第6話 「作戦変更」
ササラに先手をとられたことで深手を負った私は、六割ほど完成した我が家の自室にて、大きなベットの上で無造作に転がっていた。
あれからすぐに街の警戒レベルはあげている。
悪霊による哨戒部隊を編成して周囲を常に警戒すると共に、街自体にも、悪霊を指揮官とした物理魔物主体の部隊をいくつも配置。
後は、勝手に街に住み着く魔物たちを、遊撃部隊として運用させてもらうつもりである。
すぐに、じじいの追撃が来るかと思われたけれど・・・
意外というか何というか、これといった動きは見せてこなかった。
はっきり言って、拍子抜けである。
でも油断はできない。
なんせ、あのクソ女の関係者なのだから。
「ねえ、お姉さん。これからどうするのさ?」
内側のお花畑にて、レナが揺れる瞳で聞いてくる。
対する私は小岩に腰かけており、小さく溜め息を吐いた。
「あの女が、こんなに早く動いてくるなんてね。予想外だったわ」
もう接合しているけれど、何と気なしに左腕をさする。
「ササラとあのじいさん一派が一緒になったとなると、戦力はあっちが上になるわね・・・」
「でもさー。どうしてすぐに、ここに攻めてこないんだろね?」
「んー・・・そこがわかんないのよねぇ」
ササラのことだから、面倒なことはさっさと終わらせるべく、早期に攻め込んでくると思っていた。
現に、パテントから離脱した後、すぐに動きを見せているのだから。
「案外さ、あっちも一枚岩じゃないのかもねー」
「・・・そういや、好戦派と穏健派の関係は、良好じゃないんだっけか」
ササラが復帰したいま、新魔王を担ぐ好戦派にとっては、面白くない事態だろう。
案外、ササラ一派がすぐに行動に移さないのは、好戦派が影響しているのかもしれない。
「私に戦力を向けている間に、背中からグサッっていう展開を警戒してるのかもね」
「へぇ・・・大人の世界って、むずかしいんだね」
「・・・ふむ。あのクソ女が戦力増強したってんなら、こっちも同じことしてやろうじゃない」
「どーゆうこと?」
可愛らしく小首をかしげてくるレナに、私は人の悪い笑みを浮かべた。
「向こうが想定しないことを、やるってことよ」
あの女に復讐できるのなら、私は手段は選ばないのだ。
※ ※ ※
「・・・なるほど。話があるなら、そっちから来いってわけね」
──まあ、当然の反応だよねー──
私は面白くなさそうに、レナは仕方ないよ、と反応。
以前、ザギン一派との連絡を任せた悪霊に、今度は新魔王との連絡役を任せていたのである。
現在、新魔王が居としているのは、かつての魔王城。
そして魔王城は、首都ガミレアの近隣にあることから、ガミレアへ行ったことがあるその悪霊に任せたというわけだ。一度行ったことがある場所ならば、転移魔法なら一瞬だからだ。
悪霊全員が転移魔法を使えるわけじゃないので、使える子はけっこう優遇していたりする。
酷使するという別の言い方もあるけれど。
──でもさー、なんで街全体に結界を張ってないんだろ? 不用心だよね。転移し放題じゃない?──
『馬鹿ね。パテントと違って、ガミレアは元前線基地とかじゃないでしょ。しかも国の主要拠点なんだし、交通の便とかも考慮されてるからでしょーが。神童なのに、そんなこともわからないわけ?』
──ぶうっ! お姉さんは、すーぐ馬鹿にするんだから! わたしの年齢を考えてよね!──
『はいはい、私が悪かったわよ』
まあそんなわけで、好戦派とはすぐに連絡がとれたというわけである。
「ラギア様にわざわざ足を運ばせるとは、なんという不届き者でしょう」
悪霊からの報告を聞いていたドリスが、不満と怒りをその顔に滲ませる。
「その新魔王とかいう輩は、どれほどの実力があるというのですか。偉そうに」
「まあ少なくとも、二大派閥の片方を取り仕切るだけの力は、あるってことじゃないのかね」
「それでも許せませんわ。ラギア様のほうが、偉大だというのに」
「ドリス、私を過大評価しすぎだから」
苦笑いとなる私を前に、ドリスは鼻息荒く言ってきた。
「何を仰いますの! いまのラギア様は、この魔都ダーリンの支配者であり! 魔王でもある母親に牙をむき、尚且つ追い詰めたその手腕! 感服の一言ですわ!」
「はいはい、ありがとね」
──傾倒してるねー。なんかくすぐったいや──
いまこの場に、取り巻きのふたりがいれば、ドリスと同じように息巻いていたかもしれない。
なぜいないかと言えば、これといって特別な理由があるわけじゃなく。
普通に、建築の指揮を優先させているからである。
ドリスは私の側近であり副官という立場を自負しているようで、こうしてちょくちょく、建築現場と執務室と化しているリビングを往復していたりするのだ。
「いずれはラギア様が新たな魔王に・・・そうなれば私は魔王の副官・・・うふふふふふふ」
下心がバレバレの忠誠心に、思わず可愛いと思ってしまう。
腹の中で何を考えていようが、逆らわない限りは、私は寛容なのである。
──それで、おねえさん。どうするのさ?──
『んー・・・そうねぇ・・・』
私は、魔王城に一番近い都市であるガミレアに行ったことがないので、転移魔法が使えないのだ。
生前の魔王討伐戦の時は、わざわざ魔族の首都になんて立ち寄っていないからだ。
魔王城には常に結界が張っているので、転移魔法はそもそも使えないけれど。
(こんなことなら、寄り道しとくんだったわね)
すべては、先を急ごうと急かした勇者のせいである。
変なところで生真面目なのだ、あの男は。
まあ、そういうところが、いい所でもあるのだけれど・・・と思ってしまった瞬間、かぶりを振る。
(あんな男に、いい所なんてあるわけない・・・なに言ってるんだ、私は)
私を見限ったあの瞬間に、私のあの男に対する恋愛感情は消え失せたのだから。
だからこれは、レナの感情による影響・・・のはず。
自覚している以上に、レナの私に対する侵食は深いのかもしれない。
──お姉さん? どうかしたの?──
可愛らしい声で話しかけてくる侵食者に、私は溜め息ひとつ。
『なんでもないわ』
魔王城には、空路か陸路を使って普通に行かなければならないだろう。
正直、面倒くさいというのはあるけれど。
そうも言っていられない状況でもある。
「面倒くさいけど、行くしかないわね」
「でしたら、ぜひ私もご同行の許可を」
「いや。ドリスには、私が不在の間、このダーリンの守備を任せるよ」
「な・・・私が同行しては、いけないのですかっ?」
不満そうな顔と声になるドリスに対して、私はゆっくりとかぶりを振る。
「ドリス。あんたが頼りになる副官だからよ。もう二度と、留守宅を壊されるなんて真似、経験したくないのよね。あれは、マジで頭にくるからさ」
優秀なドリスならば、不測の事態があっても、どうにか切り抜けてくれるだろう。
「あんただからこそ、頼むことなんだけど? 逆に、あんた以外には、頼めないんだけどね」
「・・・そういうことでしたら」
不承不承といった様子ながらも、私からの信頼を受けて、どことなく嬉しそうでもある。
「ですが、ラギア様。前回のような不測の事態も予想されますわ。今回もお一人での行動というのは危険かもしれません。警護の悪霊をご同行されては如何でしょう?」
「そうねぇ・・・じゃあ、そうしようかな」
「では早速、随行する部隊の編制を」
「ん。任せるよ」
こうして私は、警護で一個小隊程度の悪霊勢を連れ、かつての目的とは違う意味合いで、魔王城へと旅立つことに。
※ ※ ※
──そういやさー、魔族国の首都ってどんな感じの都市なんだろねー?──
馬車で地上を普通に移動中、ふいにレナが聞いてくる。
ちなみに。
空路を行かないのは、単純に疲れるからである。
『んー・・・そうねぇ・・・』
知らないので、私は答えようがない。
『まあ、首都ってぐらいだから、立派な街並みなんじゃないの?』
適当にそう答えてから思い至り、私は御者であるひとりの悪霊へと視線を向けた。
「ねえ、あんたさ。連絡役以外にも、実はちょっとだけ観光したりしたんじゃないの?」
「──え・・・!?」
御車は連絡役として派遣したあの悪霊であり、彼女は驚愕したように目を見開く。
「わ、私は別に、任務以外のことは・・・っ」
動揺からか手綱さばきが乱れており、馬車内が大きく揺れてしまう。
思わず態勢を崩してしまう私だけど、別に怒るようなことでもないので、苦笑。
「いやいや。別に怒らないから。素直に答えてくれていいよ」
「・・・実は、ちょっとだけ、ですけど・・・」
「ガミレアってさ、どんな感じの街だった?」
「えーっと・・・大きな都市でしたね」
手綱を握り直してから、悪霊は思い出しながら言ってくる。
「さすがに首都というだけありまして、街並みも綺麗でしたし、人口も多く、活気に満ちていました」
「なるほどねぇ」
魔族は衰退しているとはいっても、さすがに首都ではそれなりの活気はあるってことなんだろう。
ちょっと寄り道したいところだけど、ガミレアにはあのじいさんやササラがいるかもしれないので、興味本位でそんなリスクは冒せない。
私は、勝てる戦しかやらない。
あくまでも目的は復讐の完遂であり、返り討ちにあうことじゃないのだ。
逸る気持ちはあるけれど。
無策で元魔王に挑むほど、馬鹿じゃない。
──見てみたいな~、魔族国首都ー──
『我がまま言わないの』
とはいうものの。
私としても、興味がないわけじゃない。
(まあ、ササラさえ殺れば、いつでも来れるんだろうけどね)
あのクソ女を殺す理由が、おまけ程度ながらも、増えることに。
(ぶっちゃけ、なんだっていいんだけどね。あのクソ女を殺せるならさ)
私が悪霊にまでなったのは、あの女を殺すためなのだから。




