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ただいま悪霊中   作者: 吉樹
第7章 『魔都攻防』
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第4話 「和解」

「う・・・っ?」


 南門へと向かうべく、馬を走らせていた時だった。

 私は急激な眩暈に襲われてしまい、思わず落馬しそうになってしまう。

 それでもどうにか落馬を回避した私は、一旦馬を止めることに。


 その場の通りは閑散としており、私以外の人物はいないものの、風に乗って様々な戦闘音が聞こえてきている。


  なので、こんなところで足止めを喰らっている場合ではないのだが・・・


「なんですの・・・? いったい・・・」


 不意の体調不良に眉根を寄せると、”内側”にて動く気配を感じ取った。


「・・・まさか」


 完全に意識を奪い、いまは赤子のように眠っているはずの存在・・・

 私は両目を閉じて、意識を内側へと向ける──



 やがて見えてくる光景は、小雨が降っている平原。



 衣服が濡れることに嫌悪感を抱きながらも、私の視線はこの場に佇む人物へと向けられていた。

 この身体の本来の持ち主・・・魔法で弄られていない本来の姿の青年。

 名前は確か・・・ミスア、だっただろうか。


「驚きましたわね。まさか、自力で目覚めるなど」


 言いつつも、私は魔力を練り上げていく。


「自力・・・というような感じじゃないと思います。よくわからないですけどね」


 青年は、自身の身体を確認するように握りしめた拳を見つめ。

 その姿からは、嘘を言っているようには見えない。


「あら、そうですの」


 ちらりと脳裏を過るは、ジャラオにて元魔王と交戦していた時の出来事。

 もしかすると、あれがきっかけとなった可能性も・・・とはいえ。


「まあ、どうでもいいですわ、理由など」


 目覚めたというのならば、また再び、強制的に眠らせるだけのことである。


 もっと時間に猶予のあるタイミングでしてほしかったと思うが・・・こちらの都合など知ったことじゃないのだろう。


 臨戦態勢となる私に対して、しかし意外なことに、青年からは何の敵意も感じられなかった。


「待ってください。私は貴女に、話があるんです」

「・・・話、ですの?」


 予想外の態度に多少の当惑を感じつつも、警戒を緩めないままで私は応じる。


「この身体を返せという話ならば、無駄ですわよ? この身体はすでに私のものなのですから」

「・・・はは。できれば返してほしいけど、話はそれじゃないんです」


 憔悴した様子で苦笑い。


「確かに私は、貴女の影響でずっと眠らされていました。だけど・・・周囲での出来事は感じていたんです」

「・・・何が仰りたいのです?」

「私は・・・ロイド夫人に騙されていたんですね」


 揺れる瞳には、自身の愚鈍さを後悔する光が宿っていた。

 そんな青年を前に、私はことさら侮蔑するような微笑。


「貴方の記憶は視させて頂きましたわ。まったく・・・愚か、としか言えないですわねぇ。愚劣でいて下劣。簡単に篭絡されたあげく、ラギア様に敵対するなど愚の骨頂ですわ」

「・・・返す言葉も、ないです」

「それでなんですの? 周囲の出来事がわかっているのでしたら、いま私が急いでいることはわかっていると思うのですが?」


 苛立ちがこみ上げてくる。

 愚鈍な青年の懺悔を聞いている時間はないのだから。


「理由はわからないですが、こうして目覚めた以上、私はもっと世界を知りたいんです」

「・・・仰っている意味がわからないのですけれど?」

「私は無知でした。私が知っている世界は狭かった。知らなかった世界は広かった。だから・・・私はもっと世界を知りたい、この目で視てみたい」

「回りくどいですわね。結局貴方は、何が仰りたいのです?」


 じれったい物言いに私が苛立ちながら問うと、青年は真っすぐな視線で私を見つめてきた。


「私は貴女の邪魔をしないし、この身体も自由に使ってくれていいです。その代わり、私をこのままにしていてほしいんです」

「・・・本気で仰っていますの?」

「簡単に情欲に溺れて暴走した罪による贖罪・・・といえば聞こえはいいですが」


 自嘲の笑みを見せてから。


「今回の件で、無知は罪だと知りました。ミスア・ミノンとしてでは、知ることができる世界には限度があるんです。だから私は、貴女の目を通して、知らなかった世界を知りたいんです」


 真摯な眼差しを受けても、正直私は当惑を隠せなかった。


「貴方の言葉を信じろと? なんの確証があって、嘘ではないと信じることができますの?」

「貴女の疑念ももっともですね。・・・これでも私は、神殿に身を置く身です」

「情欲に溺れましたけれどね」

「・・・ですね。ですが、神に仕える身であることに代わりはありません。ですから・・・神に誓って、私は嘘を言いません。それを証明する手段はありませんが、信じてくださいとしか・・・」


 私は思案する。

 後の憂いを絶つという意味では、やはり身体の持ち主であるこの青年は、眠らせた方がいいだろう。

 しかしその行動にでれば、当然ながら青年は抵抗するだろう。

 私がこの身体を乗っ取れたのは、青年が気絶している時であり。

 こうして正面からやり合うと、私が負けるとは思えないが、時間はかかってしまうだろう。


(いまは、悠長に時間をかけている場合ではないのですけれど)


 神に仕える者が、神に誓うと言っているのだ。

 ならば、とりあえずの信用性はあると判断してもいいかもしれない。

 彼の記憶を覗き見た結果として、彼が神の名を出した以上、嘘は言えないと知っているというのもある。


「貴方をこのままにすると、もしかして私は、神聖魔法を扱えるようになりますの?」

「それはさすがに・・・」


 困ったように顔を曇らせる青年。

 まあ、私としてもダメもとでの質問だったので、気にするようなことでもなく。


「まあいいですわ。邪魔をしないのであれば、私の目を通して、その知りたい世界とやらを存分に視るといいですわ」

「ありがとう」

「・・・っ」


 満面の笑みの青年が、とても眩しく見えてしまい。


 気づけば、小雨がやんでおり、暖かな陽光が地上を照らし出していた。


 ※ ※ ※


 身体の持ち主との和解を経て、いま私は、人形女と戦闘を展開していた。


 本来の持ち主が身体の所有権を全面的に譲渡したことによる影響なのか、いままで以上に身体が軽く、魔力も向上したような感覚も。

 これで神聖魔法も扱えるようになれればよかったのだが・・・ない物ねだりをしても仕方がない。


「く・・・っ」


 人形女との斬撃の応酬。

 お互いに致命傷は避けているものの、互いの身体のいたるところから出血が。

 剣技は、悔しいが人形女のほうがやや上といったところだろうか。

 劣る剣技の分、私には雷魔法があり、それで補いながらの近接戦闘が、繰り広げられる。


 同化したラギア様と違い、あくまでも憑依している私には身体が負った痛みを感じることはないが、それでも肉体が感じる痛みによる影響なのか、傷を負えば負うだけ、動きに精細さが欠かれていく。 


 それにしても・・・


(以前とは、動きが違いますわね・・・っ)


 こちらの戦闘力が向上したことに対して、人形女の戦闘力も上がっていることに、私は歯噛みする。

 それとも、いまの動きのほうが、本来の人形女の戦闘力なのかもしれない。

 さすがは、ラギア様の腕を切り飛ばしただけはある、ということだろう。


 ジャラオでの戦闘とは違い、回避したと思った切っ先が、さらに伸びてくるのだ。


 踏み込みがこちらの予測以上であり、以前と違う柔軟性のある攻撃が、私を苦しめてくる。

 牽制や迎撃で放つ雷撃も、軽快な身のこなしで躱され、あるいは白刃で吹き散らされ。

 苦戦する私の一方では、地上の戦況も思わしいとは言えない模様。

 自爆が前提の敵兵の前に、見る見るうちに魔物の数が減っていく。


「自爆とは・・・ナンセンスですわね」

「・・・お前には関係ない」

「もしかして貴女も爆弾を抱えているのですの?」

「・・・私は。そこまでの使い捨てじゃない」


 淡々とした口調でそう答えてくるものの、その瞳が僅かに揺れたことを見逃さない。


(こちらにはこちらの、あちらにはあちらの、事情があるということですか)


 だからといって、私がこの人形女に温情をかける理由にはならない。

 早々にこの人形女を打ち倒し、ラギア様のもとに戻らなければならないのだからだ。


「いずれにしても。私と貴女は敵同士。邪魔な敵を倒すのに、難しい理由なんていりませんわ」

「・・・勝つのは私だ」

「人形がほざかないでくださいます?」

「・・・胸だけが取り柄の女が」


 睨み合い・・・そして。


 人形女が先にしかけてきたので、私は応戦する──



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