第3話「転生」
私の最初の転生先は、虫けらだった。
記憶は、ちゃんと維持されている。
あっさり人に踏みつぶされて、さっさと終了。
次の転生先は、小鳥だった。
記憶は、まだ維持できている。
他の大型鳥に捕食されてしまい、終了。
次の転生先は、名もなき魔族の娘。
記憶は・・・まだ覚えている。
人族との小競り合いに巻き込まれ、生後間もなくして死亡。
次の転生先は・・・
とまあ、そんな感じで私は、何度も転生と死亡を繰り返す。
転生してはすぐに死に。
死んではすぐに転生し。
まるで嫌がらせと言わんばかりに、転生先はロクでもないものばかり。
まともに活動ができない始末。
そんな生死が繰り返されていくうちに、私の記憶が徐々に薄れ始めていく。
焦慮を覚えるものの、私にはどうすることもできなかった・・・
※ ※ ※
もう"私"という存在がなくなりかけていた頃、転機が訪れる。
最後のチャンスといってもいいだろう。
移ろいゆく時間の中で、一時的にでも"私"が覚醒したのだ。
──このまま終わってたまるもんかあああああああああああっ!!──
絶叫する。
心の底から。
魂が激しく震える。
薄れていた記憶の断片が繋がっていく。
やがて鮮明に見えてくるは、憎い連中の顔。
憎くて憎くて、仕方ない顔見知りたち。
肉体があったなら、歯ぎしりして口の端から血を流していただろう。
肉体があったなら、握りしめた拳から血が流れ落ちていただろう。
肉体があったなら、とても人に見せられない形相で両目を見開いていただろう。
憎い。
憎い。
憎い。
この憎しみを晴らしたい。
あいつらに・・・必ず復讐するんだ。
私の決意は執念となり、やがて妄執となって、怨念となり、輪廻転生の流れに波紋を投じる・・・
※ ※ ※
「・・・ん」
私は、ゆっくりと目を開けた。
木漏れ日からの日差しが眩しい。
どうやらここは森の中らしく、ちょうど近くには湖もあるようだった。
「私は・・・ラギア。ラギア・マーティス・・・」
確認するように、自分の名前を呟く。
それに伴い、鮮明に甦ってくる"生前"の記憶。
そして思い出すは、復讐の対象者たちの顔。
私を裏切り、恥をかかせ、殺してくれた、憎むべき者たち。
私はラギア・マーティス。
記憶に不備はなく。
むしろ彼らへの憎悪が、生前よりも増している気さえするほどに。
記憶が完全に戻ったけれど、今度の転生先次第では、それも無意味となってしまう。
私はさっそく、近くにある湖へと移動して、いまの自分を確認してみることにした。
「・・・まじで?」
湖に移る自分を見た開口一番が、それだった。
いまの私は、生前の人族としての、本来の私の姿をしていた。
しかし・・・
その姿は、半透明体だったのだ。
この状態のことを、私は知識として一応は知っている。
一般的には、魔物の一種とされている悪霊──レイスだ。
「ついには、悪霊になっちゃったってわけ・・・? 冗談きっついなぁ、もう」
怨念が実体化した姿・・・それがいまの私ってことなんだろうか。
すでに死んでいるために、この霊体となったいま、そう簡単に死ぬことはないけれど。
そして私は、確信していた。
あの輪廻転生の波の中で消えゆく自分。
恐らくは、今回のこれが"私"として最後のチャンスであろうことを。
この転生先は嫌だからと、さっさと死んで転生しよう。
そんな甘い考えは、もう通用しないのである。
「これでやるしかないってことかぁ・・・」
嘆息して、空を見上げる。
雲一つなく、どこまでも澄み切っている青空。
無性に腹立たしくなってくる。
なんでそんなに青いんだよ。
青すぎるんだよ、ちくしょうめ。
理不尽すぎる八つ当たりだけど、いまの私を諫める者なんかいるはずもなく。
「ばかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
意味もなく大絶叫をすると──
空気が震え。
木々がざわめき。
鳥たちが一斉に飛び立っていき。
静った水面が大きく波打つ。
「・・・悪霊って、こんなに影響力及ぼせたっけ?」
私の絶叫が原因とされる現象を前にして、私は戸惑ってしまう。
魔物の詳細を知らない私と違って、ササラなら詳しく知っていそうなものだ。
というか、思い出したくもない顔を思い出してしまい、私は渋面をつくる。
裏切られ、恥をかかされただけだったなら、まだ許せた。
・・・うん、許せたよ?
私は海のように懐が深く、女神のように慈悲深いのだから。
・・・
・・
・
自分で言ってて空しくなってくる虚勢は辞めておこう・・・
だけどまあ、生きていれば何か別のチャンスがあったはずなのだ。
でも生憎と、あのくそ魔女は私からそのチャンスを奪ったのである。
ある意味じゃ、一番許せない奴かもしれない。
「あの時、問答無用で背中から切り殺しておくべきだったわね」
すべては、あの異質な状況による好奇心に負けた結果。
私もまだまだ青い・・・と自嘲。
「まあいいわ。何はともあれ、まずは情報収集よね」
私が輪廻転生を繰り返して、どれだけの月日が経ってしまったのか。
まずは、それを確認しないといけない。
最近、意識が消えかかっていたせいで、いまがいつなのか、もうわからないのだ。
「・・・町に、行くか」
歩き出そうとして、踏みとどまる。
悪霊は、空を飛べたはず。
だったら、いまの私だって飛べるはずなのだ。
試しにやってみると、案外スムーズに空を飛ぶことができた。
さすがは、実体を持たない霊。
空を飛ぶ感覚に慣れるために、しばらく縦横無尽に飛び回ってから。
私は、遠くに小さく見えている町に向かって、飛翔していった。