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ただいま悪霊中   作者: 吉樹
第6章 『勇者強奪』
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第4話 「傀儡人形イトス」

 靄がかかっているように、私の記憶は曖昧だった。

 いつからなのかすら、もはやわからない。

 半濁とする意識の中で、絶対ともいえる事実がたったひとつだけあった。


 魔王エクード様・・・ササラ様に、絶対の忠誠を誓うこと。


 逆らうことは決して許されず。

 命じられたことに異論は許されない。


 私は、いついかなる時でも、忠実なしもべであり続けないといけないのだ。


 だからこそ今日も、ササラ様の命に従い、出勤するクレアミス様に同行する。

 勇者・・・という単語がなぜか気になるものの、思い出せないので気にすることはなく。

 多忙なササラ様に代わり、私が命を賭してでも、弱体化しているクレアミス様を警護するのである。


「あ、ちょっと待っててくれるかな」


 後ろを歩く私に振り返ってそう言うと、クレアミス様が通り沿いにて開かれている露店へと。

 そして小走りで戻ってきたかと思うと、その手にはサンドイッチが。


「今朝、朝食を食べ損ねていたよね? これを食べるといいよ」


 確かに私は、今朝の朝食を食べ損ねていた。

 私の不手際でササラ様の不況を買い、雑務に従事していたからである。

 もちろん、クレアミス様の目を意識して、ササラ様は淑女としての態度を保ってはいたが。


「ササラも君のことが嫌いで辛く当たるわけじゃないと思うんだ。むしろ君の為を思ってこそ、心を鬼にしてると思う。だから、ササラを悪く思わないでほしいんだ」

「・・・お心遣いはありがたいのですが、これがササラ様にバレてしまうと・・・」

「大丈夫。僕らが黙っていれば、わからないさ」


 気さくに笑い、サンドイッチを手渡して来る。


 なるほど、と私は思う。

 こういう細やかな気配りが、ササラ様がクレアミス様に惹かれた要因なのだろう。


 さすがにここまでされても強固に断れば、クレアミス様のお気分を害してしまうことになってしまう。


「・・・お心遣い、ありがとうございます」

「まあ、きっとササラのことだから、笑って許してくれると思うけどね」


 そう述べてくるクレアミス様は、本当に心の底から、ササラ様を信頼しきっているのだろう。

 そのことに対して、私が感想を抱くことも許されないので、何も思わないが。


 空腹を感じていないだろうに、私に気を遣って、クレアミス様もその場でサンドイッチを頬張り。

 軽食なので、食べきるのにそれほど時間がかかることはなく。

 再び自警団の詰め所へと歩き始めることしばし・・・


 異変が、突然訪れた。


 街の各所から、騒音が聞こえ始めてきたのである。

 とても看過できるレベルのものではなく、その騒ぎは次第に大きなものへと。


「なんだいったい・・・?」


 クレアミス様が周囲に視線を飛ばした時、私たちの目の前に現れる人物が。


 人族の見目麗しい幼女と、胸元を強調する衣服をまとう美女。


「会いたかったわよ、クレアミス」


 幼女──ササラ様と敵対する者──ラギアが、にやりと笑いかけてきた。


 ※ ※ ※


「ふ・・・ふざけるなあああああああああああああああああああああああああ!!」


 ラギアの絶叫が合図となり、私たちは同時に動きだす。


 ラギアとクレアミス様が。

 私と胸女が。


 それぞれが激突する。


「ラギア様の邪魔はさせませんわよ」

「・・・私の任はクレアミス様の警護。どちらが邪魔をしているのか」


 胸女の武器は、十字架から光の刃が出るようで、私が繰り出す白刃と真っ向から打ち合ってくる。

 こと剣技に関してはそうそう後れを取らない自信があったが、この胸女の剣技も相当なもので、私と互角の剣戟を展開することに。

 なおかつ、雷撃の魔法も絶妙な間隔で使ってくるので、むしろ私がやや劣勢。


 着慣れないメイド服ということも、劣勢の理由のひとつではあった。

 なんとも動きづらいのだ、この服は。

 そのために思うように動けず、本来の動きができないことに、ジレンマが。


 一方では、ラギアとクレアミス様も剣の打ち合いをしているようだったが、ラギアの背中から伸びている奇妙な両手が厄介らしく、クレアミス様が押され気味の模様。


 クレアミス様が弱体化していなければ、戦況も違ったものになっていたのだろうが・・・

 

 現状を嘆いていても詮無き事。

 クレアミス様の警護を任されている以上、私がやるべきことはたったひとつ。

 目の前の胸女を早々に打ち倒し、クレアミス様に加勢すること。


 それなのに私は・・・


「・・・邪魔をするな、胸女」

「胸女? ふふふ、それは私のことですの?」


 私と剣をぶつけ合いながら、胸女が可笑しそうに笑ってくる。


「この胸を評価したということですわね。光栄なことですわね」

「・・・言っている意味がわからない」


 雷撃を切り散らすも、突き込まれてきた光刃が肩先を切り裂いてくる・・・が、傷に頓着はしない。

 踏み込みざまに長剣を一閃。

 胸女はまるでダンスするかのように、軽快な動作で流れるように回避。


「貴女が理解する必要はありませんわ」

「・・・そう」


 もとより理解するつもりもなく。

 会話をするつもりもない。

 名称がないと不便だからそう呼んでいるだけであって、別に意味なんてないのである。


 しかし、状況は極めて悪いとしかいえない。


 私がこの胸女に時間をかければかけるほど、クレアミス様の戦況が悪くなっていく。

 やはり弱体化しているせいで、ラギアとの戦闘力の差が出始めてきているのだ。

 この事態にラギア自身もが戸惑いの表情を見せていたものの、一切の手抜きなく、苛烈な攻撃を繰り出してきており、いつしかクレアミス様は防戦一方になっていた。


「く・・・っ。ここまで強くなっているなんて・・・っ」

「いやいやいや。あんたが弱くなってるんじゃないの?」


 激しい攻防を繰り広げるものの、次第に余裕を見せ始めるラギアに対して、クレアミス様には余裕がなくなっていく。


 気づけば、この通りには、ひと気がなくなっていたりする。

 尋常じゃない戦闘が展開されることで、巻き込まれてはたまらないと、住民が避難したようである。

 それでも街の各所からは騒音がひっきりなしに聞こえてきており、火の手すら上がったのか、黒煙が空へと立ち上っていた。


 優勢になりつつあるラギア勢と、劣勢になっていく私たち。


 決着がつくのは、自明の理。

 ラギアの一撃が決まり、クレアミス様がついにその場に崩れ落ちたのだ。

 死んではいないようだが、意識を失ってしまった様子。


「ドリス! そっちの女は任せたわよ!」

「承知致しましたわ」


 奇妙な両手でクレアミス様を抱え上げたラギアが、この場から撤退していく。

 追おうとするも、私の前に胸女が立ちはだかった。


「先ほども述べましたわよね? 邪魔はさせないと」

「・・・押しとおるまで」


 疾風と化した私は胸女へと飛び掛かるも。

 胸女の動きは、まるで宙を舞う木の葉の如く。

 捉え切ることが出来ない。


 この動きずらいメイド服が、致命的に私の足を引っ張ってくる。


 そうこうしているうちにラギアの姿は見えなくなり。


「潮時ですわね。それでは無表情のメイドさん、御機嫌よう」


 まるで合図したかのようなタイミングで──実際にしたのだろう──横の建物が崩壊したかと思うと、その瓦礫が私たちの間へと落ちてくる。

 通りがふさがれ、舞い上がる粉塵が収まる頃には、すでに胸女の姿がなくなっていた。


 ※ ※ ※



「この木偶人形が!」



 烈火のごとき叱責と共に、私は殴り飛ばされていた。

 ロイド邸の壁に激突した私へと、鬼の形相となっているササラ様が、尚も蹴りを放ってくる。


「何のためにお前をクレアミスの傍に置いていたと思っているのですか!」


 体だけじゃなく顔や頭まで蹴られる私は、しかし返す言葉がない。


「・・・申し訳、ありま──」

「謝罪を聞きたいのではない!」


 謝罪の言葉すら言わせてもらえず、私はひたすらに暴行を受ける。

 ひとしきり殴る蹴るを繰り返し、喉が枯れるほど罵声を浴びせたことで、とりあえず落ち着いたのか、ササラ様は一息吐くと、ソファへと。


「しかしまさか、こんなにも早く居場所を特定されるとは・・・それだけ優秀なコマが、あちらにもいるということですか。こんなことならば──」


 目をつぶって思案した後、おもむろに立ち上がる。


「帰宅して早々ですが、また魔族国へ戻ります。役立たずのお前は、私が戻るまで猛省していてください」


 言うや否や、足元に展開した魔法陣から立ち上る光に呑まれ、その姿が掻き消えた。


「・・・・・・」


 その場にひとりとなった私は、壁に手をつきながらゆっくりと立ち上がる。


 一方的な暴行を受けた個所が、じくじくと痛んでくる・・・


 なぜ私は、ここにいるのだろう・・・

 なぜ私は、一方的な暴力を享受しているのだろう・・・

 なぜ私は、逆らえないのだろう・・・


 そんな疑問が浮かんでくるも・・・答えがわからない。

 思考が、役割を放棄する。


「これは・・・涙?」


 気づくと、私は涙を流していたらしく。

 しかし、それが悔しいからなのか、悲しいからなのかすら、濁った思考では判別できない・・・


「・・・いま私は、”どこ”にいるんだろうか・・・」


 何か大事なことを忘れている気がするのだが・・・思い出せない。


 無意識に私は、血を流すほどに拳を握りしめていた。



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