第10話 「まさかの事態」
鮮血が飛び散り。
苦悶に顔を歪めたササラが膝をつく。
いまの一撃は深手である。
さすがに致命傷には至らなかったにしても、足元には血だまりができていく。
大鎌を地面に落としたササラは、出血をとめるように手で傷口を抑え、見上げてきた。
「だまし討ちとは・・・やってくれますね」
「私は復讐のために甦った悪霊よ。手段なんて選ぶわけないじゃない」
「くふふ・・・なるほど。"貴女"らしい」
口元から血の糸を流す彼女がまとう雰囲気が、ゆらりと異質なものへと変わる。
──気を付けて、お姉さん。ママ、何かしようとしてる──
レナ同様に、私も敏感にその気配は感じとったものの・・・
(おいおいおい・・・この女、まさか変身でもする気か・・・っ)
魔王には、第2、第3の形態があると、何かの本で読んだことがある。
「私も・・・手段は選ばないことにしましょう」
宣言したササラの足元に魔法陣が出現。
そこから立ち上る光に包まれると、次の瞬間には、彼女の姿は掻き消えていた。
警戒して周囲を窺うも、もはやササラの気配はどこにもなく。
「・・・・・・」
私はしばし、呆然と。
そして──
「えええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
あの女、あっさり逃げたぞ!?
魔王としてのプライドはないのか!?
ここまでの展開になっておいて嘘だろおい!?
最期まで死力を尽くして、戦い抜く熱い展開になるんじゃないのか!?
──お姉さん、ママがこのまま黙って逃げたとは思えないよ──
動揺を隠せない様子ながらも、レナが指摘してくる。
この状況下であの女が向かうとすれば・・・
「クレアミスか!」
私は翼を羽ばたかせ、急上昇。
向かう先は、側近三人が足止めしている元勇者、クレアミスの下へと──
※ ※ ※
目的の場所へは、何の妨害もなくあっさりと到着。
王都の崩壊もすでに決定的でいて、あれだけひっきりなしに聞こえてきていた破壊の音や戦闘音は、いまでは散発的に聞こえてくるのみだった。
激しい戦闘があったのだろう。
見る影もない現場には、ぐったりする側近三人の姿があった。
ただしこの場には、もう片方の当事者の姿が・・・どこにもない。
私の姿に気が付き、ぐったりしていた三人が顔を向けてきた。
「ラギア様、目的は成されましたの?」
「私たち頑張りましたよぉ」
「あれで10年のブランクなんだろ・・・? バケモノだぜ、勇者ってのは」
三者三様に疲れ果てている様子。
「お疲れ様・・・それで、そのクレアミスはどこに?」
「それが・・・」
私が問うと、ドリスは複雑そうな表情を浮かべる。
「突然現れたボロボロの女が抱き留めると、光と共にその姿を消しましたわ」
「・・・そう」
私は、悔しさで奥歯をかみしめる。
(手段を選ばないってこういうことか、あの女)
要は、逃げたのだ。
クレアミスを連れて。
人族国のどこかへと。
たぶん、人族国のもっと奥のほうへと。
(忘れてたわ。あいつとっては、魔王の肩書きなんて価値ないんだった)
あの女は、魔王の地位や全てを捨てていたのだから。
いまさらプライドだって、簡単に捨て去ることだろう。
あの女にとっては、クレアミスとの時間が全てなのだから・・・
──あのママが逃げるなんて、思ってなかったよ──
意外そうに言ってくるレナに、私も同意する。
『私だってそうよ。あいつがあっさり逃げるなんて、ないと思ってたわ』
「ラギア様、この後はどういたしますの?」
疲れた様子ながらも問うてくるドリスに、私はひとつ息を吐く。
「引き揚げましょうか。もうここに用はないわ。残りたいものがいれば好きにさせて」
「かしこまりましたわ。ほら、貴女たち、指揮に戻りますわよ」
「えー・・・」
「ちょっとは休ませてくれよなー」
側近でもあり幹部でもある取り巻きたちは、配下へと指示を出すべくその場を後にする。
その場にひとり残った私は、空を仰ぎ見た。
雲一つない晴天。
悪霊の私にとっては・・・悪霊じゃなくても、気分がどんよりとしてくる。
──お姉さん、これからどうするの?──
『もちろん、見つけ出すに決まってる。どこに逃げようが、必ず復讐してやるわよ』
──だよね! パパを独り占めなんてさせないよ!──
意気込むレナにとっては、ササラと同じく、クレアミスが最優先事項なのだ。
私は再び息を吐く。
今日のは惜しかった。
あと一歩だった。
反省点は、あらゆる可能性を排除して挑むべきだった、といったところか。
(だってまさか、あの女が逃げるなんて思うわけないじゃん・・・)
つくづくあの女には、いろんな意味で裏切られるというものだ。
でも私には、自信もついたのは確か。
相手が魔王だろうが、私は最後には優勢になれたのだから。
そして、あいつが幸福を享受していた居場所も壊せたのだ。
あいつを殺せなかったにしても、とりあえずは溜飲が下がるってやつだろう。
ただし・・・もっといま以上に、私は強さを磨かないとならないだろう。
次に戦う時は、あの女も最初から本気でくるだろうからだ。
10年のブランクも、なくなっているだろう。
来るべき"次"に備え、もっと準備をしないといけない。
とはいえ・・・
(疲れた・・・)
いまはとにかく、住み慣れた自宅に戻って、柔らかいベッドでぐっすり休みたい。
考えることは多々あれど、いまはその思いしかなかった。
※ ※ ※
「な・・・なんじゃこりゃああああああああああああああああああああああああっ!?」
私は大絶叫していた。
それはもう、これ以上ないというくらい心の底から。
疲れた体で魔都ダーリンの自宅へ戻ってみると・・・
いまでは愛着すらある我が家は、完膚なきまでに破壊し尽くされていたのだ。
側近三人も驚いている様子で、目を丸くして硬直している。
ちなみにレナは、もう限界だったようで、すでにお休み中。
8歳の子供に、少々無理をさせすぎたようである。
瓦礫を撤去していたお留守番させていたメイドたちが、私のもとへと駆け寄ってくる。
「いったい、何があったの?」
私が問うと、メイドのひとりが鎮痛な面持ちで口を開いた。
「魔族の集団が襲撃してきまして・・・これは最初で最後の警告だと。穏健派と、これ以上接触するなと」
「穏健派・・・って言ってくるってことは、これをやった連中ってのは」
「好戦派の連中、ということになりますわね」
私の言葉を引き継いだドリスが、小首をかしげる。
「でもおかしいですわね。ラギア様は前魔王のご息女。そのような御方の屋敷を襲撃するなど・・・正気の沙汰とは思えませんわ」
「好戦派ってぇ、いま別の魔王様を掲げてるんでしたっけぇ」
「じゃあ、連中にとってはラギアさまは邪魔者だってことか」
ドリスの言葉を受けて、取り巻きたちがそれぞれ指摘する。
「許せませんわね。このような暴挙をする輩は・・・」
怒りを露わにする側近たちを前に、私はひとりの人物が思い浮かんでいた。
確か、ササラがザギンとか呼んでいた、あのじじいである。
あのじじいが何か情報操作をしたのかもしれない。
それにより、好戦派連中は踊らされた可能性も・・・
あのクソ女の関係者なのだ。
ザギンとかいうじじいも、食わせ物なのは間違い。
「・・・・・・」
私は目を瞑り、大きく深呼吸。
たとえ踊らされようが、私の自宅を破壊したのは万死に値する。
そしてそれを扇動したかもしれないあのじじいも、許すまじ。
どのみち、人族国のどこかへと姿を消したササラたちを捜索しなくてはならないのだ。
手がかりがない以上、もはやしらみつぶしに。
さすがにそれは、手持ちの兵力だけでは非常に困難。
人族国全てを敵に回すほどの戦力は、残念ながらいまの私にはない。
ならばどうするか。
答えは明白。
報復も兼ねて魔族国を手に入れ、戦力をアップさせればいい。
魔族の総力をもって、ササラたちを捜索するのだ。
その結果として種族の存亡をかけた大戦に発展するかもしれないけれど・・・
はっきりいって、知ったことじゃあない。
私は、目的のためならば手段は選ばないのだから。
好戦派や穏健派なんて関係ない。
邪魔をするなら、すべてをぶっ潰す。
家を壊された恨みもあるのだし。
だからまずは、魔族国を手に入れて、ササラたちを探し出す。
すべては、私の復讐のために。
(ササラ・・・クレアミス・・・)
私は、ゆっくりと目を開ける。
どこまでも澄み切った青い空。
悪霊として生を受けたあの日を思い出す。
あのふたりも、どこかでこの空を見ているはず・・・
(待ってろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!)
私の復讐劇は、まだ終わらない──




