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ただいま悪霊中   作者: 吉樹
第6章 『勇者強奪』
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第5話 「副官として」

 時刻は少し戻り。


 無表情の人形女の足止めに成功した私は、街で暴れていた悪霊勢を引き連れ、街の外へと速やかに離脱していた。

 騒ぎが急に収まるも被害の鎮静化のために、いまだに街からは様々な騒音が。

 元勇者を連れての移動のため、ラギア様は転移魔法でダーリンに帰還することができないので、馬車にて地上を移動中。

 元勇者に負担をかけることも、自分がその負担を負うことも、嫌のようである。


 あの勇者はラギア様の足かせになっているのでは・・・そう思うが、いまは黙認しておく。

 リスク承知でも、それで主が満足するのならば、全力で支えるのが忠信の務めなのだ。


 この街からだいぶ距離が離れたようでもう影は見えないが、急げばまだ間に合う距離ではあった。


「さて。急ぎ、私たちもラギア様に合流しますわよ」

 

 控える悪霊たちにそう告げた瞬間だった。



「私も合流させてもらえますかね?」



 声と共に蒼炎の軌跡が刻まれ、ひとりの悪霊が両断。

 蒼い炎に呑み込まれ、その悪霊が声もなく霧散していった。


「な・・・貴女は・・・っ」


 淑女然としたドレスが場違いながらも、蒼炎吹き上がる大鎌を手に持つ女。

 パテントにて元勇者を転移魔法で連れ去った女だったので、顔は覚えていたが・・・


 レナ様の母親であり。

 ラギア様の復讐の相手。

 私たちにとっては、まさにラスボスに位置する存在。



 魔王エクード・・・ササラ・ロイド。



「よくも仲間を!」

「許さない!」


 怒りを露わにする悪霊ふたりがも元魔王に飛び掛かるも、蒼刃が宙に軌跡を刻むや、その悪霊たちはあっさりと返り討ちに合っていた。


 蒼炎の残滓と共に塵と消えていく悪霊を横目に、元魔王が薄ら笑いを浮かべてくる。


「くふふ・・・実体化してくれると、倒すのも容易いですねぇ」


 慣らす様に大鎌を一閃させ、その牽制に警戒を改める他の悪霊たちは萎縮してしまい、もはやすぐに動けない様子。


 元魔王は、たった一瞬でもって、この場の空気を支配していた。


「街に異変ありとの報せで急ぎ戻ってみれば。あの女の眷属と偶然にも出くわすとは。くふふ・・・私もなかなかに運がいいですねぇ」


 余裕すら見せる元魔王の態度に、私は眉根がピクンと動く。


(この態度・・・もしかしてまだ、現状を把握していませんの・・・?)


 ラギア様とレナ様のお話だと、元勇者を拉致したことを知っていれば、怒り狂っているはずなのだ。


 この状況において、私が何をするべきか。

 答えは・・・決まっている。



 元魔王に下手な情報は与えず、可能な限り時間を稼ぐ。



 元魔王に本気になられては、私たちなど時間を稼ぐことすらできないだろうが、ラギア様から教えてもらった情報として、元魔王は弱者をいたぶるのが好きとのこと。

 余裕を見せていることから、いまならば私たちでも、十分に時間を稼げるだろうと判断する。


 いまラギア様は、先ほど述べた通り、急げばまだ合流できる距離を走っており。

 だからこそ、元魔王はここで足止めしなければならないのだ。

 拘束した元勇者が解放されでもしてしまえば、最悪、勇者と魔王を同時に相手にしなければならず。

 さしものラギア様とはいえ、そんな劣悪な状況ではどうなるかわからない。


 いざとなったら、元勇者を強制転移という方法もあるのだろうが・・・リスクが大きすぎる。

 それが原因で元勇者が死んでしまっては元も子もない上に、だからといってラギア様が負担して行動不能になってしまうと、その隙をつかれて攻め込まれては、どうにもならない。


 私は深呼吸すると十字架を取り出して光の刃を出すと、戸惑いと緊張感を見せる配下たちに指示を下す。


「半数は霊体化して精神攻撃を。もう半数は私に続き、直接攻撃を」


 指示に従い、動揺を隠せない様子ながらも、行動し始める悪霊勢。

 そんな私たちを前に、元魔王は余裕の態度を崩さない。


「くふふ・・・まさか、この私と正面から戦うおつもりですか? 舐められたものですねぇ」


 どちらが舐めているのか。

 私たちには、余裕なんてあるはずもないというのに。


(ですが・・・貴女のその余裕が、私たちの最大の武器なのですわ)


 少しでも時間を稼ぐべく、無理を承知で、元魔王と交戦する──


 ※ ※ ※


 精神攻撃を援護に、私と悪霊たちが元魔王へと飛び掛かる。


「くふふ・・・無駄ですよ」


 精神攻撃を物ともしない元魔王が、悠然たる動作で私たちを迎撃。

 四方から突き込まれる切っ先を大鎌で受け捌き、間断のない反撃の一刀。

 私含む数人の悪霊は回避するも、遅れた悪霊が塵と化す。


 隙がないように連続攻撃をしかけるものの、私たちの攻撃は一撃も通らず、逆に返り討ちとなった悪霊たちが、次々と蒼の炎に焼き尽くされていく。


 数でこそ上回っているものの、戦況は圧倒的に私たちが劣勢だった・・・


「ドリス様! 精神攻撃が効きません!」

「私たちも直接攻撃に参加するべきでしょうか!」


 効果の得られない精神攻撃をする部隊から、友軍の劣勢を前に、指示を仰いでくる。

 元魔王から距離をとった私は、彼女たちの進言を受け入れない。


「いえ。貴女たちは引き続き、精神攻撃を。必ず付け入る隙は生まれるはずですわ」


 絶え間ない精神攻撃の援護があるからこその戦況であり。

 直接攻撃の人数が増えたところで、その援護がなくなってしまえば、たちまち戦況は激変するだろう。


 またひとりの悪霊を葬った元魔王が、私の言葉を耳にしたようで、酷薄な笑みを見せてくる。


「くふふ・・・この私に付け入る隙など、あるはずがないでしょうに」

「それでも・・・それでも! やるだけですわ!」


 十字剣を構え直し、周囲の悪霊とタイミングを合わせ、元魔王へと斬りかかる。

 展開される肉迫戦。

 しかし結果は変わらずに、私たちの攻撃は有効打を得られない。


(まさか、傷のひとつも負わせられないなんて・・・)


 やはり、強い・・・


 しかし同時に思うは、ラギア様。

 このような凶敵を相手にラギア様は、たったおひとりで追い詰めたのだ。


(やはりラギア様には、魔王となる器がおありなのですわ)


 だからこそ、いまはラギア様の好きなように動いてもらい、その上で復讐を完遂してもらう。

 その後は、魔王への道を進んでもらうのだ。


(そのためにも私は、やるべきことをやるのみですわ!)


 決意も新たに、私は元魔王へと斬りかかり。

 飛び掛かった悪霊を一刀のもとに薙ぎ裂いた元魔王が、私の斬撃を真っ向から受け止める。

 間近となる私と元魔王の視線。

 ふいに、元魔王の両目が怪しい光を帯びた。

 なれども、私の体にはこれといった変化はなかった。


「くふふ・・・なるほど。元から死んでいる身には、効かないということですか」

「何を仰っていますの?」

「貴女が知る必要はありませんよ」


 言葉と共に、蒼刃から激しい蒼炎が吹き上がり。

 視界がふさがり、思わず後退したところへ、踏み込みざまの蒼炎の斬撃が。

 十字剣を盾にするものの、完全には防ぎきれず、肩先から脇腹へと、強烈な一撃が私を襲う。


「ぐう・・・っ」

「そろそろ退場願いましょう!」


 大ダメージによろける私へと、容赦なく追撃が叩き込まれてきた。

 防げない・・・明らかな致命傷を負わされるだろう強撃が、私へと──



 ──ウふふ──



 薄っすらとした笑いがしたかと思うと。

 私の意に反して勝手に右手が動いており、そこから眩い光の螺旋が放たれていた。


「なっ──ぐうううううううっ」


 予備動作のなかった不意の一撃は、さしもの元魔王とて回避できなかったらしく、その体に炸裂。

 直撃ではなかったが、炸裂した箇所から煙が噴き上げ、顔をしかめた元魔王が大きく飛び離れていた。


(いまのは・・・神聖魔法?)


 悪霊である私は、いくら憑りついた身が聖職者とはいえ、神聖なる魔法は使えない。

 勝手に動いた右手、そして使えないはずの神聖魔法。

 元魔王へと奇襲を成功させた右手は、もう私の意思のもと、自由に動く。



 ──…の体、大事に扱ってくださいね──



 空気に溶けるような小さな呟き。

 小さすぎて、何を言っているか完全には聞き取れない。

 それっきり、もう声は聞こえない。


(不可解な現象ですが・・・)


 時間は十分に稼いだ。

 元魔王に痛烈なダメージを与えたけれど、私が出来ることはここまでだろう。

 最初から勝てる見込みのない戦いなのだ。


「総員、速やかに撤退! 無駄死には、ラギア様の望むものではありませんわ!」


 悪霊たちが霊体化して、空へと逃走。

 肉体をもつ私はそういうわけにもいかず、地上を全力疾走。

 向かう先は、紐で縛っている一頭の馬。

 この街まで来るのに乗ってきた馬だ。


 悪霊の中には転移魔法を扱える者もいるが、それはごく一部であり、生前が魔術師だったとか限定的でいて特殊なケースに過ぎず。

 残念ながら私は扱えないので、私も地上を移動するのである。


 疾走のままの勢いで馬に飛び乗り、即座に後方確認。


 てっきり追撃があると思って警戒したのだが・・・

 なぜか追撃はなく。

 忌々しそうに、何もない空を見上げていたのだった。



 

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