第5話 「副官として」
時刻は少し戻り。
無表情の人形女の足止めに成功した私は、街で暴れていた悪霊勢を引き連れ、街の外へと速やかに離脱していた。
騒ぎが急に収まるも被害の鎮静化のために、いまだに街からは様々な騒音が。
元勇者を連れての移動のため、ラギア様は転移魔法でダーリンに帰還することができないので、馬車にて地上を移動中。
元勇者に負担をかけることも、自分がその負担を負うことも、嫌のようである。
あの勇者はラギア様の足かせになっているのでは・・・そう思うが、いまは黙認しておく。
リスク承知でも、それで主が満足するのならば、全力で支えるのが忠信の務めなのだ。
この街からだいぶ距離が離れたようでもう影は見えないが、急げばまだ間に合う距離ではあった。
「さて。急ぎ、私たちもラギア様に合流しますわよ」
控える悪霊たちにそう告げた瞬間だった。
「私も合流させてもらえますかね?」
声と共に蒼炎の軌跡が刻まれ、ひとりの悪霊が両断。
蒼い炎に呑み込まれ、その悪霊が声もなく霧散していった。
「な・・・貴女は・・・っ」
淑女然としたドレスが場違いながらも、蒼炎吹き上がる大鎌を手に持つ女。
パテントにて元勇者を転移魔法で連れ去った女だったので、顔は覚えていたが・・・
レナ様の母親であり。
ラギア様の復讐の相手。
私たちにとっては、まさにラスボスに位置する存在。
魔王エクード・・・ササラ・ロイド。
「よくも仲間を!」
「許さない!」
怒りを露わにする悪霊ふたりがも元魔王に飛び掛かるも、蒼刃が宙に軌跡を刻むや、その悪霊たちはあっさりと返り討ちに合っていた。
蒼炎の残滓と共に塵と消えていく悪霊を横目に、元魔王が薄ら笑いを浮かべてくる。
「くふふ・・・実体化してくれると、倒すのも容易いですねぇ」
慣らす様に大鎌を一閃させ、その牽制に警戒を改める他の悪霊たちは萎縮してしまい、もはやすぐに動けない様子。
元魔王は、たった一瞬でもって、この場の空気を支配していた。
「街に異変ありとの報せで急ぎ戻ってみれば。あの女の眷属と偶然にも出くわすとは。くふふ・・・私もなかなかに運がいいですねぇ」
余裕すら見せる元魔王の態度に、私は眉根がピクンと動く。
(この態度・・・もしかしてまだ、現状を把握していませんの・・・?)
ラギア様とレナ様のお話だと、元勇者を拉致したことを知っていれば、怒り狂っているはずなのだ。
この状況において、私が何をするべきか。
答えは・・・決まっている。
元魔王に下手な情報は与えず、可能な限り時間を稼ぐ。
元魔王に本気になられては、私たちなど時間を稼ぐことすらできないだろうが、ラギア様から教えてもらった情報として、元魔王は弱者をいたぶるのが好きとのこと。
余裕を見せていることから、いまならば私たちでも、十分に時間を稼げるだろうと判断する。
いまラギア様は、先ほど述べた通り、急げばまだ合流できる距離を走っており。
だからこそ、元魔王はここで足止めしなければならないのだ。
拘束した元勇者が解放されでもしてしまえば、最悪、勇者と魔王を同時に相手にしなければならず。
さしものラギア様とはいえ、そんな劣悪な状況ではどうなるかわからない。
いざとなったら、元勇者を強制転移という方法もあるのだろうが・・・リスクが大きすぎる。
それが原因で元勇者が死んでしまっては元も子もない上に、だからといってラギア様が負担して行動不能になってしまうと、その隙をつかれて攻め込まれては、どうにもならない。
私は深呼吸すると十字架を取り出して光の刃を出すと、戸惑いと緊張感を見せる配下たちに指示を下す。
「半数は霊体化して精神攻撃を。もう半数は私に続き、直接攻撃を」
指示に従い、動揺を隠せない様子ながらも、行動し始める悪霊勢。
そんな私たちを前に、元魔王は余裕の態度を崩さない。
「くふふ・・・まさか、この私と正面から戦うおつもりですか? 舐められたものですねぇ」
どちらが舐めているのか。
私たちには、余裕なんてあるはずもないというのに。
(ですが・・・貴女のその余裕が、私たちの最大の武器なのですわ)
少しでも時間を稼ぐべく、無理を承知で、元魔王と交戦する──
※ ※ ※
精神攻撃を援護に、私と悪霊たちが元魔王へと飛び掛かる。
「くふふ・・・無駄ですよ」
精神攻撃を物ともしない元魔王が、悠然たる動作で私たちを迎撃。
四方から突き込まれる切っ先を大鎌で受け捌き、間断のない反撃の一刀。
私含む数人の悪霊は回避するも、遅れた悪霊が塵と化す。
隙がないように連続攻撃をしかけるものの、私たちの攻撃は一撃も通らず、逆に返り討ちとなった悪霊たちが、次々と蒼の炎に焼き尽くされていく。
数でこそ上回っているものの、戦況は圧倒的に私たちが劣勢だった・・・
「ドリス様! 精神攻撃が効きません!」
「私たちも直接攻撃に参加するべきでしょうか!」
効果の得られない精神攻撃をする部隊から、友軍の劣勢を前に、指示を仰いでくる。
元魔王から距離をとった私は、彼女たちの進言を受け入れない。
「いえ。貴女たちは引き続き、精神攻撃を。必ず付け入る隙は生まれるはずですわ」
絶え間ない精神攻撃の援護があるからこその戦況であり。
直接攻撃の人数が増えたところで、その援護がなくなってしまえば、たちまち戦況は激変するだろう。
またひとりの悪霊を葬った元魔王が、私の言葉を耳にしたようで、酷薄な笑みを見せてくる。
「くふふ・・・この私に付け入る隙など、あるはずがないでしょうに」
「それでも・・・それでも! やるだけですわ!」
十字剣を構え直し、周囲の悪霊とタイミングを合わせ、元魔王へと斬りかかる。
展開される肉迫戦。
しかし結果は変わらずに、私たちの攻撃は有効打を得られない。
(まさか、傷のひとつも負わせられないなんて・・・)
やはり、強い・・・
しかし同時に思うは、ラギア様。
このような凶敵を相手にラギア様は、たったおひとりで追い詰めたのだ。
(やはりラギア様には、魔王となる器がおありなのですわ)
だからこそ、いまはラギア様の好きなように動いてもらい、その上で復讐を完遂してもらう。
その後は、魔王への道を進んでもらうのだ。
(そのためにも私は、やるべきことをやるのみですわ!)
決意も新たに、私は元魔王へと斬りかかり。
飛び掛かった悪霊を一刀のもとに薙ぎ裂いた元魔王が、私の斬撃を真っ向から受け止める。
間近となる私と元魔王の視線。
ふいに、元魔王の両目が怪しい光を帯びた。
なれども、私の体にはこれといった変化はなかった。
「くふふ・・・なるほど。元から死んでいる身には、効かないということですか」
「何を仰っていますの?」
「貴女が知る必要はありませんよ」
言葉と共に、蒼刃から激しい蒼炎が吹き上がり。
視界がふさがり、思わず後退したところへ、踏み込みざまの蒼炎の斬撃が。
十字剣を盾にするものの、完全には防ぎきれず、肩先から脇腹へと、強烈な一撃が私を襲う。
「ぐう・・・っ」
「そろそろ退場願いましょう!」
大ダメージによろける私へと、容赦なく追撃が叩き込まれてきた。
防げない・・・明らかな致命傷を負わされるだろう強撃が、私へと──
──ウふふ──
薄っすらとした笑いがしたかと思うと。
私の意に反して勝手に右手が動いており、そこから眩い光の螺旋が放たれていた。
「なっ──ぐうううううううっ」
予備動作のなかった不意の一撃は、さしもの元魔王とて回避できなかったらしく、その体に炸裂。
直撃ではなかったが、炸裂した箇所から煙が噴き上げ、顔をしかめた元魔王が大きく飛び離れていた。
(いまのは・・・神聖魔法?)
悪霊である私は、いくら憑りついた身が聖職者とはいえ、神聖なる魔法は使えない。
勝手に動いた右手、そして使えないはずの神聖魔法。
元魔王へと奇襲を成功させた右手は、もう私の意思のもと、自由に動く。
──…の体、大事に扱ってくださいね──
空気に溶けるような小さな呟き。
小さすぎて、何を言っているか完全には聞き取れない。
それっきり、もう声は聞こえない。
(不可解な現象ですが・・・)
時間は十分に稼いだ。
元魔王に痛烈なダメージを与えたけれど、私が出来ることはここまでだろう。
最初から勝てる見込みのない戦いなのだ。
「総員、速やかに撤退! 無駄死には、ラギア様の望むものではありませんわ!」
悪霊たちが霊体化して、空へと逃走。
肉体をもつ私はそういうわけにもいかず、地上を全力疾走。
向かう先は、紐で縛っている一頭の馬。
この街まで来るのに乗ってきた馬だ。
悪霊の中には転移魔法を扱える者もいるが、それはごく一部であり、生前が魔術師だったとか限定的でいて特殊なケースに過ぎず。
残念ながら私は扱えないので、私も地上を移動するのである。
疾走のままの勢いで馬に飛び乗り、即座に後方確認。
てっきり追撃があると思って警戒したのだが・・・
なぜか追撃はなく。
忌々しそうに、何もない空を見上げていたのだった。




