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ただいま悪霊中   作者: 吉樹
第8章 『復讐の行く末』
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第2話 「猫族」

 猫族の集落襲撃から、場所は変わって族長の邸宅。

 邸宅といっても、やや大き目な簡易テント、といっても差し支えない作りではあったけれど。

 やはりというか生活水準が低いのか、家の造りは原始的と言わざる得ない。


 戦闘が終了したことで物々しい音は聞こえてこないものの、突然の凶行を辛うじて免れた獣人たちから、すすり泣く声が聞こえてくる。

 一方では、悪霊に憑依された獣人たちは、無言でその場に座り込むのみ。


「名前を伺ってもよろしいか?」


 威厳に満ちた声で誰何してくる猫族長の横には、私に敵意の眼差しを向けてくる猫少女の姿。


(すっかり嫌われたもんね)


 揶揄いすぎた・・・ドリスたちを背後に控えさせる私は内心で肩をすくめつつ。


「ラギアよ」

「そうか・・・では、ラギア殿。此度のいきなりの襲撃、どういった目的なのか聞きたい。こうして交渉に応じることから、一方的な我等の蹂躙ではないと推測するが」

「まあね。別に、あんたらの虐殺が目的じゃないわよ」

「では・・・どういった目的が?」


 猫族長の目が鋭さを増すけれど、私はこれといって脅威とは感じない。


「突然であんたらには悪いけど、今日をもってこの集落は私がもらうわ」

「ふしゅー! なに勝手なコト言ってんだ!」


 怒りを表現する猫少女の反応は当然ながらも、猫族長は静かに彼女を制す。


「アム、控えなさい」

「にゃ!? でも!」

「今は交渉の場なのです。言うことが聞けないのならば、出て行ってもらいますよ」

「にゃー・・・わかった。おとなしくする」


 母親に叱られたことで意気消沈し、猫耳や尻尾がだらりと力を失い、顔を俯ける猫少女。


「ラギア殿、交渉の最中に、娘が失礼を」

「いや、まあ、別に気にしないけどさ」

「先日、狼族の様子がおかしくなったとの情報があります。もしや、それと何か関係がおありで?」

「んー・・・まあ、関係があるといえばあるだろうけど、勘違いしないでほしいけどさ、むしろこっちは被害者だからね」

「どういうことなので?」


 事情説明を受けて、猫族長は驚きを隠せない様子だった。

 隣にいる猫少女も同様で、目を見開いている。


「まさか・・・我等獣人族は、戦などに参加するような蛮族ではない。なぜそのような・・・」


 信じられないとばかりに呟く猫族長に対して、私は答えを言わない。

 ササラの差し金なのは確実だろうけれど、あのクソ女との関係を説明するのが面倒くさかったのだ。


「とにかく。あんたら獣人族のせいで私は拠点を失ったことに代わりはないのよ」


 私の発言に嘘はない。

 もしあの時、獣人族が攻めてこなければ私にはまだ戦力が温存できており、無表情の女への対応にはトカゲ族長に向かってもらい、ドリスには私の傍にいてもらっていたはずだからだ。

 ササラとの対決の折り、ドリスがいてくれれば結果は違っていたことだろう。


「だからあんたら猫族には、同族がしでかした罪滅ぼしで、私に従ってもらうってわけよ」

「にゃー! そんなの暴論じゃないか! ふしゅー!」

「アム!」

「にゃ!? で、でも・・・っ」


 母親からの睨みによる威圧に屈し、再び猫少女がしゅんとなって押し黙る。


「そちらの事情はわかった。だが、なにゆえこの猫族の集落だったのか?」

「地理的に、この場所が要塞化しやすいからよ」

「・・・なるほど」

「あんたら猫族には、ふたつの選択肢があるわ。従うか、逆らうか」

「・・・逆らった場合は?」

「当然、邪魔だから皆殺しにする」

「・・・っ」


 私の即答に、猫族長が言葉を詰まらさせる。

 猫少女は怒り心頭な様子ながらも、また怒られたくないようで、怒りの眼差しを突き刺して来るのみ。


 ──従わないと皆殺しとか。どんだけ悪逆非道なわけー──


 揶揄してくるレナは、この際無視をする。


「あんたらにとっても、悪い話ばかりじゃないと思うけどね」

「・・・というと?」

「私らの技術で、あんたらの生活水準をあげてあげる」

「・・・なるほど」

「その代わり、この一帯の開拓は手伝ってもらうってわけよ」

「利害の一致、と言いたいわけか」

「ま、そーいうこと」

「・・・我等は、いまの生活でも不都合を感じていないのだが・・・」


 まあ、それはそうだろう。

 猫族長の意見は、もっともである。

 もし不都合があるのならば、生活水準を上げるために、あれこれ試行錯誤しているはずなのだから。


「悪いけどさ、この交渉は公平じゃないんだよね。私の言ってる意味、わかるかな?」

「・・・ああ、それはもう」


 猫族長の返答は、言葉少ない。

 彼女も痛感しているからだ。

 自分たちには、選択肢がないということを。


「我等の住居を焼き払っているとのことだが・・・」

「ああ、それね。安心してよ。ちゃんと、後でもっとしっかりとした住居を用意するからさ」

「・・・我等の居場所も、きちんと用意してくれると?」

「住み慣れたこの場所を離れたいってんなら、話は変わってくるけど?」


 そうなると、情報漏えいは避けたいので、結果的には命を奪うことになってしまう。

 私の言葉の裏に隠れた真意を察しているのか、猫族長は小さくため息を。


「この地は、先祖代々より受け継がれてきた貴き地。我等一族が離れることはありえない」

「ってことは、交渉成立ってことでいいのかな?」

「・・・ラギア殿。我等一族は、貴女に従がおう・・・」


 鎮痛な面持ちながらも、猫族長は私に頭を垂れるのだった。


 ※ ※ ※


 北が切り立った山脈。

 東が鋭い渓谷。

 西が底が見えない大河。

 そして南が魔物が生息する森林。


 辺境といえば辺境であり。

 しかしながら、自然の要害に囲まれるこの地点は、まさに天然の要塞だったのである。


 好意的(?)な猫獣人族の協力のもと、急ピッチで土地開拓が行われる。


 まずは森林や山脈に生息する野良魔物を調伏して配下と成してから。

 山脈から採れる鉱石や森を伐採して材料を集めると共に、開いた土地に新たな建築物を。

 その繰り返しで着実に地盤を固めていき、拠点の守りを強固なものへ。


 猫獣人族の新たな住処やリザードマンの住処も忘れてはいない。

 猫獣人族には従来よりも快適だろう住処を提供し、リザードマンにも大河から水を引いてを沼地を形成。

 もちろん私の新たな邸宅も建築中。


 悪霊、リザードマン、猫獣人が一丸となって総出で作業を敢行しているので、目途がつくのは意外と早いかもしれなかった。


 ──やっぱすごい早いねー。人族だと、こうはいかないもんねー──


 レナからの感想に、掘っ立て小屋の屋根にて胡坐をかいている私も同感だった。


『人族とじゃ、体力が段違いだしね。しかも悪霊は空も飛べるし、作業能率は高いでしょ』


 魔都での経験からすっかり効率を覚えたドリスの指揮のもと、この集落──オルベズは順調に形を成していく。


(魔都オルベズって呼ばれるのも、時間はかからないかもね)


 などと思っていると、私は視線に気が付いた。

 そちらに顔を向けると、そこには顔だけ出して私を注視してくる猫少女の姿が。

 確か、族長の娘の・・・名前は何だったか。


「何か用なわけ?」


 じーっと私を見てくる猫少女は、ゆっくりと口を開いた


「お前、チビのくせにアムより強いのな」

「・・・チビは関係ないんじゃないの?」

「にゃ! 関係ある! アムがチビより弱いなんてありえない!」

「・・・あっそう。でも私のほうが強かったでしょ。あんたは負けた、結果は変わらないわ」

「ふしゅー! お前、卑怯!」

「は? どこがよ」

「あの変な両手、卑怯!」

「・・・ああ、あれね」


 有利を確信していたところに思わぬ攻撃を受けてしまい、思わず使ってしまった”悪霊の手”。


 ──カッコ悪いお姉さんの瞬間だったよねー──


『黙ってなさい、クソガキ』


 揶揄してくるレナを黙らせてから。


「卑怯もクソもないでしょーが。”あれ”は私の能力なんだから、いつ使おうが勝手でしょ」

「でも最初は使ってなかった! お前卑怯! ズルい!」

「・・・あんたさ、戦いの最中に卑怯とか馬鹿でしょ。勝ってなんぼでしょーが、戦いなんて」

「アムもそれ使いたい! 教えろ!」

「はあ・・・?」


 思わず目が点になるとはこのことだろう。


 ──あははっ。面白いね、この子ー──


「あんた、何言ってるわけ?」

「アム、もっと強くなりたい! 強くなってみんなを、母様を守りたい! だからアムは強くならないとダメなんだ!」

「いや、そー言われてもね・・・」

「このとーり! 頼む! 教えろ!」


 ごんっと額を屋根板に叩きつける猫少女に、私は戸惑いを覚えてしまう。


「あれはさ、私にしか使えない能力なのよ。だからあんたには使えないわ」

「そこを何とか!」

「いやいや・・・だからさ」

「頼む!」

「・・・・・・」


 なんなんだこの娘は。

 調子が狂ってしまう

 レナはレナで可笑しそうに笑っているし。


「んー・・・強くなりたいのよね?」

「そうだ!」

「だったら・・・私に調伏されてみる?」

「ちょーぶく?」

「要するに、私の支配下になるってことよ」

「ヤダ!」

「・・・なら、強くなるのは諦めなさい」

「わかった! なら、お前にちょーぶくされる!」

「・・・・・・」


 変わり身の早さに脱帽。

 レナからはさらに爆笑が。


(まあ、使える戦力は多いに越したことないか)


 期たるべくササラとの対決に備え、拠点を構えるだけじゃなく、一騎当千級の戦力も確保しなければならないのだから。


 こうして私は、図らずも”アム”という新戦力を獲得するのであった。



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