第11話 「望まぬ決着」
私の大絶叫を合図に、同時に動きだす私たち。
新魔王の左右から、同時にしかける私と女魔族。
対する新魔王は、その場にて応戦する構え。
私たちの距離はなくなり、即座に展開されるは肉迫戦。
熾烈な斬撃の応酬。
一進一退の攻防戦。
二体一だというのに、新魔王には何ら気負いはなく。
むしろ漲る闘志が炎となって、私と女魔族に牙をむいてくる。
”悪霊の手”をメインに、小剣と光弾、そしてレナの魔法で戦う私。
かなり手負いながらも、まるで死を恐れていないような苛烈な剣戟をみせる女魔族。
膂力に任せた豪撃と、圧倒的威力を秘めた体術でもって圧倒してくる新魔王。
三者三様に、それぞれの個性を生かした戦法で、緊迫する戦闘を展開。
瞬く間に私と女魔族は傷だらけとなっていくも、新魔王も無傷とはいかず、体の各所から鮮血が。
戦局はどちらが優勢とはいえないけれど、目を見張るのは、やはりというか女魔族の戦い方だった。
人形のように無表情のままで、無謀な突撃を繰り返すのだ。
その結果として、当然というべきか大ダメージを負うわけだけど、気にした様子もなく、再び無謀な突撃を。
──お姉さん、なんかあの人、怖いんだけど・・・──
『・・・何なんだろうね』
戦いながら、私も当惑を隠せない。
あの女は、死ぬのが怖くないんだろうか?
まあ、私の左腕を切り飛ばし、計画を壊してくれたあいつがどうなろうが、知ったことじゃないけれど・・・
一方では、大扉付近からも、戦闘音が聞こえてきている。
どうやら好戦派の兵士たちが押し寄せてきたようで、私の配下である悪霊たちと交戦状態になっている模様。
私が連れてきたのは、進化している上級悪霊たちなのだ。
個々の戦闘力はかなり高いので、数に差があろうとも、問題なく戦線を維持していた。
とはいえ、やはり数が違いすぎる。
戦力に限りがあるこちらとは違い、敵側はここがホームグランドなのだから。
時間の経過次第では、どうなるかもわからない。
(みんなが時間を稼いでいる間に、あいつを仕留めないと・・・っ)
豪撃は回避したが間断なく叩き込まれてきた拳を防ぎきれず、直撃した女魔族が吹き飛ぶ。
背中から支柱に激突した彼女は、また吐血。
支柱に無数のヒビが生じていることから、どれほどのダメージを受けているかは、容易にわかるものだった。
(まるで、死んでもいいやって戦い方よね・・・)
どうでもいいけれど。
女魔族から距離が離れたことで、新魔王が私めがけて突進してくる。
即座に態勢を直し、応戦する私。
戦局はやや私が不利なれど、それでも私には勝機が視えていた。
未だに新魔王のパワーは健在だけれども、憔悴の色がみえてきたのである。
この私と、無謀な攻撃を繰り返す女魔族を一度に相手にしているだけあって、さしもの新魔王も消耗を隠し切れなくなってきていたのだ。
私が放った光弾が新魔王の肩先で弾け、肩当てが粉砕。
女魔族の無謀な突撃が決まり、新魔王の脇腹から鮮血が。
”悪霊の手”の殴打が新魔王の背中に炸裂し、まとう鎧にヒビを生じさせ。
いままで豪胆な戦いを見せていた新魔王が、初めて私たちから大きく距離をとる。
(どうにか、いけるか・・・?)
私ひとりなら、正直きつかったと思うけれど。
なんか知らないが、死を恐れない突貫をする女魔族が、けっこう使えるコマだったりする。
この女魔族が死のうとも、まったく関係ないっていうのも、かなりポイントが高い。
そう思った矢先だった。
──お姉さん! 近くにママがいるよ!──
まったくもって聞きたくなかった言葉が、レナから発せられるのだった。
※ ※ ※
『ちょ・・・っ、まじで!?』
──うん・・・このお城のどっかにはいるよ・・・!──
これは、非常にまずい状況である。
新魔王と共闘するって事態はないだろうけれど、いまの私はこいつとの戦闘で疲弊しているのだ。
そんな状況下で、万全の状態のササラと戦うなど、ありえない。
100%、私が負けるだろう。
『漁夫の利を狙ってるってところか・・・あのクソ女らしいやり方ね』
──どうするのさっ?──
焦慮を滲ませるレナだけど、私も同じ心境ではあった。
『仕方ないけど・・・戦術的撤退しかないわね』
逃げるのは癪だけれど、あの女の思い通りに事が運ぶのは、面白くない。
脳裏でレナとそんなやりとりをしている間にも、新魔王が猛烈な攻撃をしかけてくる。
「戦闘中に何を呆けている!」
「あんたには関係ない!」
”悪霊の手”で巨刃を受け止めると同時に。
『レナ!』
──あいよー!──
前触れなく出現した火炎球が爆裂し、私と新魔王を吹き飛ばしていた。
爆炎を引きながらも新魔王に痛打は与えられなかったようだけど、目的はそれじゃない。
爆風にうまく乗った私は、そのまま大きく後退・大扉へとひと息で移動するや、そのまま転進。
「撤退よ! 逃げ遅れた子は見捨てるからね!」
言いながら群がる兵士を切り捨て、強引に敵陣を突破。
悪霊たちも動きを変え、すぐさま私の後に続いてくる。
さすがに上級悪霊だけあり、遅れる者はいなかった。
※ ※ ※
立ち塞がる敵兵を蹴散らしながら、私たちは来た道を急いで戻る。
常に全神経をとがらせながら、全方位に警戒を飛ばす。
どこからササラが出てくるかわからないからだ。
でもどういうわけか、ササラの追撃はなく。
私たちはひとりの離脱者を出すことなく、魔王城の外門で残りの悪霊と合流後、魔王城と外界を繋いでいる大橋へと難なく到達していた。
「・・・追撃はあると思ってたけどさ」
悪霊勢を率いて大橋の中央に差し掛かったところで、立ちふさがる人物が。
「どうやって先回りしたのよ、あんた」
人形のような女魔族がひとり、私たちの前に佇んでいた。
もはや満身創痍で立っているのすら辛そうながらも、何の痛痒も感じさせない無表情で、剣を構えるのみ。
それでもダメージは隠せないようで、その足元には血だまりが出来ている。
──ほんとに、どうやって先回りしたんだろ?──
『まあ、隠し通路に精通してるようだし、そこを通ってきたんじゃないの』
こうやって剣を私に構えてくるあたり、もういまの彼女は敵対しているってことなんだろう。
時間はかけられない。
敵対するのならば、左腕を切り飛ばされた恨みをここで晴らすだけである。
「あんたたち! あの女を排除しろ!」
私の指示に従い、悪霊たちが女魔族めがけて襲い掛かっていく。
やはりというべきか、もはやいまの彼女には精細な動きはないようで。
四方から斬りかかられる彼女の全身は、たちまち血まみれとなっていく。
そんな一方では、繊細な斬撃が失われている女魔族の攻撃は、悪霊たちにはまるで通じない。
戦局は、女魔族のなぶり殺し、と表現するのが正しいだろう。
──うあ、ヒキョー。こういう展開って、お姉さんとあの人の一騎打ちじゃないの?──
どっかでこんな展開もあったかなと思いつつも、私は一切悪びれない。
『時間がないんだもの。死にたがりの奴なんて、いちいち相手にしてらんないわよ』
そして私は、悪霊たちの間隙を縫うように女魔族へと飛び掛かりざまに、”悪霊の手”を叩き込む。
さすがに反応が鈍くなっている女魔族は、私の痛恨の一撃に反応できず、直撃。
血風と共に吹き飛ばされ、大橋の下へと落ちていった。
──んー・・・なんか、可愛そう・・・──
『はいはい。私は血も涙もない悪霊ですよっと』
すぐにその場から移動して、馬車に乗り込み、速やかに離脱を開始。
しかしというか、魔王城から離れて少し経ってから、待ち構えていたかのように襲撃を受けてしまう。
──あれ見て! みんな、銀製の武器をもってるよ!──
その魔族の部隊全員がご丁寧に対悪霊武器をしっかり装備していることから、私たちを待ち伏せしていたことがわかる。
(あのじじいの一派か・・・っ)
霊体化した悪霊には銀製だろうが物理攻撃は通じないものの、それではこちらの攻撃手段が限られてしまい、敵の殲滅が難しくなってしまう。
対悪霊武器を装備していることから、悪霊の精神攻撃に対しても防御手段を用意しているだろうからだ。
このことから・・・こちらが不利という展開は、もはや自明の理だった。
懸命に応戦する悪霊たちだけども、実体化している以上、銀製の武器によって致命的なダメージを受けていき、ひとり、またひとりと浄化されていく。
悪霊なれど私には肉の体があるので銀製の武器は効かないけれど、新魔王との戦いでの疲労があるので、動きにキレがなくなっており。
なおかつ、この場で必要以上に時間をかけるわけにもいかず・・・焦りが出始めてくる。
──お姉さん! このままじゃ・・・っ──
またひとりの悪霊が浄化され、レナから焦慮の声が。
私としても、他の奴がどうなろうが知ったことじゃないけれど、同族が、しかも上級種が無駄に消されるのはもったいなく、正直、避けたいところ。
私は、同族には極めて甘いのである。
「全員、霊体化してこの場を離脱しなさい!」
私の指示に、驚く悪霊たち。
「しかしそれではラギア様が・・・!」
「ラギア様を見捨てるなどできるはずが・・・!」
「生還してもドリス様に消されてしまいます・・・!」
そうこうしている間にも魔族たちからの攻撃は苛烈さを増していき。
私は”悪霊の手”でひとりの魔族を殴り飛ばしてから。
「言い方を間違えたわ! 空に逃げろって言ってんの!」
言うや否や、私は”悪霊の手”を翼に変えて、空へと飛翔。
馬車は、この際仕方ない。
また新しいのを造らせるだけである。
私の意を理解した悪霊たちも、すぐに実体化を解いて霊体となり、私に続く。
実体化していては、悪霊は空を飛べないからだ。
透明化して姿を消すちゃっかり者もいたけれど、ここは見逃してやることに。
そんな私たちへと地上から矢玉が撃ち込まれてくるけれど、実体化を解いている悪霊には通じない。
せいぜいが、私の足先をかすめる程度。
──いや、悪霊じゃなくて”お姉さん”を狙ってるんじゃ?──
レナからのごもっともな指摘。
飛翔する私めがけて矢玉がくるも、悪霊の中には忠誠心が高いのもいたようで、部分実体だけした手で、身代わりで受けてくれる者もいた。
「お、ナイス! 帰ったら、あんたにご褒美あげるわよ!」
「ありがとうございます!」
破顔する悪霊。
ごくり、と唾を飲んだ周囲の悪霊たちもが、真似るように、そして先を競うように、部分実体して私を庇うように動いてくる。
「痛・・・っ」
「あぐ・・・っ」
「でも、ご褒美・・・っ」
あからさまに、ご褒美目当てのゴマすり。
みんな、痛みよりも私からのご褒美が欲しいのだろう。
でもこれによって、私の身は完全に安全なものに。
(可愛いと思っちゃうあたり・・・ほんと、私は同族には甘いわね)
空というアドバンテージは絶対で、私たちが敵の射程圏外に出るのに、そうはかからなかった。
※ ※ ※
遠くなっていく戦場に安堵する共に、私は憎々し気に顔をしかめていた。
(ササラのやつ・・・よくも私を嵌めて、利用してくれたわね・・・)
状況から察するに、私は新魔王を排除するために利用されたんだろう。
もしかすると、ササラが追撃してこないのは、弱った新魔王と戦闘中なのかもしれない。
これでササラが勝ったならば、魔族国は再びあの女の手中となることだろう。
(イラつくわね・・・)
魔族国に関する出来事については、常にササラに先手を取られ、私は後手に回っていた。
揚げ句、私が手に入れようとしていた魔族国が、あのクソ女のものに。
どこまで私の邪魔をすれば気が済むんだろうか、あの女は。
本当に、憎たらしいとしか言えない。
しかも。
私の判断の遅れで、上級悪霊にも被害が出てしまった。
雑魚相手に逃げたくなかった・・・私の矜持が、完全なる敗因。
でもその事実は棚上げして、その責任をササラへと変換させる。
(覚えてろよ、ササラ。私はこんなことじゃ、諦めないんだからね・・・)
私の中に蓄積されている憎悪の炎が、さらに燃え上がる。
今回は、私の負けを認めるしかない・・・
けれど・・・
(次に勝のは私だあああああああああああああああああああああああああああ!!)
私の復讐の炎は、いまだに消えることはない──




