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ただいま悪霊中   作者: 吉樹
第6章 『勇者強奪』
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第9話 「抵抗の理由」

「えー・・・まじかぁ」


 ドリスからの報告を聞いて、私はげんなりしてしまう。

 地下牢に投獄しているクレアミスが、こちらが提供する食事に手を付けていないというのだ。


「ですがご安心ください。残された食事は、残飯として魔物の餌として有効活用しておりますので、廃棄したとしても無駄になることはありませんわ」

「ああ、そう」


 ──何も食べないのは心配だよ。パパ、身体壊さないかな・・・──


 レナは純粋にクレアミスの心配をしてくるも、私は同意しかねてしまう。


『めんどくさい男よねぇ・・・』


 大方、こちらの施しは受けたくないといった、なけなしの抵抗なんだろう。


(そんなことしたって、無駄だってのに・・・)


 自分が苦しい思いをするだけであり、何の意味もないのだから。


 ──でも、お姉さん。パパが餓死しちゃったら、大変だよ──


(ほんとに、めんどくさい奴・・・)


 どこまでも愚直な男。

 ただのバカじゃんと嘲られない自分がいるのは・・・レナの影響だろう。


 ちなみに。

 地下牢に拘束してから今日まで、あの一度しかクレアミスには会っていなかったりする。


 レナとの同化の影響もあってから、私の中には複雑な感情が渦巻いており。

 いまの立場が私のほうが上ということから、これ以上クレアミスと接すると、何をしでかすかわからなかったからである。


 思わず感情に任せて殺してしまうか、あるいは・・・


 私の中では、いまでもクレアミスを許せない気持ちもくすぶっているので、私自身、どうしていいかわからないという部分もあったりする。


 殺したいけど殺したくない。

 抱き着きたいけど抱き着きたくない。


 だからできれば、あまり会いたくはないんだけれど・・・


(もう一度、あいつと話をする必要があるってことか)


 なんとも気が進まない。

 でも、会って話がしたいという感情もあり。


(ほんと、マジで面倒くさいわ)


 ササラとの対決が控えているというのに、クレアミスの無駄な抵抗に辟易するのだった。


 ※ ※ ※


「どういうつもりよ、あんた」


 格子越しにて、囚われの元勇者を睨み付ける。

 クレアミスは憔悴した様子ながらも、まっすぐな瞳で私を見てきた。


「あれから一度も姿を見せてくれないから、こうでもしないと、君とまた話をすることができないと思ったんだ」

「・・・馬鹿なの、あんた」

「僕は頭がいい方じゃないからね。これしか、思い浮かばなかったんだ」


 完全に馬鹿にできないのは、結局はこうして、こいつの思い通りになったからだろうか。


「・・・勘違いしないでよね。人質に無駄に死なれたら困るってだけよ」


 言い訳まがいのことを口走ってから。


「んで。なにさ、また私と話がしたかったってわけ?」

「僕は、ずっと考えてたんだ。どうして君が、こんな風になってしまったのか」

「前に言ったでしょーが。あんたがあの時、私を切り捨てたからだって」

「それが誤解なんだ。僕は、そんなつもりで言ったつもりじゃないんだ」


 訴える様なクレアミスの瞳から、私は自分から視線を逸らす。


「あんたがどんな気持ちで言ったんだろうが、結果が全てなのよ。私は、あんたのせいで死んだ。それだけよ。それ以上でも以下でもない」

「ラギア! 僕の話をちゃんと聞いてくれ!」

「五月蠅い!」


 聞きたくないとばかりに、私はクレアミスの言葉をことさら無視をする。

 もしここで、この男の言葉を聞いてしまったら、いまの私はあまりにも哀れすぎる・・・


 ──お姉さん、もしかしてパパが言おうとしていること・・・──


『それ以上言ったら、あんたでも許さないからね』


 認めるわけにはいかない。

 今更聞くわけにはいかない。

 いまの私を否定することになるのだから。


 すべては、元凶たるクレアミスが悪い。


 その一言に尽きる。

 尽きなくてはならないのだ。


『・・・おいこら、クソガキ』


 私は忌々し気に、小賢しい小娘に意識を向ける。


『なに、ドサクサに紛れて侵食の手を伸ばしてきてるのよ』


 ──えへ。なんかいまのお姉さん、弱ってるっぽかったから、ついやっちゃた──


 油断も隙もありゃしない。


「クレアミス、あんたの目論みはわかった。だからこれ以降食べないとしても、もう私の知るところじゃないからね。無駄なことはもう止めることね」


 言い捨てて、その場を後にしようとする私へと、クレアミスが叫んでくる。


「待ってくれ、ラギア! もっとちゃんと、僕と話を──」

「おびき寄せたササラを殺した後になら、ゆっくり話し相手になってあげるわよ」

「っ・・・それは・・・」


 今度こそ言い捨てて、私はその場を後にする。


 地下牢と地上を繋ぐ階段を歩く最中、立ち止まった私は壁に思い切り拳を叩きつけていた。


「あーくそ! 胸糞悪い・・っ」


 苛立ちが収まらない。


 あくまでも私は被害者であり。

 クレアミスは加害者でなければならないのだ。

 

 それなのに、いまさらその前提を覆されるなど・・・あってはならない。


 あってはならないのだ、絶対に。

 何が何でも。

 認めるわけにはいかない。


「くそくそくそくそ・・・!」


 壁を殴りつける拳が痛みを伝えてくるけれど、私の憤激は収まらず。


 ──お姉さんってさ、可哀想な人だったりする?──


『煩いわね、クソガキ。いま、あんたと話したい気分じゃないのよ。黙ってなさい』


 ──こわっ。八つ当たりとか、かっこわるー──


 などと言い捨てて、レナは押し黙る。


 八つ当たり・・・まさにその通りなので、私はさらにイラつかされる。


(なんなのよ、クソが・・・)


 今回の勇者拉致という作戦自体は成功したけれど。

 ある意味では、失敗だったかもしれない。

 悪霊たる私の存在意義を揺るがすのだから。


 ササラへの意趣返しという意味合いもあったのだけども・・・


(あいつがどういう気持ちであの発言をしたのかなんて、いまさら関係ない)


 結果が全てであり。

 その結果により、私は死んで、悪霊に。



 すべては、あの男が悪い。



 だからこそ。

 いまの私が、あるのだから。


 ※ ※ ※


「へぇ・・・早いもんねぇ」


 ──こんな簡単に街中に沼が出来ちゃうんだね~──


 屋根の上から眼下に広がる光景に、私とレナは感嘆を隠しきれなかった。


 ただの池だったはずなのだが、リザードマンが主体となって改造工事を行った結果、あっという間に底が見えない沼地へと変貌していたのだ。


 沼地の底が見えないのは、主にトカゲ族の住居が、沼の中に作られるためである。

 穴を掘った地中が壁となり天井となり、湿気に満ちた空間こそが、爬虫類である彼らの心地の良い住処なのだ。


「ドリス。沼の中はどうなってるかもう調べてるんでしょうね?」

「ええ、もちろんですわ。透明化した者にて、すでに調査済みですわ」


 私が指示を出す前にすでに行動していた副官の手腕に脱帽しつつも、眼下の沼地に目をやりながら。


「んで、結果は? 地中を掘り進めて、地下でどっかと繋がってるとかなかった?」

「いえ、まったくございませんでした。本当に、ただの住居のようですわ」

「・・・なるほど」


 住処を追われたという言葉は真実であり、リザードマン一族は本当に、魔物が蠢くこの魔都へと避難してきたということなのだろう。


「とは言っても。監視されるのは承知の上で、はじめだけ殊勝な態度でこっちを油断させる腹積もりかもね」

「その可能性はありますわ。ですので、引き続き、監視の目を張り巡らせておりますわ」

「少しでも怪しいことがあったら、すぐ報告してちょうだい」

「かしこまりましたわ」


 ──ねえ、お姉さん。まだ信用してあげないの?──


『馬鹿ね。慎重に慎重を期してるだけよ』


 沼の水辺にて、きゃっきゃしながら遊ぶトカゲ族の子供たちを見やりながらも、私は油断はしない。


『信用はしてなかったけど、油断したせいで、私はあんたの母親に殺されてるんだからね』


 ──ふーん、まあ別にいいけどさ。それよりさ、あそこで遊んでいるリザードマンの子供、ひとりくらいペットとして連れ帰っちゃダメかな?──


『あんたねぇ・・・』


 ──だってぇ~、すっごく可愛くない?──


 やっぱり子供の感性はわからない。

 どこが可愛いのだろうか・・・理解に苦しむというものである。


「そういや、ドリス。最近のあの男は・・・どうしてる?」

「最近は、きちんと食事を摂っているようですわ」

「・・・そう。なら、いいけどさ」

「ただ・・・」

「ただ?」

「ラギア様に会わせてくれと、話をさせてくれと、煩く騒ぐようですわ」

「・・・そう」

「いかがなさいますか?」


 私は揺れる瞳を隠すように瞳を閉じる。


「会わないし、話もしない」

「・・・それでよろしいので?」

「必要がないからよ。あいつはササラを釣るためのエサ。それ以上でも以下でもない」

「ならばいっそ、殺してしまってはどうでしょうか?」


 思わぬ発言に、目を見開いた私はそのままドリスへ視線を向けた。


「実際のところ、この魔都で殺したとしても、先方にはわからないかと。向こうは生きているものだと勝手に思い、こちらの思惑通り、攻め込んでくるかと」

「ドリス・・・あんた・・・」


 ──ダメだよ! 絶対ダメ! パパを殺すなんてダメだからね!──


 脳内で大絶叫するレナに煩いと思いつつも、私自身も当惑を隠せないことに気付かされる。


「クレアミスは・・・殺さない。このまま飼い殺しにする。これは決定事項よ」

「副官としての意見ですが、ラギア様のお心を乱すような輩は、即刻排除するべきかと具申しますわ」


 彼女の言う通り、さっさと始末したほうが、今後のためであるのは確かだろう。

 なぜか弱体化しているとはいえ、勇者という存在は厄介なことに変わりないのだから。

 さらには、軍備を整えていざ助けてに来ても、その本人がとっくの昔に殺されていたという事実を突きつけた方が、ササラへの最大の復讐にもなることだろう。


 わかっているのだ、指摘されなくても。


 わかっているのだけども・・・



「ドリス。二度は言わないわよ、私は。クレアミスは飼い殺しにする。その後の処遇は、ササラを殺した後に考える。以上よ」

「・・・言葉が過ぎましたわ。申し訳ありません」

「気にしないで。副官として、あんたも考えてくれてるんだしね。これからも頼りにしてるわよ」

「──っ、肝に銘じておきますわ」


 私からの激励に嬉しそうに頬を紅潮させ、ドリスは一礼してその場を後にする。


 ──お姉さん・・・──


 心頼りなげに揺れるレナの声。


 レナとの同化の影響がなければ、もしかしたら、とっくの昔にクレアミスを殺していたかもしれない。

 それとも、影響がなかったとしても、私はあの男を殺せなかった・・・?


 わからない。

 考えがまとまらない。

 考えたくない。

 思考が無意識に放棄する。


(くそ・・・こんなの、私じゃない・・・)


 ササラを殺すのは決定事項としても。

 クレアミスをどうしていいのかは・・・本当にわからない。


 ・・・ 


 ・・


 ・



(あああああああああああああああああああああああああああああああもう!!)



 レナに勘付かれないよう、心の奥底で大絶叫。


(まずはあのクソ女を殺す! あいつの処遇を考えるのは、その後からでも十分!)


 私は・・・思考することを放棄するのだった。



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