出ていたのである。
(くふふ・・・私も、まだまだ見通しが甘い)
大量の戦死者を出しておきながらも、私の反応はそれだけである。
虫けらが何人死のうが、知ったことじゃないからだ。
それとは別に、私には心配事があった。
(クレアミス・・・)
魔都から救出直後は、てっきり憔悴したことが原因だと思っていたのだが・・・
何やら思い悩んでいるようで、心ここにあらずといった様子だったのだ。
それでもちゃんと自警団の仕事は疎かにせず、日々の鍛錬も欠かしてはいない生真面目さは、健在だったが。
(やはり、ラギアと何かあったということですかね)
それとなく聞いてみたが、彼は憂慮の表情のままで何も答えてはくれない。
苦慮する彼の姿も魅力的なのだが・・・
いつまでもそのような状態では、精神衛生上よろしくないだろう。
(この手は使いたくないのですが・・・仕方ないですね)
洗脳と同系列である、自白を促す精神魔法というものがあるのだ。
(これも全ては、愛しのあなたの為なのです。許してくださいね、クレアミス・・・)
私の全ては、彼の為だけにある。
だから彼が思い悩むことがあるのならば、妻として、共に解決しなければならない。
彼の苦しみは、私の苦しみでもあるのだから・・・
※ ※ ※
警護のイトスを連れて夜遅くに帰宅後、クレアミスはいつも通りシャワーで汗を流し、会話少なく遅めの夕食を摂った後、バルコニーにて夜風に当たっていた。
手すりに両肘をついて両手を組んで夜空をぼんやりと眺めている彼の姿に、私は思わず見惚れてしまう。
(何をしても様になりますねぇ・・・)
憂いを帯びた両目から目が離せない。
恋は盲目という言葉があるが・・・今でも尚、私はクレアミスに色あせることのない恋をしているのだ。
からっぽだった私の穴を埋めてくれた彼。
私はもう彼の虜。
彼の為ならば、私は何だってしよう。
全ては、クレアミスのために・・・
悦に入っていた私はしかしすぐにハッと我に返り、そっと彼の横へと移動。
そこで初めて私の存在に気付いたようで、彼は驚いたように私に目を向けてきた。
「ササラ・・・?」
「クレアミス。何か悩みがあるのでしたら、遠慮なく私に仰ってください」
「・・・ありがとう。でも、大丈夫だから。君は気にしないでいいよ」
「クレアミス・・・」
答える気のない彼に、もはや止む無し、と判断した私は、自白魔法を発動させる。
信じ切っている妻から魔法をかけられるとは思ってもいない彼は、あっさりと術中に。
とろんとした目つきになって、再び手すりに両肘をついて、夜空を見上げる。
「・・・僕のせいで、ラギアが魔物に堕ちてしまったようなんだ」
やはり、というべきか、愛しの彼が苦慮している原因は、あの女だったようである。
「僕はあの時、ラギアを切り捨てるつもりで言ったつもりじゃなかったんだ。僕はただ・・・」
「クレアミス。彼女が魔物に堕ちたのは、彼女自身の問題なのです。あなたは何も悪くないのですよ」
「・・・でもラギアは、僕が原因だと・・・」
私の名前が出てこないことから、どうやらあの女は私に殺されたことは言わなかったようである。
賢明な判断と言えるだろう。
すでに彼には、魔物になったラギアは正常な思考じゃないと言い聞かせているからだ。
だからラギア自身も、真実を述べても無駄だと判断して言わなかったのだろう。
たとえ正常じゃないとしても、その言葉は心に突き刺さるようで、クレアミスは苦慮しているのだろう。
「もはやラギアは、私たちが知っている気さくでいて勇猛果敢な女騎士ではないのです。悲しいことですが・・・もう彼女は、私たちの仲間じゃないのです。生者に害を成すだけの・・・悪霊なのです」
「・・・でも。そうだとしても。僕は思うんだ・・・あの時、もし最後まで一緒に戦っていたら、もしかしたらラギアは魔物にならなかったんじゃないかって・・・」
さもありなん。
まさにその通りであった。
一緒に魔王の間で激戦をしていたのならば、ラギアはあの場にて転生することなく死んでいた。
ラギアが悪霊として転生できたのは、宝物庫にて私と出くわしたからなのだから。
(本当に、失敗でしたね。気まぐれなど起こさなければ・・・)
「・・・それに、ラギアが気になることを言っていたんだ」
憂いで揺れる瞳で、私を──腹部を見てくる。
「僕たちのレナは、まだ生まれていないはずなんだ。それなのにラギアが・・・」
「クレアミス。もうラギアの記憶は混沌としているのですよ。だから彼女が何を言ったのかはわかりませんが、もはや妄言と言えるでしょう」
「・・・妄言、だったのかな・・・」
「そうですよ。だから、あなたが気にする必要はないと思います」
諭す様にいうものの、クレアミスから憂いは消えない。
生真面目な彼は、やはり割り切ることができないのだろう。
そういう生真面目さもが、私が惹かれた要因のひとつでもあるのだが・・・
「・・・ササラ。ラギアを、かつての仲間を救うことは、もうできないんだろうか・・・」
「”救う”ですか・・・」
「やっぱり、僕のあの時の判断が、結局はラギアを魔物にしてしまったと思うんだ。だから僕は、責任をとらないといけないと思うんだ」
「クレアミス・・・」
あの身勝手な女のせいで愛しの彼がこんなにも苦しんでいることに、私は改めてあの女への怒りを抱く。
とはいえ、いまは怒りの感情を押し隠し、そして心を鬼して、彼へと告げた。
「いまのあなたは、弱体化していますわ。自覚なさっているのでしょう?」
「それは・・・」
「いまのあなたでは、ラギアに何もしてあげられませんわ」
「・・・でも僕は・・・」
「クレアミス。だから、ラギアの件は私に任せてください。私が、彼女を”救い”ます」
「ササラ・・・」
「あなたは何も心配することなく、日々の鍛錬で力を蓄えてください」
私の説得を受けて、ようやくクレアミスが微笑してくる。
「君は、僕なんかにはもったいない奥さんだよ」
「逆ですわ。あなたに相応しい妻になるように、心がけているだけなんですから」
「・・・ありがとう。いまの僕には、ラギアを救う力がない。だから・・・君に任せるよ」
「ええ。お任せください」
憂いが晴れたことで安心したのか、クレアミスが私を見つめてきた。
「ササラ・・・君が妻でよかったよ」
「ああ、あなた・・・」
星空のもと、私たちは抱き合い、熱い抱擁を。
(ラギア。貴女を殺す理由が、増えてしまいました。くふふ・・・)
愛しの彼に抱かれながら、私は暗い笑みを零していた。




