第1話 「想定以上」
哨戒部隊からの報告により、魔都に緊張感が走る。
ついに、この魔都へと進軍中の魔族軍を確認したのである。
もはや言うまでもなく、ササラ陣営のものだろう。
「ついに来たってわけね」
──来ちゃったんだね・・・ママ──
ようやくかといった感じの私と違い、レナの声からは戸惑いが。
『何よ、あんた。いまさらビビってるの?』
──そういうわけじゃないけどさー・・・これから戦いが始まるのかなぁって思うとちょっと──
『繊細ねぇ。もういまさらじゃないの』
──わたしはお姉さんと違って、ガサツじゃないからだよー──
『はいはい、悪かったわね、ガサツで』
ぷうっと頬を膨らませているだろうとわかるレナにぞんざいに答えてから、控える副官へと。
「ドリス、すぐに交戦準備を」
「心得ましたわ」
ドリスが退出しようとすると、その場に別の悪霊が飛び込んできた。
「報告します! 敵影を確認したと哨戒隊から──」
「え? その報告はもう受けてるはずだけど?」
「そうですわね。魔族軍が進軍中との報は、すでに受けておりますわよ」
同じ反応をする私とドリスに対し、その悪霊は焦慮を浮かべた顔のままで。
「人族側からの進軍です!」
「な・・・っ、人族っ?」
「それは、確かな情報なのですの?」
驚くだけの私と違い、ドリスは驚きつつも冷静に問い返しており、その悪霊は大きな動作で頷く。
「は、はい! かなり大規模な軍勢とのことです・・・!」
「まじかー・・・」
私は、思わず言葉を無くす。
いつかは進軍してくるとは思っていたけれど、それは魔族軍だけと想定していたからだ。
この同時期のタイミング・・・ただの偶然ではないだろう。
「まさか、人族の軍まで動かしてくるとはね・・・」
東からは魔族が、西からは人族が。
まさに挟撃である。
あのクソ女が、時間をかけて準備しただけはある・・・ということだろうか。
「ラギア様。向こうの戦力が、こちらが想定していた倍以上になってしまいましたが・・・」
さしものドリスもこの展開は完全に想定外のようで、動揺を隠せない様子。
──お姉さんっ、どうしよう・・・っ──
レナも動転しているようで、声からも右往左往している様子が感じ取れる。
そんな彼女たちを前に、私はひとつ大きな深呼吸。
私は決して慌てない。
伊達に生前、様々な修羅場は潜ってきてはいないのだ。
「いまさら敵の戦力が増えようが、私たちのやることは変わらないわ。この魔都で迎え撃ち、返り討ちにするだけ。ドリス、作戦に変更はなしよ。すぐに交戦準備を」
「わ、わかりましたわ!」
珍しく顔色を変えながらもすぐに頷き、ドリスはその場を後にする。
──なんか、お姉さんってすごい人なんだね・・・──
『ん? なによ、急に』
──だってさー、わたしたちがこんなに慌てふためいてるのに、ぜんぜん動揺してないんだもん──
『馬鹿ね。私だって驚いてるっての。でももう、やるしかないでしょ』
土壇場での開き直り。
これが、私と彼女たちの差なのだろう。
要は、場数が違うのである。
レナは元より、ドリスだって生前は、戦いに身を置いていたわけではなく。
生前から戦いに身を置いてきた元騎士の私とでは、経験値が違うのだ。
想定外など、戦いの中では日常茶飯事だったのだから。
(ササラ・・・あんたがどんな手を使ってこようが・・・)
今度こそ勝つのは私であり。
喉を掻っ切られて死ぬのは、あの女。
いまでも夢に見てしまう悪夢。
生前の私の最期・・・
でも今度は、その光景が逆転するのだ。
なにせここは、私のホームグランドなのだから。
※ ※ ※
魔都ダーリンが、戦禍に呑み込まれる。
東西から敵軍が押し寄せ。
一気呵成に侵攻。
数において圧倒的に不利となってしまった私たちは、下手に打って出ることはしないで、守りに徹して敵軍の数を減らすことに専念するという堅守の陣容。
閉じられた門前には、いつ門を突破されてもいいように物理魔物の部隊を控えさえ、外壁上に陣取る悪霊部隊から、地上への敵兵へと遠距離攻撃の雨を。
──始まっちゃったね・・・──
作戦指令室と化しているリビングにて、オーブ越しで戦況を見ているレナが、小さく呟いてくる。
『数でこそ向こうが上だけど、質ではこっちが上なんだから、そうそう負けはしないわよ』
ここで思いのほか役に立ったのが、新しく配下に加わったリザードマンである。
地中を掘り進めるのが得意なこともあり、外壁沿いに堀を造っていたのだ。
短期間で作り上げたにも拘わらず、落ちたらタダでは済まないほどに、底が深く。
押し寄せる敵兵は、そう簡単に外壁にとりつくことが出来ない模様。
その結果として、堀に掛けられている橋に敵兵が押し寄せ、門前はまさに激戦と化していた。
刻一刻と変わりゆく戦況につぶさにドリスが指示を出している一方では、私は別のオーブへと目を向けていた。
南北の門である。
激戦となっている東西の門と比べ、なぜか南北門への攻撃はまったくなかったのだ。
──どーいうことだろ?──
『・・・たぶん、魔族と人族のよけいな衝突を避けるためじゃない?』
人と魔の軍勢を動かすことができたとしても、さすがに一兵卒に至るまで指示を徹底することはできない、といったところだろうか。
人と魔の軋轢は蓄積されているので、剣が届く位置にいるのならば、すぐに激突することだろう。
とはいえ、ここまであからさまにされると、逆にすがすがしいとさえ思ってしまう。
(この魔都を攻める一方で、魔族と人族がつぶし合ってくれればって思ってたけど・・・)
現実はそう甘くないらしい。
まあそもそもが、あのしたたかなササラが、そんな無駄なことをさせるはずがないのだ。
何らかの方法を使って、指揮系統を完全に掌握しているのだろう。
「ラギア様。こちらの戦力に限りがある以上、いつまでも南北門で戦力を遊ばせておくわけにはまいりませんわ。最低限の戦力だけを残し、東西門の援軍に向かわせてもよろしいでしょうか?」
「任せる」
副官の素早い状況判断に異を唱える必要もないので、私は即答。
ドリスの指示のもと、陣容を変える魔物陣営。
──いいの? 南北の守りを手薄にしちゃって──
『大規模には来ないでしょ』
仮に来たとしても、人と魔の無用な衝突を避けるためにも小規模だろうし、それならば、その場に置いている戦力だけで対応できるだろうと判断。
『それより、レナ。あの女──ササラは、この場にいるの?』
──・・・うん。魔族側のほうに、いるみたいだよ──
『あの女の気配には、常に警戒を払っておいてよ』
──わかってるよ、そんなこと言われなくてもさ──
敵の数が多かろうが、そんなことは別に気にする必要はなく。
私が本当に警戒しなければならないのは、本当の敵は、やはりあの女なのだ。
(いつ動いてくるのかね? ササラ)
そしてちらりと、意識を真下──地下牢へと向ける。
拘束しているクレアミスへと。
地下にいるとはいえ、戦闘の気配は伝わっているはずであり。
いまごろ、どんな表情を浮かべ、どんな感情を抱いていることだろう。
(・・・結局私は、あの男をどうしたいんだろう・・・)
殺したいのか、手に入れたいのか。
いずれにしても、いますぐ答えが出るような問題じゃないのは確か。
(あの女を始末した後にでも、ゆっくり考えるかね)
私にとっての最大の障害であるササラさえ消してしまえば、時間はいくらでもあるのだから。




