第1話 「接収」
爆音が轟き、木とワラで出来ている原始的な民家が爆砕される。
各所からは戦闘音や雄たけびが轟き。
火の手がいたるところから。
穏やかだった日常が崩壊へと向かいつつある場所は、獣人国領にある、猫族の集落。
残存戦力である悪霊とリザードマンを引き連れた私が、いままさに襲撃中なのである。
とはいえ、別に虐殺が目的でもないわけで。
「制圧部隊、決して相手を殺しては駄目ですわよ! 憑依部隊は、すぐに行動を!」
前線にて、ドリスが配下たちへと指示を飛ばしており。
「わかってますよぉ」
「半殺しで勘弁してるって!」
取り巻きたちが率いる制圧部隊が獣人たちを負傷させていき、すかさず憑依部隊が憑りつき、生かしたままで獣人たちを捕虜の身に。
そして期を見て、ドリスたちが攻撃魔法にて家々を破壊。
造りが脆いのでそのままの運用は難しいので、壊して新たに強固なものを造るための手間省きである。
「ああ・・・っ、我が家が!」
「戦えない者は避難させろ!」
「なぜ悪霊に交じってリザードマンが・・・っ」
私たちの突然の襲撃に対応し切れていないようで、動揺と困惑の色を見せる獣人たち。
「我等ガ生きル為! 悪ク思うナ!」
トカゲ族長も雄々しく獣人たちと刃を交えており、彼に率いられるトカゲたちも雄たけびを上げて交戦しているも、ちゃんとこちらの命令通り、相手を殺してはいない。
トカゲ族で戦う力がない女子供や老人は、近くの河川にて待機中。
この集落を制圧後は、ちゃんと迎え入れる予定である。
──うっひゃー! 極悪非道だねーっ──
一方的な蹂躙劇を前に、レナはどこか楽しそうに声が明るい。
同化した私の影響なんだろうけれど・・・
思わず母親であるササラを彷彿とさせるというものである。
──ってかさ、お姉さん。なんで生かしたままで捕らえてるのさ?──
戦闘には参加しないで高見の見物を決め込んでいる私は、少し意地悪く。
『なによ、あんた。虐殺現場でも見たかったってわけ? 血に飢えてんの?』
──ぶうーっ、そういう意味じゃないってば! お姉さんのそういう所、わたし嫌いだなー──
『はいはい、悪かったわよ』
頬を膨らませる姿が容易にわかる声に、私は肩をすくめる。
『今後の展開に備えてよ』
──今後の展開?──
『この地の大々的な開拓をしないといけないじゃない。だから、労働力がほしいのよ』
──奴隷の確保ってわけだね!──
『んー・・・もうちょい、表現が何とかならんかね』
私は、冷酷無比なササラとは違うのだ。
欲しいのは奴隷じゃなく、労働力。
この集落を制圧後は、代表者とちゃんと交渉するつもりなのだ。
まあ、脅す形になるだろうけれど、そこは了承してもらいたいものである。
少なくともこちらに従うのならば、命までは取らないのだから。
抵抗を示す獣人たちなれど、ドリスの調査通り戦闘力が極端に高い者はいないようで、次々とこちらの虜囚となっていく。
(あのクソ女なら・・・哄笑してそうね)
さすがに私は、そこまで悪趣味じゃないけれど。
と、そんな中、私の目の前に現れる人物がいた。
「なんなんだお前たちは! いきなり現れて!」
赤茶髪が印象的な、猫獣人の少女。
狼族とは違い、どちらかといえば人族に獣耳と尻尾が生えたような容姿。
爪が鋭く伸ばされていることから、他の猫獣人と同じく、その爪が武器なのだろう。
爪があるものの、愛らしいといえば愛らしく。
しかし・・・その双眸には怒りが込められており。
小首をかしげる私を、睨んでくるのだった。
※ ※ ※
「・・・なんで私に言ってくるわけ?」
周囲では悪霊たちが暴れ回っているというのに、この猫少女が私に目をつけていたことに、不思議に思ってしまう。
配下たちに指示を飛ばしているドリスの方が、親玉感が満載なはずなのにだ。
猫少女は威嚇で尻尾をピンと張らせながら、私への視線は決してそらさずに、じりじりと距離を詰めてくる。
「お前だけが動いてない。不自然。だからお前が群れのリーダーだと判断した!」
「へぇ・・・」
生活水準から察して知能は低いと思っていたけれど、なかなかどうして。
──わーお。この子、頭いいねー!──
「ラギア様!?」
異変に気付いたドリスがこちらに来ようとするけれど、私は片手を上げて制する。
「私がやるから、あんたは集落の制圧を優先してちょうだい」
「わかりましたわ」
私が勝利することを確信しているからか、素直に応じたドリスは指示通りの行動へ。
「ふしゅー! アムを無視するなー!」
「いやいや。してないから」
怒り心頭の猫少女に、私は苦笑い。
「いいわよ、相手になってあげる。さあ、きなさい」
「ふしゅー・・・舐めるなァ!」
吼えた猫少女が飛び掛かってくる。
真正面からの爪の連打。
それを受けきるは、抜刀した小剣。
何度もぶつかり合う爪と白刃の攻防は、一見すると一進一退。
(へぇ・・・けっこういい線してるじゃないの)
猫少女の攻撃はなかなかに早く、それなりの重たさもあった。
けれども、私が脅威に感じるほどではなく。
だから私は、”悪霊の手”を発動させないで、小剣と体捌きのみで相対。
「ふしゅー! なんで攻撃が当たらないー!」
「私が強いからに決まってるでしょ?」
「ふしゅー! アムのが強いんだー!」
爪の連撃に加えて蹴りなども交えてくるけれど。
これまで何度も修羅場を潜ってきている私にとっては、物足りないとしか言えず。
のらりくらりと回避して、小剣で爪を受け流す。
「ふしゅー! なんで反撃してこないんだ!」
「遊んでるからに決まってるじゃないの」
「ふしゅー! 馬鹿にしてー!」
コケにされたことに顔を真っ赤にして、私へと間断のない攻撃を繰り出して来る。
しかしながら、私に傷ひとつつけられない。
「ほらほら。もう一歩踏み込んでこないと。攻撃があたんないわよ?」
「ふしゅー! うるさい!」
──うっわ、出たよ。お姉さんの悪い所。ママのこと、言えないじゃんー──
『失礼な。私はこの子を鍛えてあげてるだけよ?』
戦闘力の差から、余裕という名の油断をしていた私は、反応が遅れてしまう。
「にゃああああああああああああああああああああああ!」
全身の毛が逆立った猫少女の毛並みが、一瞬でピンク色へと変貌。
動きが先ほどまでの比ではなく。
一瞬だけ姿を見失ったかと思えば私の眼前に現れており、爪が繰り出されてきていた。
「な──ちいっ!」
咄嗟に盾にした小剣は簡単に弾かれてしまい、そこへ目にもとまらぬ追撃の爪が。
反射的に”悪霊の手”を伸ばし、猫少女の渾身の一撃を受け止める。
威力は先ほどまでの比ではなく、重たさが何倍にもなっていた。
「にゃ・・・!? なんだそれは!?」
「調子に乗りすぎよ!」
「にゃ・・・っ」
そのまま”悪霊の手”の両手で猫少女を掴んで宙へと。
「にゃー! はーなーせー! ふしゅー!」
ジタバタ暴れるけれど、色が戻っている猫少女は拘束を解けない様子。
私は嘆息ひとつ。
「ったく・・・」
──お姉さんー。言い忘れてたけどさ、獣人族って族長の血筋だと、一時だけすんごくパワーアップする能力あるみたいだよー──
本からの知識なのか、レナが淡々とした口調で言ってくる。
そういう特異な力があるからこそ、獣人族は族長の命令が絶対的なところがあるらしい。
『そういうことは早く言いなさいよ』
──余裕ぶっこいておいて・・・カッコわるー──
『・・・煩いわね』
捉えたこの猫少女をどうするか。
さっきのパワーアップは、族長の血筋だけらしいけれど。
ということは・・・
(もしかして、この子って・・・)
処遇を考えていると、再び私の前に、現れる人物がいた。
「娘を解放しては頂けませんか?」
いま捕らえている猫少女の面影がありながらも、大人の色香を兼ね備えている猫獣人。
その背後には、屈強な猫男獣人が周囲に警戒を飛ばしており。
私は猫少女を捕らえたままで、胡乱げな目をその女獣人へと向ける。
「何者よ、あんた」
娘という発言から、予測はついているけれど・・・
「この集落を束ねる族長です。貴女と交渉がしたい」
猫族の族長は、真っ直ぐな瞳で私を見据えてくるのだった。




