第6話 「王都パテント」
パルテント王国、王都パテント。
城壁に囲まれた王城を中心に、円形状に広がる大きな大都市だった。
さすがに首都だけあり、街並みは先ほどまでいた町とは比べようもなく。
華やかさ、賑やかさは、恐らくというか間違いなく、この国一番だろう。
魔王という脅威がなくなったために、この国は平穏な日常を送っている様子。
それでも魔族や魔物といった脅威がなくなることはないものの。
首都全体を覆う分厚い外壁が、外敵の侵入を許さないのである。
「・・・・・・」
空中に浮遊している私は、外壁上の空間にそっと手を伸ばす──
ばちっと音が鳴り、一瞬だけ光が明滅する。
「──まあ、だよね」
街全体は、あらゆる外敵を防いでいるようで、結界も張られているようだった。
薄い光の膜が、王都全体を覆っているのが見て取れる。
「さて・・・どうやって侵入したもんかなぁ」
あくまでも侵入を防ぐためのものであって、侵入さえできればこっちのものなのだ。
・・・そのはず。
とはいえ、その侵入自体ができないようになっているんだけれど・・・
王都の出入り口である正門も厳重らしく、変身魔法を無効化する結界も張られており、出入りする人々は厳しいチェックを受けている模様。
同伴する動物すら厳重なチェックを行う徹底ぶり。
そのために、出入り口前の正門では、大勢の行列ができていた。
まさに鉄壁の要塞。
一匹だろうが魔物が侵入することなんて不可能。
たとえ憑依ができる上級悪霊だとしても、侵入は困難と思われる。
・・・あくまでも、ほかの上級悪霊だったら、の話だけれど。
私は輪廻転生の影響からか、普通の上級悪霊じゃないのである。
この事実は大事なことなので、声高らかに自慢してもいいかもしれない。
(まあ、こんなところで大声出すような馬鹿じゃないけどね)
私の大声は超音波を帯びているので、うかつに大声は上げられないのだ。
「・・・気は進まないけど、仕方ないよね。あとは・・・結界がどこまで精密か」
覚悟を決めた私は、ひとりの男の肩先に止まっている”ハエ”に、憑依する。
基本的に憑依は、意識ある生物にしかできない。
詳しい原理とかは・・・頭の悪い私に理解できるはずもなく。
とにかく、他の上級悪霊では、出来ないことなのだ。
でも私は、虫けらとしての生も経験しているからか、虫にさえ憑依できるのである!
・・・虫としての生涯はあっさりと終わったわけだけれど。
ほとんどが刹那的な生涯だったので"私"自身にはそれほど影響はないけれど、それでも衝撃的な生涯であったことに違いはなく。
思い出すと気が狂いそうになるので、これ以上は思い出したくない過去である。
(・・・というか、もうすでに私は狂ってるのかもしれないけどね)
考えたら負けである。
いまの私は、とにかくあいつらに復讐する。
それだけなのだから。
──やがて。
ハエに憑依した私がひっついている男が、検問に差し掛かる。
ドキドキの瞬間である。
淡い光が男の全身を包み込む──
何も異変を感知されなかったことで、男は検査から解放される。
そのことで、私もようやく王都内へと。
どうやらこの結界、虫にまでは効果を及ぼさないらしい。
まあそもそもが、虫のような極小の魔物が存在しないから、なのかもしれない。
虫に憑依できるのも私だけなのだから、結界の職務怠慢とは言えないだろう。
「んー・・・吐きそう・・・」
ハエからさっさと離脱した私は、空高々に飛翔。
体全体で大きく伸びをして、大きな深呼吸。
生物であるとはいっても、やはり虫に憑依するのは精神的に苦痛なのだ。
窮屈だし、気持ち悪いし・・・正常な精神だったなら発狂しているかもしれない。
(・・・正常な精神・・・ね)
思わず自嘲。
まあ、いまさら気にしても仕方ない。
私は状況を把握しようと、街並みを見回してみる。
体は少し重くなっているものの、やはり結界は侵入だけを防ぐもののようで、こうして中に入ってしまえばそれほどの影響はない様子だった。
「この王都のどっかに、あいつらが・・・」
憎むべき敵。
かつては仲間だった勇者と女魔術師。
私を捨てた男と殺した女。
あいつらのいまの幸せな生活は、私の不幸の上に成り立っている。
逆恨みと言われようが、知ったことじゃない。
いまの私は復讐するためだけに、この場にいるのだから。
「必ずぶっ壊してやる・・・っ」
私は決意新たに、拳を握りしめていた。
※ ※ ※
標的はすぐに見つかった。
貴族街の一角に、豪華な邸宅を構えている様子。
10年の月日にも関わらず、老いの気配がないふたり。
クレアミスは、勇者としての能力が関係しているのかもしれない。
しかしササラのほうは、なぜ老いていないのかわからない。
まあこの女のこと、よからぬ魔術を使って若さを保っていてもおかしくはない。
そして・・・そのふたりの娘だろう、可愛らしい女の子。
微笑ましい家族の光景が、私の感情を逆なでにしてくる。
本当なら、もしかしたら私が手に入れていたであろう幸せ。
そしてもう、二度と手に入れることのできない幸せでもある。
許すことはできないし、許す気もない。
私を殺したクソ女もそうだし、そもそもが私を捨てたあの男が原因なのだ。
ただし問題となってくるのは、どうやって復讐するか、だ。
ただ殺すだけでは、私の気は収まらない。
殺してしまったら、そこであいつらの苦痛は終わってしまうのだから。
あいつらに関して調査をしてみると、すごく腹立たしい結果だった。
すごく評判がいいのだ。
愛妻家であり、良き父でもある元勇者のクレアミス・ロイド。
人当たりがよく、ママ友たちからも信頼が厚い元魔術師のササラ・ロイド。
神童とさえ称される娘のレナ・ロイド。
まさに、絵にかいたような理想の家族。
クレアミスは貴族の称号を得ながらも、街を守る騎士団に所属しているらしく。
ササラもママ共たちを集めて、優雅な午後のひと時を満喫する日々。
社会的にも成功を収めているこの一家に、激しい怒りと嫉妬を覚えてしまう。
あいつらに憑りついて、街で暴れ回って社会的に抹殺してやろうか。
どん底へと叩き落してから、ゆっくりと時間をかけて殺す。
そうと決めると、私は早速行動を開始する。
しかし・・・
「あうちっ」
私は、元勇者と元魔術師に触れることすらできなかった。
抵抗力が高すぎるのだ、このふたりは。
(なんてこった・・・予想はしてたけど、ここまで抵抗力が高いなんて・・・)
上級悪霊となり、なおかつ普通の悪霊じゃない私なら、その抵抗力も突破して憑依できるかもしれない、そう思っていたのだけれど・・・
私の考えは、甘かったようである。
(諦めないよ、私は。必ずお前らを・・・不幸にしてやる!!)
どうやら、作戦を考え直す必要があるらしい。
思案を巡らせる一方で、私の視線は、あいつらの一人娘を捉えていた。
あの憎きふたりの愛娘・・・レナ・ロイド。




