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ただいま悪霊中   作者: 吉樹
第1章 『転生の行きつく先』
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第5話「天敵」

 あっと言う間に月日が流れる。


 最初こそ、大したことはできなかった私だけれども。

 悪霊としての経験値が増えていくにつれて、出来ることも増えていく。


 嫌がらせ程度しかできなかった能力も、最近では、はっきりと影響を与えることができるくらいにまで成長していたりする。


 実体化ができるようになったのも大きい。


 でも慎重な私は、住民たちに姿を見せることはしない。

 下手に姿を見せてこの町に悪霊がいるなんて知られれば、たちまち討伐隊が組まれてしまうからだ。

 物理攻撃や一般攻撃術が効かない悪霊は、一見すると強い部類の魔物に区分される。

 しかし反面、神聖術には脆過ぎるので、聖職者相手には警戒しないといけないのだ。


 とはいえ・・・


 ひとつの町でずっと立て続けに不審な出来事が続くと、人々も気づき始めてしまう。

 何かがおかしい、と。

 この町は呪われてしまった、と。


 でも私は、その異変に気付くのが遅れてしまう。

 最近、生物に憑依できるようになり、すっかり有頂天になってやり過ぎていたのだ。


 だからこそ・・・


 私は、対応に遅れてしまったのだった。


 ※ ※ ※


(今日は誰に乗り移って暴れるかなー?)


 憑依した生物の意識と体を乗っ取り、自分のものとする。


 実体化できるようになったといっても、所詮は人の眼に見えるようになったというだけなので、こうして肉の体を通しての感触は、懐かしくもあり、楽しかったのだ。


 乗っ取った体で暴れ周り、取り押さえられたらさっさと脱出。

 ここ数日は、そうやって憑依を楽しんでいたんだけれど・・・


(よーし! 今日はあいつにしよう!)


 標的を見定める。

 通りを歩く眼鏡をかけた青年だ。

 ちょっとだけ好みのタイプという理由もあったりする。


 彼の背後に回り込み、抱きしめるように彼を包み込む──


 そんな瞬間だった。


 私は、悪霊になって初めて悪寒を感じた。

 実体化していない私の姿は見えないはずなのに。

 その青年が、なぜか私と目があったような気がしたのだ。


 すぐに私は青年から距離をとる。

 その青年はというと、まるで私が離れたことがわかっているかのように、小さく舌打ち。


(そういえば・・・)


 私は思い出す。

 憑りついて暴れ回った後、憑りつかれた人物たちがみんな口をそろえて「何かが体の中にすうっと入ってきて・・・」と言っていたことを。

 この青年は、その感覚を頼りに、私という存在を感知したというのだろうか。


 それが何を意味するのか。


 わからないほど、私はまだボケちゃいない。


 憑依という新能力に浮かれていた私は、自分の失態に舌打ちした。

 それと同時に、青年が懐から取り出したのは、十字架だった。


(こいつ、聖職者か!!)


 身分を隠してこの町に潜入した理由など、ひとつしか見当たらない。


 すなわち──


 私はそこで、気づく。

 通りを歩く人々が、もはや顔見知りとなったこの町の住人ではないことに。


 全員が見知らぬ顔。


(やばい・・・っ)


 どうやら、私は一か所に留まりすぎたうえに、やりすぎてしまったらしい。

 気づいた時にはすでに手遅れだった。

 全員が十字架を取り出すや、眩い光がこの町全体を包み込む。


「あぐ・・・っ」


 体が一気に重くなり、私はその場に四つん這いとなる。


(やばいやばいやばいやばいやばい!!)


 頭の中でパニックだ。


 この小さな町に、悪霊の天敵たる聖職者が、こんなにわんさかといる現状。

 もはや絶望的といってよかった。

 ただ幸いというべきか。

 聖職者連中は私の姿が見えていない様子で、十字架をかざしてうろうろしている。


 私は体を引きずるようにして、どうにか一件の庭先の影へと避難。



(どうするどうするどうするどうするっ!? 考えろ私!!)



 パニックになりながらも、必死で打開策を考える。

 こんなところで浄化されるわけにはいかない。

 私には、復讐という目的があるのだから。

 しかし残念ながら、なかなかいい考えが思い浮かばない。


「見つけたか?」

「気配はするのですが・・・」


 年配聖職者と先ほどの青年が言葉を交わす。


「申し訳ありません。憑依されることに失敗しまして。あと少しだったのですが」

「それだけ、我等が相手にする上級悪霊は手ごわいということなのだろう」


 上級悪霊・・・私のことなんだろうか。

 いつの間に私は、上級までランクアップしていたんだろうか。

 憑依できる悪霊は上級クラスということなんだろうか?


 ・・・なんて、呑気に考えてる余裕なんかないのだけれど。


「上級悪霊がこの町にいることは間違いないのだ。探して必ず浄化するぞ!」

「この結界がある以上、町からは出られません。追い詰めましょう」


 悪霊を捜索する聖職者たち。

 物陰に無様に隠れる私。


 時間経過と共に、私はどんどん衰弱していく。

 どうやらこの結界、私を逃がさないだけじゃなく、悪霊の力を弱める効果もあるらしい。


 このままでは・・・まずい。


 因果応報、自業自得とはよくいったもんである。

 私はこの町でやりすぎた。

 だからこその、現状なんだろう。


(だってだってだって! 仕方ないじゃん! 憑依、試したいじゃん!!)


 内心で子供のように地団駄踏んでも、現状はどうにもならない。

 もしここで浄化されてしまえば、本当に"私"は終わってしまう。

 もう私には、”次”はないのだから。


 この状況下、聖職者に憑りつくのは危険と判断。


 さっきのあの青年の態度から、憑依になにかしらの対策をしているだろうからだ。

 だったら住民に、とも思ったけれど、家々には護符が張られており、入れない。

 完全に、姿なき私の包囲網は構築されていたのである。


(もっと早くに気付けよ! 私のバカバカ!!)


 焦りばかりが先行して、妙案が浮かばない。


(あーもうっ! こうなったらヤケクソだ!)


 いい案が浮かばないのなら、もう悩んでいても仕方がない。


(当たって砕けろだ!)


 昔から深く考えることは苦手なのだ。

 だからこそ、魔術師じゃなくて騎士の道を選んだのだから。


 私は立ち上がると、大きく息を吸い込む──



「ばかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」



 渾身の力を込めた大絶叫が、町を席捲する。


 大気が振動し。

 窓ガラスが音を立てて砕け散り。

 聖職者たちの鼓膜をぶち破る。


 耳から血を流し、苦悶の声をもらす聖職者たち。

 憑依対策はしていても、超音波対策はしていなかったようである。


「なん、だ、いまのは・・・っ」

「超音波・・・まさか悪霊の!?」

「悪霊がそんな攻撃できるなんて、前例にないぞ・・・っ」


 鼓膜が破られた痛みで、聖職者たちは身もだえている。


 どうやら私は、ただの悪霊というわけではないらしい。

 10年の輪廻転生が、私を変異させたのかもしれない。


 後先考えない破れかぶれの行動だったわけだけど・・・


 町を包んでいた忌々しい光が──消える。


 この好機を逃す私じゃない。



(それ! 逃げろおおおおおおおおおおおおおお!)



 全速力で飛び立ち、天敵が詰め寄せる町から離脱を図るのだった。


 ※ ※ ※


「危なかったー・・・マジで危なかったわー・・・」


 空を飛びながら、私は冷や汗を拭うしぐさをする。

 危うく昇天するところだったのだ。

 復讐する前に終わってしまっては、それこそ目も当てられない。

 とはいえ、危機的状況だったとしても得たものもあったりする。


「私ってば上級クラスの悪霊になってたかぁ」


 簡単に憑依を使っていたわけだけど、よくよく考えるととんでもない能力といえる。

 なんせ、憑りついた生物の能力を100%使えるのだ。


 あの町にたまたま立ち寄っていた魔術師に憑りついたこともあったわけだけど、その時、私は魔法を使うことができたのである。

 魔法を使える人は血筋に由来するようで、使える者と使えない者がはっきりしている。

 残念ながら私は後者だったので、初めて魔法を使えた時なんかは、すごく感動したもんだ。


 ただし、いままでの経験からわかったこともある。


 憑依先の素での抵抗力が高い場合、憑依しづらいというかできないのである。

 わかりやすくいうと、天然の見えない壁みたいなものをまとっているのだ。

 ただその壁は、まだいろんな抵抗力が低い幼い子供などには、見受けられない。

 だから子供には、無条件で憑りつくことができたわけだけれど・・・


「子供に憑りついても、ね」


 さすがに私としても、まだ幼い子供を道具にする鬼畜なんかじゃない。

 普通の罪悪感だって持ち合わせているのである。

 ・・・たぶん、ね。


 まあ、なんにしても、だ。


「時は満ちた、って感じかな?」


 いまの私は、成りたての悪霊じゃなく、上級悪霊。

 他者に憑依して思い通りに操ることだってできるのだ。


 復讐の時は来た。


 私を捨てて、殺してくれたあいつらの平穏を、ぶち壊す時がついに来たのだ。


「待ってなさいよー! いま行くからねーっ!」


 ようやく積年の恨みを晴らせる。

 私を敵に回したことを、後悔させてやるのだ。



「あはははははははははははははははははは!!」



 私は高らかな笑いを上げながら、喜々として王都パテントへと飛んでいく──


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