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ただいま悪霊中   作者: 吉樹
第5章 『ササラのターン』
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第4話 「洗脳」

「なるほど。それで、おめおめと逃げられたわけですか」


 ザギンからの報告を受けた私は、冷淡な態度で、眼前で片膝をつく古だぬきを睥睨する。


 場所は、ザギン邸の一室。

 どうやってここに来たかと言えば、一度訪れたことのある場所ならば、転移魔法で一瞬のためだ。

 元とはいえ、私は魔王。

 そしてザギンは私の後見人。

 私がザギンの邸宅に訪れたことがあったとしても、何ら不思議じゃないのである。


 片膝をつく老齢の魔族は渋面、その両脇にいる同じく跪くふたりの魔族は戦々恐々としており。

 前回の彼らとの接触ではいなかった無表情の女魔族だけは、これといって反応はなく、尚且つ、私の前だというのに立ったままだった。


「恐れながら、陛下。ご息女が、予備動作なく魔法を行使できることを、我々は知らなかったのですが」


 恭しくしながらも、なんで教えなかったんだとばかりな口調のザギン。

 答えは、簡単。

 単純に、私が教えるのを普通に忘れていただけなのだ。


「くふふ・・・ザギン。自らの失態を私のせいにする気ですか? しばらく見ない間に、ずいぶんと偉くなったものですねぇ」

「とんでもございません。ただ、わしらには情報がなかった。それゆえに、取り逃がしたということです」

「まあ、いいでしょう。期待半分でしたからね。貴方たちに簡単に始末できるようなら、この私が手こずりはしないのですよ」

「いやはや、手厳しいことを仰られる」


 取り巻きの魔族ふたりは顔色を真っ青にしているが、当のザギンは苦笑い。


「しかし、陛下。本気で殿下を始末なさりたいのでしたら、なにゆえ、御自らがあの場にて引導を渡さなかったので?」


 ある意味もっともな事を言ってくるザギンに、私はことさら冷淡に両目を細める。


「ザギン、言葉を控えなさい」


 一瞬でこの場の空気が凍り付き、取り巻き魔族のふたりが硬直。

 女魔族は相変わらず無反応であり、慣れているザギンも苦笑いを崩さない。


「この私に、些事に手を下せと? 何の為に、お前たちがいるのですか?」


 とはいうものの。

 実際のところは、私が本調子ではないからなのだ。

 

 傷の治りが遅い上に、魔力も減退気味。原因は・・・不明。


 だから私は、激しい動きはしたくなかったのだ。

 だからこそ、もう会う気はなかった古だぬきに連絡をとったというのに。

 存外役に立たなかったコマに、あまり期待はしていなかったが、私は落胆を隠せない。


「まさに仰る通りですじゃ。わしら臣下は、陛下のお手を煩わせないための手足なのですからな」


 ザギンがそう述べた時だった。

 何を思ったのか、女魔族が無表情のままで、いきなり飛び掛かってくる。

 これには、さしもの古だぬきも驚きで両目を見開いた。


「イトス!? お前何を──」


 女魔族は意に介さず、私に肉迫・抜刀しざまに問答無用で剣を叩き込んでくる。


 完全に不意の攻撃なれど。

 私は伊達に魔王をしていたわけではなく。

 瞬時に出現させた大鎌の柄にて、急迫する銀の軌跡を受け止めていた。


 明らかな殺意が込められた必殺の一撃だった。


 この女魔族は、一切の躊躇なく、魔王であるこの私の命を狙ってきた。

 すがすがしいまでの殺気に、あの女を思い出した私は、思わず苦笑。


「くふふ・・・いったい、何のつもりなのですかね?」

「エクード様。貴女の身代わりで、私の母は勇者たちに殺されました」

「身代わり・・・?」

「・・・私の母は、エクード様の影武者の任を負っていました」

「影武者・・・なるほど」


 この娘は、どうやら世間に出回っている噂を信じているらしい。

 実際のところ、影武者にトドメを刺したのは、この私なのだからだ。

 だからこそ、この娘が私に殺意を向けるのは、ある意味では当然ともいえる。


「エクード様が突然いなくなったせいで、私の母は死にました。母の死は、貴女のせいです」

「くふふ・・・だから、私に刃を向けたと? 母の仇を討とうと?」


「イトス! いい加減にせんか! さすがにこれ以上は、わしも庇いきれんぞ!」


 声を荒げるザギンは、かなり珍しい。

 怒鳴られた当の本人は、しかし相も変わらず無感情。


「最初から、覚悟の上でここに来ました」

「なんじゃと・・・っ」


 声を詰まらせる古だぬきの姿も、なかなか拝めるものではなかった。


 そしてザギンは、諦めの溜め息を吐いた。


「イトスや・・・残念じゃが、お前はもう終わりじゃ。陛下は、逆らう者には容赦がない。身寄りが亡くなったお前を引き取ったわしの顔に、泥を塗りおって・・・」

「・・・母の無念を晴らせれば、それでいいです」


 無表情ながらも、その奥底には強い決意が宿っている瞳が、私の姿をとらえて離さない。


 ギリギリっと、白刃と大鎌がかみ合う箇所から金属音が。


「くふふ・・・ザギン。なかなか面白い手ごまを持っているようですね」

「・・・陛下。わしは、陛下のご判断に意を唱えるつもりはございませんぞ」


 さすがに私のやり口をわかっているだけあり、ザギンは実に殊勝な態度である。


(この私に歯向かった以上、この女を生かしておく理由はありませんが・・・)


 いまは、少しでも使える手ごまが欲しいところ。

 ならばどうするか。


 私の両目が、魔力を帯びる。


 クレアミスの時のように抑えた魔力ではなく、脳にダメージが出ようが関係ない、問答無用での強制洗脳である。


「──っ!」


 咄嗟に飛び離れる女魔族なれど、一瞬だけその判断は遅く。

 彼女の両目は、すでに洗脳の影響を受けて、薄っすらと魔力を帯びていた。


「く・・・魔王エクードのやり口を、失念していました・・・っ」

「くふふ・・・私に歯向かった罪は、ボロぞうきんのように酷使することで、贖ってもらいましょうか」

「・・・私は、言いなりには、ならない・・・っ」

「ほう? 私の洗脳に抵抗しますか・・・これは面白い」


 抵抗を示しながらも、やはり抗いきれないようで、その双眸を苦し気に細める女魔族に、私は笑む。


「母親がその命を私の為に使ったように、娘の貴女も、その命を私の為に使いなさい」

「い・・・いや、です・・・」

「おやおや。母親の意に、娘が逆らうと? くふふ・・・なんて親不孝な娘でしょうかねぇ」

「か・・・母さんの、意・・・?」

「貴女の母親は、命を賭して私に尽くしたのです」


 殺したのは私ですがね、と心の中で付け足し。


「ならば娘である貴女も私に尽くすことが、ひいては貴女の母親の意思を尊重することになるのですよ」

「母さんの・・・為・・・」


 強固な意思であろうとも。

 一度生じた隙が致命的となり、心の隙間から侵食した魔力が、彼女の魂を捉えて離さない。


「わ、私、は・・・」


 必死に抵抗していた女魔族から、私に対する敵意が消えていく。

 やがてすぐに、その両目から意思の光が消え、傀儡人形の出来上がりに。

 もともと感情に乏しかったようだが、これによりさらに人形っぽくなったものである。


 事が落着したのを見計らい、ザギンが口を開いてきた。


「陛下。此度の事、わしの監督不行き届きとしか言いようがなく・・・」

「構いませんよ、ザギン。不問にしましょう」

「なんと・・・」


 驚く古だぬきに、しかし私は酷薄な笑みを浮かべる。


「ただし、この女は傀儡として、壊れるまで使わせてもらいますよ」

「・・・陛下の御心のままに」


 逆らうことなく、頭を垂れるザギン。

 控える取り巻きたちは、顔面蒼白でひたすらに頭を垂れるのみ。


「くふふ・・・なかなか使えそうな手ごまが、手に入ったものです」


 この人形をどう使って、あの女を追い詰めようか。


 新しい玩具の用途を思い浮かべ、私はほくそ笑む。

 

 ※ ※ ※


 傀儡にした人形はザギンの元に置いてきてから、私は転移魔法にてジャラオの自宅へと。

 置いてきたのは、単純に、連れて帰る理由がないからである。


 顔に泥を塗られて怒り心頭のあの古だぬきが、腹いせであの人形に何をするかわからないが、私にとってはこれといって興味もなく。

 私の所有物となった以上は、壊すようなことも一応は控えるだろう。


「・・・ふう」


 息を吐いた私は、自室にあるソファに深々と座り込んだ。


 すぐに愛しの彼の顔を見たかったが、どうやら残念ながら不在の様子。

 皇王や一部の高官らを洗脳しているので、何もしないでも高水準の生活は保障されているというのに、クレアミスは人々のために働きたいと、わざわざ自警団に入団していたのだ。

 彼の気高き精神に改めて惚れ直すと共に、二人だけの時間が減ることに、多少の不満もあったりする。


(まあ、いまは彼の好きにさせておきましょうか。私のほうとしても、いま優先させるべきは、あの女を排除することですしね)


 しかし・・・


(相も変わらず、傷の治りが遅い・・・)


 胸元に手を触れると、しつこい痛みが伝わってくる。

 魔力のほうにしても、減退しているのがわかる。


(まったく。しつこいのは、ラギアだけにしてほしいものですがねぇ)


 10年経って現れた悪霊を思い出し・・・ふいに、またどこかからか薄っすらとした笑いが。


 窓は閉め切っている・・・さすがに違和感を感じた私は、ある可能性に気が付いた。


(・・・まさか。いや、しかし・・・)


 ソファから立ち上がった私は、全身を見ることができる大鏡へと移動。


(元とはいえ、魔王の私に、そんな可能性があるとは思えませんが・・・)


 大鏡の中の自分を見据えながら、私は”その存在”がいるかもしれないと、認識しようとする。


 いま私が試そうとしていることは、自分に怨霊が憑りついているかの確認。


 実体化できる悪霊とは違い、怨霊は憑りついた相手にしか見えず、尚且つその対象が怨霊の存在を認識しなければ、姿すら見えないという存在。

 一般人ならば、憑りつかれていることに気づかないままで、その生涯を終えることも多い。


 限定的な精神攻撃しか出来ないので、悪霊と比べると、その危険性は低いのだが・・・


 私が”その存在”を意識したことで、私の視界にぼんやりと映り込んでくる”もの”があった。

 まるで私にまとわりついてくるような、煽情的な人型。


(ありえないですが・・・やはり憑りつかれていましたか)


 次第にその人型の顔が見えてくると・・・私は、笑いを隠せなかった。


「くふふ・・・まさか、貴女だったとは。お久ぶりですね──」


 元魔王であるこの私に憑りついていたのは・・・見知った顔。


「──ステラさん」



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